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第十四話 話し合い
しおりを挟む魔女狩りとは。文字通り魔女とされる者を狩ることを目的とする、人間の悪しき所業である。
これは魔女とされた被疑者に対する迫害を指す言葉でもあり、魔術を使ったと疑われる者を裁いたり、制裁を加えることも魔女狩りとされていた。
「世間がどの世間をさすのかわかりませんが、いえしかし、魔女狩りと来ましたか……」
魔女の名を持つリリィにとって、それはきっと警戒せねばならぬ事柄なのだろう。
現に客の立ち去った屋内で、彼女は難しい顔を浮かべながらクロを腕に抱えていた。悩ましいと言いたげに寄せられた眉間が深いシワを作っている。
「狩り、とは穏やかではありませんね」
イゼが告げる。出刃包丁を磨きながら。
なぜ今それを磨くと疑問が湧き上がるが、敢えて自分はつっこまない。コイツらにつっこんでいたら日が暮れるのはとうにわかっているからだ (しかしつっこむ時は条件反射でつっこむ)。
「魔女狩りと言えば、ヨーロッパの宗教改革前後に行われたのが有名どころですが……」
「ではヨーロッパでまた魔女狩りが行われると?」
「いえ、一概にそうとも言えません。あのお客は面の国の客ですから、あのお客のいた場所にヨーロッパは存在しない。存在するのは少しおかしな生き物くらいです」
さり気なく先の客をおかしな生き物と断定したリリィに「そうか……」と頷けば、「魔女狩りは厄介ですよねぇ」なんて彼女は机につっ伏する。そして、深々と息を吐き、「どうしましょうか」なんて口にした。
「珍しいな。手詰まりか?」
「手詰まり、というわけではないんですがね。魔女狩りって厄介なんですよ、ええ、ほんとに。狩りをする者はどこまでも追ってくる。どこに居ても見つけてくる。そして魔女だと声を荒らげて悪事を働く。魔女イコール罪人。罪人イコール何をしてもいいという方程式が彼らの中にはありますからねぇ」
まるで嫌な記憶を思い返すように、顔を顰めたリリィに、イゼが問うた。「魔女狩りに遭遇したことがあるんですか?」と。リリィは「ええ」と短く頷いてみせる。
「あの時は少し遠出してみたくなってある街に赴いたんですが、そこであれやこれやと質疑応答させられ即帰りたくなりましたよ。人間ってどうしてああも自分が有利だと思い込むと謎の暴挙に出るんでしょうね。お陰様で街ひとつ滅ぼしちゃったじゃないですか」
「さらりと恐ろしいことを宣うな」
魔女狩りよりもお前の方が危ないじゃないかと口にすれば、リリィは「そんなことはありません!」と上体を起こした。そしてその細い腰に手を当て、ふんぞり返るように胸を張る。
「私はか弱いレディなんです! 危険なんてありません!」
「どうだかな」
「ガレイスは臆病さんだからきっとそう思っているだけですよ。──さて、と。今日はもう店仕舞いといきましょうか。お部屋に戻ってたこ焼きパーティーでもしましょう!」
「たこ焼き?」とイゼが首を傾げた。腰元のベルトに出刃包丁を差し込み、立ち上がった彼はたこ焼きなるものを知らないようだ。
リリィが「タコを包んだ焼き物ですよ」と優しく答えを与え、イゼは未だ首を傾げたままこくりと頷く。納得はしたようだ。もう疑問はないと言いたげに、彼はそそくさと二階に上がっていく。
「……リリィ」
「はい?」
イゼを追いかけるように階段を目指していた彼女を呼び、その足を止めさせた。
不思議そうに振り返ったリリィの腕の中、クロが「わふっ」と鳴いている。
「……今の話は、本当なのか?」
「たこ焼きのことですか?」
「お前わかってて言ってるだろ……」
魔女狩りのことだと一言。
リリィはああ、と言いたげに頷くと、やがてにこりと笑んでみせる。
「本当ですよ」
「……そうか」
ならば深く追及することはないと、私も二階へ。
たこ焼きを楽しみにしつつソファーに座るイゼを見つけ、嘆息した。
◇◇◇◇◇◇
残された店内。魔法で戸締りをしっかりとしたそこで、魔女は一人息を吐く。
震える腕を隠すように抱えた毛玉犬を抱き締めれば、共に箱の中の住人が「リリィ」と心配そうに彼女を呼んだ。彼女はそれに、微かに肩を跳ねさせると、下を向き、顔を上げる。
「大丈夫ですよ、マネくん」
大丈夫、と告げて、魔女は二階へ。
一人残された小太りな会計人は、なんとも言えぬ顔で息を吐き出し箱の中へと戻っていく。
魔女狩り。
それが彼女にとってどんな景色を思い出させるか、彼は知っている。
彼だけは、唯一知っている。
「……イヤな話だよなぁ」
ポツリと零された一言に、頷くように、消え行く光たちが小さくも儚く輝いた。
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