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第十六話 病人
しおりを挟む死を待つだけというのは、なんとも悲しいものだ。
どうせなら幸せな夢の中で、幸福を感じながら死んでいきたい。その死に気づくことすらなく、生涯を終えたい。
そんな願いは叶わないと知っていながら、願わずにはいられない。なんといっても、人間というものは強欲なのだから……。
◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませ」
にこやかな笑顔と慣れたような接客用語が、目前より発された。
何事かと目を瞬けば、一礼して、そうして顔を上げる金髪の少年の姿が視界の中に写り込む。深く暗い、緑色のつなぎを着た少年だ。金色のまつ毛に縁取られた翡翠の瞳が、どこからか降り注ぐ光を反射しキラキラと輝いている。まさに純粋無垢。穢れを知らない瞳だ。
私は少年の眼差しに耐え切れず一歩後ろへ。それからぐるりと周囲を見回し、首を傾げた。
一番に視界に写るのは大、中、小、様々なガラス瓶だった。キッチリとコルクのされたその瓶たちには、値札のプレートらしきものが付けられている。しかし、肝心の値札には何も書かれていない。稀に何か書かれていることがあっても全てミミズが這ったような字なので読むことは不可能。どこの言語だろうか。
そしてその稀な瓶は全てショーケースや木製の棚の中に閉じ込められている。これでは触れることが出来ない。いや、触れようとも思わないのだが……。
「どうかされましたか、お客様?」
少年が挙動不審な私を不思議に思ったのか、小首を傾げながら問いかけてきた。これはいけない。
私は即座に頭を振り、ごほんっ、と一つ咳払い。笑顔を浮かべ、「悪いんだけど、ココが何処か教えて貰っても?」と口にした。
「ココが何処か、ですか……」
「ええ、そう。実は私、突然ココに来ちゃったみたいで、ココが何処かも分からないの。よければ北海道の何処かくらい教えてくれたらありがたいかなぁ?」
子供に話しかけるように、少しだけ柔らかく、遊び心を添えて。
少年は「なるほど」と頷くと、再び笑顔に。にこやかに、花咲くように笑いながら、私の疑問に対する答えを口にした。
「ココは夢屋です」
はて、夢屋とは一体なんだろうか。
疑問が増したと首を傾げれば、少年は「魔女リリィ!」と部屋の奥に向かい声をかける。振り返った彼にならうようにそちらを見れば、青色の鬼の面を手にした一人の少女の姿が確認出来る。
黒髪の少女であった。長いそれを軽く結った彼女は、海のような青さに彩られた瞳を細め、面を己の顔へ。「ガオー」なんて子供のようなことをしてから、それを外し、にこりと笑う。
「いらっしゃいませ、お客様」
浮かべられた、所謂営業スマイル。朗らかとも言えるそれにこちらも自然と笑みを零せば、少女は面を机上に置いて軽やかな足取りでこちらへ。観察するように私を見てから、うん、と一度頷き姿勢を正す。
「お客様、『夢』を欲しておりますね?」
「夢?」
「はい。夢です」
頷いた少女。
彼女曰く、ココは『夢』なる物を売り買いする店なのだとか。
私ははて、夢とはなんだと首を傾げ、二、三度瞬き視線を屋内へ。淡いエメラルドグリーンに照らされたそこで、そこかしこに並べられた瓶たちへと目を向ける。
「お客様。お客様が望まれるのでしたら、夢はどんな世界にも連れて行ってくれます。お客様の望む世界を、見せてくれます」
「……けれど現実ではない、ということ?」
少女は頷いた。なるほど、と私も頷く。
「夢は所詮夢、ということかしらね。うふふ、なんだかワクワクするわ。とても面白いお店なのね、ココ」
「気に入っていただけたのなら良かったです」
優雅に一礼して見せた少女に再び笑い、私は瓶の方へ。大きさも並べ方もバラバラなそれらを見回し、気になった瓶を手に取ってみる。
「それは甘い夢になります」
「というと?」
「チョコレートのように口の中で溶ける夢です。目覚めが悪い方や食欲の増加に悩まされる方にオススメする商品ですね。眠っている間はお腹が空かないし、寝起きスッキリしてとても良い心地になるんですよ」
「まあステキ。じゃあ、これは?」
「これはある王国の王妃から買い取った夢ですね。豪遊したり命令したり、やりたい放題できる品です。一国の主になってみたいならオススメですよ」
「まあ凄いのね! ええっと、じゃあ次は……」
あれよこれよと質問する私に、少女は律儀に答えてくれた。柔らかな笑みを顔に貼り付け、穏やかな声を連ねる彼女に、私は自然と頬笑みを浮かべる。
「ありがとうね。こんな年寄りに付き合ってくれて」
「いえいえ。これも仕事ですので」
「あら、仕事熱心なのねぇ」
くすくすと笑って、そこで嘆息。痛む膝を摩り、「そろそろ帰らないと」と口にした。
「あまり外に出てたら看護師さんたちが心配するわ。まあ、私なんて、いっそ居なくなられた方がいいのかもしれないけれど……」
「というと、入院中なんですか?」
「ええ。心臓が悪くてね。もう長くないの」
困ったように告げ、「皆はやく死んでくれって思ってるのにね。まだ死なないのよ」と笑う。
少女はそんな私に「ほう」と頷くと、にこやかに微笑んだ。
「では、死ぬ前の夢などいかがでしょう」
「え?」
「お客様は死を待つだけの人生、どう思います? いつ己の心臓が止まるかもわからない現実は、覚悟がなければ恐ろしいだけでしょう? そんな感情から、ベッド上にしかいれないつまらない環境から逃れるための夢も、当店は取り扱っております。あれでしたらお試しもありですが……」
「……」
私は笑い、笑って首を横に振った。それから、「まだ大丈夫」と告げ、帰るために踵を返す。
「素敵な時間をありがとう。久々に嫌な目で見られなくて嬉しかったわ」
「いえ、お客様が満足したのであればそれで良いのですよ」
どこまでも接客者の対応をしてくれる彼女に礼をし、私は扉へ。深い緑色のそれを前、ノブに手をかけ、押し開く。
「それでは、また明日──」
聞こえた声と共に、目が覚めた。
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