弱者が悪を目指した黙示録 〜野生のスライムにも勝てない底辺冒険者の獣族の少年が最強の仲間と共に最高の悪を目指す物語〜

ヤヤ

文字の大きさ
40 / 60
第三章

39

しおりを挟む
 


「──さあ、ジル様! アランめの膝でどうぞお休みに!」

 花が咲くような笑顔とともに広げられた両手。その手はドラゴンの上で器用に正座をしたアランの膝を、恐らくだが示しているにちがいない。
 なぜお休みさせられそうになっているのかはわからないが、しかしこれはなんて素晴らしいお誘いか。童貞少年の心を鷲掴みにしたアランに向け、ジルは口を開く。

「突拍子もなさすぎてわかんないけどとても魅力的なお誘いだということは理解した」

 息継ぎをすることなく、真顔で言ってのけたジルの頭部を、ミーリャは素早くひっ叩いた。
 その際、落下してしまったポチはアドレンがさり気なく回収。そのまま彼は、離れた位置にて座るオルラッドの傍らにどっかりと腰を下ろした。

「ちょっ、なにすんの!? 俺まだ何もしてないのに!!」

 叩かれた箇所を守るように両手で抑え、少年は抗議する。当然、そのセリフにミーリャは怒りを募らせた。
 静かに目を細めた少女の姿は、なんと恐ろしいことか……。

「なにを、する、つもりだったのかしら、ね……!?」

 言葉を句切るとともにジルの獣耳を鷲掴み、力任せに引っ張るミーリャ。獣族の証の一つである獣耳を引っ張られれば、さすがのジルも謝罪を紡ぐ。情けないことこの上ないが、痛いので仕方がない。

「すんません! ほんとすんません! ちょっとした出来心だったんです! いだだだだっ!」

「ミーリャちゃん、やめてあげてちょうだい。ジル様が痛がっているわ」

「誰のせいよ! 誰の!」

「え? あなたでしょう?」

 不思議そうに首を傾げたアランに、ミーリャは呪術を発動。ジルが慌てて止める声すら無視して、彼女は空中での戦いを始めようとする。
 だが、よく考えてくれ。そもそもこのドラゴンはアランに従っているドラゴン。彼女に歯向かうということは、つまりドラゴンにも影響が出るというわけで……。

「あら? 戦うの? いいわよ、とびっきりの方法で躾てあげる。──ジル様! しっかり掴まっててね!」

 笑顔で告げた白き少女は、片手を上へ。同時に大きく揺れ動くドラゴンの背で、小柄な少年少女たちはバランスを崩し、転倒。強風が吹く中、彼らは必死の形相で、ドラゴンの硬い皮膚に爪を立ててしがみつく。

「こんのくそったれ女っ! なにしてるのねっ!」

「あら、口の悪い子にはお仕置きが必要だもの。当然の処置でしょう?」

「落ちる! 待って! むり! いやぁあああ!!」

 叫ぶ少年は涙を流す。存外、仕置きをされるミーリャより、特に何もしていないジルの方がダメージは大きいようだ。
 少年の悲痛なる悲鳴と、少女たちの醜い争いを耳に、男二人は無言でその視線を景色の方へ。

「平和だな」

 二人同時に呟き、そして二人同時に互いの顔を睨みつけた。



 ◇◇◇



 飛行機が突如ジェット気流に乗ったような速さで、ドラゴンは北国に到着していた。未だ目的地が見えないため飛行中だが、辺りの景色はすっかりと様変わりしている。

 北、といえば雪。雪、といえば冷たい。
 眼下に広がる雪原に目を輝かせるジルの背後、胡坐をかいたアドレンの膝に座るアランとミーリャ。彼女たちは寒さを凌ぐように仲良くその身を寄せ合い、彼のコートの中に潜り込んでいる。先程までの争いが嘘のようだ。

 三人仲良く合体している姿はどこか微笑ましい。が、見た目が非常に不格好なためちょっと笑いそうになってしまう。せめてアドレンからコートを脱がせてしまえばいいものを……。

 吹き出すのを堪えるように口元に手を当て肩を震わせるオルラッドを、アドレンが無言で睨み付ける。ミーリャとアランもそうだが、オルラッドとアドレンもなかなかに不仲のようだ。これは先が思いやられる。
 ジルはこっそりと頬をかき、這うように険悪ムードの二人の間へ。その場で腰を下ろしてから、寄ってきたポチを抱き上げる。

