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第十二話 自己紹介
しおりを挟む「――紅茶で良かったですか?」
「はい」
「砂糖とミルクは?」
「少しだけお願いします」
「わかりました。ではこちらに置いておくのでお好きな分だけお取りください」
「はい。お気遣い感謝致します、魔女リリィ」
コトリと、カップが机の上に置かれる。綺麗に磨き抜かれたその中に砂糖とミルクを適量入れてかき回し、少年は静かに指先を触れた。
先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら。私生活用スペースへと移動した私は、目の前で出された紅茶を大人しく啜る少年へと視線を向ける。
少年は既に戦闘態勢を解除しているのか、ひどく大人しかった。まるで借りてきた猫のようだと、変な感想を抱きながら、私はリリィの傍へ。その小さな腕に抱えられていた銀色のトレーを素早く奪い、ついでとばかりに声をかける。
「あの小僧、大丈夫なのか……?」
「見た感じは、恐らく……いえ、しかし……」
そこまで言って、言葉を濁すリリィ。彼女も不安なのだろう。難しい表情で眉を顰めており、私はついつい言葉を詰まらせた。
この場合、なんと言ってやればいいのか……。
一先ず、何かあった時のため、トレーは手にしたままに。せめてリリィだけでも、あの猟奇的な子供から守ってやらねばと、一人意気込んだ。
「――……改めて自己紹介をさせていただきますね」
一向に自分の方へ近づいて行こうとしない私とリリィを見兼ねてか、少年は手にしていたカップを机上へ戻すと、背筋を伸ばして一礼。癖のついた金色の髪を揺らしながら、顔を上げる。
「僕の名前はイゼ。先も言った通り、ヴェルウィネ伯に育てられた者です。魔女リリィを訪ね、遠路はるばるこの地までやって来ました」
淡々と紡がれるセリフ。
その短めの自己紹介に、リリィはゆるく頭を下げ、感謝を述べた。
「ご丁寧にありがとうございます。私は存じていらっしゃると思いますが、夢屋を営む魔女です。名はリリィ。そしてこちらにいるのがマザーのガレイスです」
「誰がマザーだ」
こんな時にふざけるなと咎めれば、リリィは少しだけ唇を尖らせてそっぽを向いた。「別にいいじゃないですか」と文句を垂れられるが、よくはない。そもそも、私は男だ。男なのだ。そこを忘れないでもらいたい。せめてマミーではなくパピーにしろ。パピーに。
「なるほど、マザー……なんだか父を思い出します」
少年が呟く。優しく、微笑ましげな表情で。
私はそんな奴を、「やめろ」と一言咎めた。そして、腹いせとばかりに傍らにいるリリィをひっ叩いておく。
当然、文句を言われるがスルー。そもそもお前が悪いだろうと、鼻を鳴らした。
「――で? なぜこのバカを訪ねてこんなわけのわからん地までやって来たんだ、貴様は」
「バカってなんですか!」、と抗議の声をあげるリリィを片手で押さえつけながら、私は少年に問うてみる。少年はその問いかけに微かな笑みを浮かべると、カップの取っ手に指を添わせた。そのまま、憂いを帯びた表情で応える。
「父が亡くなったので……」
カランッと高い音をたてて、私の腕から落ちたトレー。床の上に叩きつけられたそれは、軽く滑ったところで停止した。
微妙な位置で動きを止めたトレーを視線で追いながら、少年は硬直する私を一瞥。話を続ける。
「亡くなる直前、父は僕に言いました。『廃れた世界に存在する魔女を訪ねろ。魔女は必ず力になってくれる』、と。なんの力になってくれるのかはわかりませんが、父の残した最後の言葉です。力を貸してもらう、もらわないはともかく、訪ねてみるくらい悪くはないかと、ここへ来てみたわけですね」
つまり目的は既に果たした。そういうことだろうか。
紅茶を飲み終え、立ち上がった少年は、膝に抱えていたガスマスクを持ち上げると、そのままそれを己の顔へ。慣れた手つきでマスクを装着し、ぺこりと頭を下げる。
「魔女とお会い出来たこと、光栄に思います。それでは、僕はこれで……」
「お待ちなさい」
歩き出そうとした少年を、リリィはすかさず引き止めた。それから、何を思ったのか、彼女はこんな提案を少年に向かい投げかける。
「長旅で疲労も溜まっているでしょう。少しの間、ここで過ごしてみてはいかがですか?」
「……」
「安心してください。なにもとって食おうなどとは思っていません。ただ少し、ヴェルウィネ伯についてお聞きしたいことがあるのはありますが……」
そこで一つ間を置き、リリィは告げる。
「……語る語らないは、あなたの自由です」
「……」
しゅこーっ、と空気の抜ける音が響いた。どこか間抜けにも聞こえるそれに、ついつい脱力してしまう。
せめてガスマスクを外してはどうだろうか。というかなぜ着けた。外まではまだ距離があるのだ。この部屋の中で、そこまで早々と着けなくとも良かっただろうに……。
考える私を他所、少年はガスマスクの下で口を開く。マスクによりくぐもってしまった声が、伝わりにくくも、私とリリィの鼓膜を震わせた。
「……疲労が癒えたら、出て行きます」
たった一言。
零されたそれは、ひどく悲しげで、寂しげだった。
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