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第三章
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しおりを挟む「──さあ、ジル様! アランめの膝でどうぞお休みに!」
花が咲くような笑顔とともに広げられた両手。その手はドラゴンの上で器用に正座をしたアランの膝を、恐らくだが示しているにちがいない。
なぜお休みさせられそうになっているのかはわからないが、しかしこれはなんて素晴らしいお誘いか。童貞少年の心を鷲掴みにしたアランに向け、ジルは口を開く。
「突拍子もなさすぎてわかんないけどとても魅力的なお誘いだということは理解した」
息継ぎをすることなく、真顔で言ってのけたジルの頭部を、ミーリャは素早くひっ叩いた。
その際、落下してしまったポチはアドレンがさり気なく回収。そのまま彼は、離れた位置にて座るオルラッドの傍らにどっかりと腰を下ろした。
「ちょっ、なにすんの!? 俺まだ何もしてないのに!!」
叩かれた箇所を守るように両手で抑え、少年は抗議する。当然、そのセリフにミーリャは怒りを募らせた。
静かに目を細めた少女の姿は、なんと恐ろしいことか……。
「なにを、する、つもりだったのかしら、ね……!?」
言葉を句切るとともにジルの獣耳を鷲掴み、力任せに引っ張るミーリャ。獣族の証の一つである獣耳を引っ張られれば、さすがのジルも謝罪を紡ぐ。情けないことこの上ないが、痛いので仕方がない。
「すんません! ほんとすんません! ちょっとした出来心だったんです! いだだだだっ!」
「ミーリャちゃん、やめてあげてちょうだい。ジル様が痛がっているわ」
「誰のせいよ! 誰の!」
「え? あなたでしょう?」
不思議そうに首を傾げたアランに、ミーリャは呪術を発動。ジルが慌てて止める声すら無視して、彼女は空中での戦いを始めようとする。
だが、よく考えてくれ。そもそもこのドラゴンはアランに従っているドラゴン。彼女に歯向かうということは、つまりドラゴンにも影響が出るというわけで……。
「あら? 戦うの? いいわよ、とびっきりの方法で躾てあげる。──ジル様! しっかり掴まっててね!」
笑顔で告げた白き少女は、片手を上へ。同時に大きく揺れ動くドラゴンの背で、小柄な少年少女たちはバランスを崩し、転倒。強風が吹く中、彼らは必死の形相で、ドラゴンの硬い皮膚に爪を立ててしがみつく。
「こんのくそったれ女っ! なにしてるのねっ!」
「あら、口の悪い子にはお仕置きが必要だもの。当然の処置でしょう?」
「落ちる! 待って! むり! いやぁあああ!!」
叫ぶ少年は涙を流す。存外、仕置きをされるミーリャより、特に何もしていないジルの方がダメージは大きいようだ。
少年の悲痛なる悲鳴と、少女たちの醜い争いを耳に、男二人は無言でその視線を景色の方へ。
「平和だな」
二人同時に呟き、そして二人同時に互いの顔を睨みつけた。
◇◇◇
飛行機が突如ジェット気流に乗ったような速さで、ドラゴンは北国に到着していた。未だ目的地が見えないため飛行中だが、辺りの景色はすっかりと様変わりしている。
北、といえば雪。雪、といえば冷たい。
眼下に広がる雪原に目を輝かせるジルの背後、胡坐をかいたアドレンの膝に座るアランとミーリャ。彼女たちは寒さを凌ぐように仲良くその身を寄せ合い、彼のコートの中に潜り込んでいる。先程までの争いが嘘のようだ。
三人仲良く合体している姿はどこか微笑ましい。が、見た目が非常に不格好なためちょっと笑いそうになってしまう。せめてアドレンからコートを脱がせてしまえばいいものを……。
吹き出すのを堪えるように口元に手を当て肩を震わせるオルラッドを、アドレンが無言で睨み付ける。ミーリャとアランもそうだが、オルラッドとアドレンもなかなかに不仲のようだ。これは先が思いやられる。
ジルはこっそりと頬をかき、這うように険悪ムードの二人の間へ。その場で腰を下ろしてから、寄ってきたポチを抱き上げる。