「……そういえば、ここら辺ってなんか街とかないわけ? 北国用のコートとか必要だと思うんだけど、気温的に」

「コートなら、ダリオンで購入可能だと思うのね……ぶぴっ!」

 ミーリャ特有の変なくしゃみは健在のようだ。なんだか少し安心した。

「ダリオンってーと北の?」

「そう、首都だ。北のダリオン、東のベルリン、南のヴォルビャに西の聖地」

 あー、確かそんなだった気がする。でも最後のはなんだ?聞いたことないぞ。
 気になり聞き返せば、それに答えたのはアランの頭に己の顎を乗せるアドレン。彼は赤い眼だけをジルに向けながら、淡々と説明を施してくれる。

「聖地カルナーダ。神が住むと有名な場所だ。信仰深い者はその聖地を目指し旅立つらしいが、なぜか全ての者と音信不通になると言われている。死にたくないなら行くことは進めんな」

「なにその訳ありスポット超怖い」

 しかし同時に行ってみたい気もする。好奇心旺盛な青少年を舐めることなかれ。

「ま、でも、とりあえずはダリオン? ってとこだな。目的地は。──アランちゃん、頼める?」

「ええ、ジル様の頼みなら喜んで」

 ほんのりと頬を赤らめ微笑んだアランは、そのまま「お願いね!」と叫んだ。その言葉が誰に向けられているかなど、聞かなくとも容易くわかる。

 返事を返すようにあげられた咆哮。それと共に降下するドラゴンに、落ちないようにとジルは必死にしがみつく。

「叶うことなら、普通の乗り物に乗りたいやーいっ!!」

 嘆くように叫んだ少年の声は、冷えた空気の中へと溶け込むように消えていった。






 ──北国の首都、ダリオン。

 ジルにとって二つ目となるその首都には、冷たい雪が振り積もっている。そのお陰というのもあるのか、前に訪れたベルリンとはかけ離れた光景を、この場所は、まだ幼い彼に見せてくれた。

 ダリオンの建物は、全て氷に酷似した木材でできていた。物知りミーリャの説明曰く、その木材は氷木ひょうきという、北国にしか存在しない貴重な木の一部らしい。見た目は氷そのものだが、材質は普通の木と同じなのだと、彼女は言う。

「最近では氷木の数も減ってるみたいで、収穫が困難だと聞いたのよ。だから氷木も抵抗を始めたそうなのね。下手をすれば氷木目当てで旅立った木こり連中全てが殺されてしまうとかどうとか……」

 さらりと告げられた事実に、当然、少年は「氷木こわっ!!」と叫んだ。

 そんな氷木を用いて作成された建物は、三角形の屋根が目立つものが殆どだった。中には真四角の建物も存在するが、それらには全て看板がかけられいる。

 三角が住居で四角が店なんだろうな、ということはなんとなく推測できた。店については、その一つ一つがなんの店であるか、までは残念ながらわからない。なぜかというと、特徴的な名前が多々あるからだ。

 例であげるならこの三つ。

 まず、『輝けるシナモン』──食材関係の店かと思ったら雰囲気的に違うようだ。

 次に、『雪男』──捕獲したの?

 最後に、『鈴木よ許せ』──お前は鈴木に何をしたんだ。

 ツッコミたいことは多々あるがまず一言だけでいい、言わせてくれ。
 この世界の店はどうしてこうもクレイジーな名前を選出しているんだ?何かそういうイベントでもやってたり?それならそれで別に構わないが雑魚にもその詳細情報を教えてもらいたいものである。

「……いや、てか、服屋どこ?」

 これ以上考えても無意味だと、店の名前についての疑問を一時頭の中から消去したジル。誰にいうでもなく発された彼の問いかけに、前を歩いていたアドレンが歩みを停止。つられるように皆も動かしていた足を止める。アヒルかよ。

 アドレンは少し考えてから、あたりの景色を見回した。雪と氷の世界に感動することすらない彼は、そのままとある店舗を指し示す。

 もう見つけたのか。さすがはにーに。

 ジルは感心しながら、アドレンの傍へ。彼が指差す方向を、当たり前のように視界に写し……。

「……って、鈴木かよ!!」

 少年のツッコミが炸裂。予想はしていたが、ひどく裏切られた気分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...