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第七話 傷と魔法
しおりを挟む「……あらら」
これはひどい状況だ。手酷くやられたものだと、私は腕を組む。
目前に広がる店内という名の一つの空間は、荒れに荒れていた。言い表すならば台風が過ぎ去った後のように……。
磨かれた床や壁は薄汚れ、表面には大きな爪で引っ掻いたような傷が幾つも見受けられる。棚は一種の芸術作品よろしくひしゃげているし、販売物に傷一つないのがせめてもの救いではあるが、これではとてもじゃないが店をやりくりするのは困難だ。
見た目的によろしくない。なによりやる気がわかない。
「ああ、私としたことが戸締りを忘れてしまうなんて……これはこれで非常に面白い状況ですが、少しタイミングが悪すぎる。昨日ならまだしも、今は二階にお客様がいらっしゃいますし……」
いろいろ言う前に、まずはとりあえず戸締りをしよう。そうしよう。
開かれっぱなしの扉に近づき、ノブに手をかけ、それを閉じる。一応鍵もかけて、再び元いた位置へ。先程と同じ体勢で、気を取り直して独り言を再開。
「さて、どうしたものか。……これ片付けるの大変なんですよねぇ……」
前回やられた時は全て直すのに、確か一週間はかかったはずだ。今回は何日程かかるのやら。
考えたくもないと、天を見上げる。そうして呻く私の顔に、影がさした。
「……なんだこれは」
お客様がいらっしゃった。
比較的背の高い鳥頭の彼は、私の背後にいつの間にやら忍び寄っていたらしい。恐ろしい方だ。気配がまるで感じられなかった。少々存在感が薄すぎるのではなかろうか。
顔を元の位置に戻し、店の様子に冷や汗をかいているお客様を振り返る。
「お客様、二階でお休みになっていてよろしいんですよ?」
「ガレイスで構わん。それよりどういう状況だ、これは。まさか私がやったんじゃなかろうな……」
ああ、心配はそっちか。なるほど。
お客様――ガレイスの心情を察し、不安一色の彼に安心させる言葉を紡いでやる。
「これは『夜』の仕業です。ガレイスとは関係のない輩の仕出かしたことですので、ご安心を」
「そうか。なら安心しよう」
ホッと息をつくガレイス。
なるほど、単純なお方だ。
「しかし、あまり良くない状況ではないか? ここは一応店なのだろう?」
「おや、心配してくださるのですか? 意外ですね」
「経緯はどうあれ住まわせてもらう身だ。気にするのは当然と思うが?」
ということは、彼は帰ることを諦めた?
それならそれで良いのだが、なんとまあ、思い切りの良いお方だ。ただのヘタレかと思っていたがそうでもないらしい。
若干ひどいことを考えながら、笑みを一つ。カウンターの方に近寄る。
「決断が早くて助かります。無駄に傷つかれては、さすがにこちらもその身を案じてしまいますので」
「最初から案じたらどうだ……?」
「案じておりますよ? ほら、だからお客様は外ではなく部屋の中にいらっしゃる」
放り出していない時点で心配していないことはない。つまり心配はしている。一応は、だが。
カウンター裏から箱を取り出し、中を確認。就寝中のため、大いびきをかいているマネくんの様子を確認し、蓋を閉じる。これほど荒らされているというのに、呑気に爆睡しているとは……。
「肝が据わっているのかどうなのか……」
とりあえず箱は元の位置に戻し、その横に存在する引き出しを開く。中に詰め込まれた小道具たちを払いのけるように片手で漁り、目的の物を探した。
一方。そんな私の観察に飽きたらしいガレイスは、店内に残された傷痕を観察していた。
下から、左右から、真正面から。体を大きく動かしながら、角度を変えて対象を目視している。疲れないのだろうか。疑問が浮かんだ。
「……外には、こんな傷をつける輩が存在するのか?」
恐ろしいものを見たように、ガレイスは呟く。私はその言葉に、肯定を返すだけ。
「外は無法地帯と言っても過言ではないですからね。荒れ果てた世界はすでに管理する者が削減しており、人の目が届かない場所では常に、歪なる何かが生まれている。……まあ、『夜』に関しては監視者がいらっしゃるのですが、あの方は少し不真面目なので、きちんと仕事をしてくれないんですよ。彼さえ真面目になってくれたのなら、例え戸締まりを忘れていようとも、こういった被害は出ないのですが……」
いや、全く本当に、いい加減真面目になってほしいものだ。脳裏に『支配人』の姿を思い浮かべながら、ため息を一つ。ようやく探り当てた目的の物を、棚の中から引っ張り出す。
「監視者? いや、それよりもまず、お前が先程から口にしている『夜』というものは一体……?」
「『夜』は『夜』です。それ以外には言いようがありません。恐らく目にするのが一番早いのでしょうが、その機会が来るのかどうか……監視者はその名の通り、『夜を監視する者』。我々は彼のことを『夜の支配人』と呼んでいます。とても愉快な方ですよ」
「……そうか」
彼からしたら、実にぶっ飛んだ内容だろう。
故に現実を逃避し始めたガレイス。死んだ目で天を仰ぐ鳥頭を尻目、カウンターから出た私は、手にした物――チョーク箱から一本のチョークを取り出し、部屋の中央へ。その場でしゃがみ、汚れることすら気にすることなく、世間一般で魔法陣、と呼ばれるモノを描いていく。
「……何してる?」
ガレイスが寄ってきた。不思議そうな顔で覗き込んでくる彼に、私は答える。
「お片付けです」
「お片付け? 汚しているの間違いだろう」
腕を組み、鼻で笑う彼に微笑。その顔が破綻するのを想像しつつ、私は描いた陣に片手を翳す。
「『――咲き開け』」
一陣の風と共に、陣が光を帯びる。柔らかな緑の光を噴き出すそれを片手で撫で、指を鳴らせば光は拡散。荒れた店内に染み込むようにその姿を消失させる。私の描いた陣も同様に。
「後は勝手に直してくれるので、暫くは休暇ですね。さて、何をして暇つぶしをしましょうか……」
振り返る。そんな私の視界の先、なぜか構えたガレイスが一人……。
「……面白い反応ですね。ありがとうございます」
「面白がるな!」
だいぶこの人の扱い方がわかってきた気がする。
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