「……そういえば、ここら辺ってなんか街とかないわけ? 北国用のコートとか必要だと思うんだけど、気温的に」
「コートなら、ダリオンで購入可能だと思うのね……ぶぴっ!」
ミーリャ特有の変なくしゃみは健在のようだ。なんだか少し安心した。
「ダリオンってーと北の?」
「そう、首都だ。北のダリオン、東のベルリン、南のヴォルビャに西の聖地」
あー、確かそんなだった気がする。でも最後のはなんだ?聞いたことないぞ。
気になり聞き返せば、それに答えたのはアランの頭に己の顎を乗せるアドレン。彼は赤い眼だけをジルに向けながら、淡々と説明を施してくれる。
「聖地カルナーダ。神が住むと有名な場所だ。信仰深い者はその聖地を目指し旅立つらしいが、なぜか全ての者と音信不通になると言われている。死にたくないなら行くことは進めんな」
「なにその訳ありスポット超怖い」
しかし同時に行ってみたい気もする。好奇心旺盛な青少年を舐めることなかれ。
「ま、でも、とりあえずはダリオン? ってとこだな。目的地は。──アランちゃん、頼める?」
「ええ、ジル様の頼みなら喜んで」
ほんのりと頬を赤らめ微笑んだアランは、そのまま「お願いね!」と叫んだ。その言葉が誰に向けられているかなど、聞かなくとも容易くわかる。
返事を返すようにあげられた咆哮。それと共に降下するドラゴンに、落ちないようにとジルは必死にしがみつく。
「叶うことなら、普通の乗り物に乗りたいやーいっ!!」
嘆くように叫んだ少年の声は、冷えた空気の中へと溶け込むように消えていった。
──北国の首都、ダリオン。
ジルにとって二つ目となるその首都には、冷たい雪が振り積もっている。そのお陰というのもあるのか、前に訪れたベルリンとはかけ離れた光景を、この場所は、まだ幼い彼に見せてくれた。
ダリオンの建物は、全て氷に酷似した木材でできていた。物知りミーリャの説明曰く、その木材は氷木という、北国にしか存在しない貴重な木の一部らしい。見た目は氷そのものだが、材質は普通の木と同じなのだと、彼女は言う。
「最近では氷木の数も減ってるみたいで、収穫が困難だと聞いたのよ。だから氷木も抵抗を始めたそうなのね。下手をすれば氷木目当てで旅立った木こり連中全てが殺されてしまうとかどうとか……」
さらりと告げられた事実に、当然、少年は「氷木こわっ!!」と叫んだ。
そんな氷木を用いて作成された建物は、三角形の屋根が目立つものが殆どだった。中には真四角の建物も存在するが、それらには全て看板がかけられいる。
三角が住居で四角が店なんだろうな、ということはなんとなく推測できた。店については、その一つ一つがなんの店であるか、までは残念ながらわからない。なぜかというと、特徴的な名前が多々あるからだ。
例であげるならこの三つ。
まず、『輝けるシナモン』──食材関係の店かと思ったら雰囲気的に違うようだ。
次に、『雪男』──捕獲したの?
最後に、『鈴木よ許せ』──お前は鈴木に何をしたんだ。
ツッコミたいことは多々あるがまず一言だけでいい、言わせてくれ。
この世界の店はどうしてこうもクレイジーな名前を選出しているんだ?何かそういうイベントでもやってたり?それならそれで別に構わないが雑魚にもその詳細情報を教えてもらいたいものである。
「……いや、てか、服屋どこ?」
これ以上考えても無意味だと、店の名前についての疑問を一時頭の中から消去したジル。誰にいうでもなく発された彼の問いかけに、前を歩いていたアドレンが歩みを停止。つられるように皆も動かしていた足を止める。アヒルかよ。
アドレンは少し考えてから、あたりの景色を見回した。雪と氷の世界に感動することすらない彼は、そのままとある店舗を指し示す。
もう見つけたのか。さすがはにーに。
ジルは感心しながら、アドレンの傍へ。彼が指差す方向を、当たり前のように視界に写し……。
「……って、鈴木かよ!!」
少年のツッコミが炸裂。予想はしていたが、ひどく裏切られた気分だった。
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