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初めての――……
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◇◆◇◆◇
大学で待ち伏せしていた高崎と帝一が対峙してから二日。
華月は万が一のことを考えて大学を休み、リビングのソファに行儀悪く横たわっていた。
帝一は仕事があるため早朝から家を出ているが、日に何度かは通信アプリで「大丈夫か?」とメッセージを送ってくる。彼には一人でいる間、家のチャイムが鳴っても出るなと言われていた。もちろん外出など論外だ。
あまりにも暇すぎて昼寝をしていたのだが、昔の、長い夢を見ていたようだった。
ちらりと、ローテーブルの上に無造作に置かれた雑誌に目をやる。
これを手にしてしまったから、今更昔の夢を見たのだろう。
「…………」
じっと、雑誌に踊るかつての恋人の名前を見つめ、きつく目を閉じた。
気を反らそうと、何気なくテレビをつけ、流れるニュースを見るでもなく眺める。
そのとき、観光地として故郷の映像が流れた。
「あ……」
街並みは三年という歳月で様変わりしており、そこはもう、華月が知る故郷ではなくなっていた。
「桜並木……なくなっちゃったんだ……」
帝一や皇司と歩いた通学路は、綺麗に整備され直され、美しかった桜並木は姿を消していた。
こうして、ひとつずつ、思い出は消されていくのだろう。
誰かが言っていた。
恋した相手を忘れるためには、その三倍の歳月が必要になる、と。
きっと、こういうことなのだろう。
生きている間、時代の変化を理由に、思い入れのある場所からひとつひとつ思い出が消えていき、情景と重なり合って胸をときめかせた想いが風化していく。そして新しい思い出を、人々は紡ぎあげる。
その間に、過去の甘くも苦い想いは、深い場所に仕舞われ、そしていつしか忘れ去られていくのである。
「…………」
華月の中には、まだ皇司への想いが残っている。
あの桜並木は、皇司と最後に会った場所でもあり、帝一が皇司と離別した場所でもある。あの日以来、帝一は皇司を完全に見限ってしまった。
甘い思い出と苦い思い出が入り混じり、何とも言えない感情に胸が押しつぶされる。だがこれもいずれ、消えてしまうのだろう。
「――帝ちゃん、早く帰ってこないかな」
再び目を閉じ、朝、玄関の外へと消えていった背中を思い起こす。
三年の歳月で、皇司がいないことより、帝一がいないことの方が違和感を覚えるようになった。
きっと、記憶や感覚が上書きされてしまったのだろう。
そしていつか、心の中まで、書き換えられてしまうのだ。
きっと、その時は近い。
「ただいま」
仕事を終わらせて帰ってきた帝一は、部屋の中に明かりがないことに顔を青くした。
まさか、とリビングへと駆けつける。
「……よかった」
月明りに照らされ、ソファでぐっすりと眠っている華月の姿に心から安堵の息を零す。
「まったく、風邪ひくぞ」
起こそうかと迷ったが、あまりにも気持ちよさそうなので、タオルケットを掛けるだけに留まり、そっとしておくことにする。
それにしても、とアイランドキッチンの明かりだけをつけてしみじみ思う。
月の光に照らされて眠る華月は、とてもキレイだ。幼馴染という贔屓目を抜きにしても、彼はその名の通り、まるで月明りに照らされる一輪の花のように儚い印象がある。目を離したら溶けて消えてしまいそうで、造形が整いすぎているせいかその儚ささえ神秘的だ。
「…………」
そっと、華月の元へと歩み寄る。彼が眠るソファの前で膝を折り、透き通るような白い肌に触れてみた。
キメの細かい肌に、ほんのりと紅い頬。目元にかかる髪はダークブラウンのはずなのに光に当たると淡い色へと変わる。控えめな唇は薄っすらとピンクがかっており艶やかで、とても扇情的だった。
引き寄せられるように、薄い唇に自分のそれを重ねる。
初めて下心を持って触れてみたものの、帝一はすぐに身を離すと眠り続ける華月から距離を取った。
「――何やってんだ、俺は」
ぐしゃりと前髪を掻きあげ、再びキッチンへと戻る。余計なことを考えないようにとリビングに背を向けて、料理を始めた帝一は気づいていなかった。
その時、華月が目を覚ましていたことに。
初めて、帝一にキスをされた。
触れるだけの子どもじみたものだったが、今まで彼が手を出してくることはなかった。
このまま、氷見家に拘束されてどこかに輿入れさせられるくらいであれば、帝一と番になって一生を共にすることを選ぶと決めている。
ふたりで何度も話し合い、万が一のとき、体を重ねることを了承している。これはお互いが望んで選択したことだ。
一緒に暮らして三年。
少なからず、肌を重ねても違和感や嫌悪感を抱かないほど身近な関係になっている。
共依存に近いそれかもしれない。
離れるなんて、もうできない。
それでも未だに番になっていないのは、少なからず華月に迷いがあったからだ。
まだ、華月は皇司との甘いあの日々を忘れられない。お互いを求め合った熱い感情が、チリチリとくすぶっている。皇司に一目でも会ってしまえば、それは大きな焔となって華月の心をまた燃えあがらせることだろう。
想ったところで無駄であることはわかっているが、一筋の希望をまだ捨てられていない。もしかしたら、皇司が華月を思い出すかもしれない、という小さな希望を。
「どうした? 飯、まずかったか?」
ぼんやりと考え事をしていた華月はハッと顔を上げ、向かい側で茶碗を持つ帝一に笑顔を向けた。
「ううん。すっごくおいしいよ」
「でも、箸、進んでないみたいだけど」
「ごめんね、考え事してた。大学どうしようかなぁ……とか」
すると帝一は茶碗と箸を置き、逡巡するような素振りを見せた。なんだろうか、と華月も箸を置く。
「……お前の親父……氷見のことだから、ここにいることも調べられてる頃だろ。あの人たちは……お前にこれを言うのは酷だが、手段を選ばない人たちだ」
「うん……。そうだね」
「前にも言ったよな。俺の番になるか、って」
「覚えてるよ。そのときがきたら、僕は帝ちゃんの番になる」
「それが――今かもしれない」
「…………」
「お前の気持ちを無視して番になろうと思ってるわけじゃない。だが、もしも華月の決心があと数日で付くようなら、俺は一度、皇司に会ってくるつもりだ」
「……皇ちゃん……に?」
静かに帝一は頷いた。
「その首輪の鍵、まだあいつが持っているかもしれないからな。それを確かめに行く」
「どうしてそんなことするの!? こんなの、鍵がなくても壊せるでしょ」
それに、と華月は立ち上がり帝一へ詰め寄った。
「もしも帝ちゃんまでいなくなったら、僕……!」
「それはないから安心しろ。如月は俺じゃなく、皇司にあの家を継がせる気だ。今更、俺に用はないだろう」
「でも、帝ちゃんにも帰ってこいって、そう言ってるんでしょ!?」
「単に、世間体の問題だ。色んな業界の人間も婚約発表には出席するみたいだからな。不肖の兄だろうが、弟の婚約発表くらい顔を出さないと体が悪いんだろ」
だが、それだけではあの日の夜のことに説明が付けられない。帝一はスマートフォンを壊してしまうくらい、連絡が来たあの深夜の日に激高していた。弟が婚約するのだから顔を出せ、というだけで、彼があれほどまでに怒るだろうか。
そう訴えると、帝一はまた何かを考えこんでしまう。
「ねぇ帝ちゃん。如月は何て言ったの? 僕も連れてこいって、そう言ったんでしょ?」
「…………」
「お願い、ねぇ、教えて? これから僕たちが番になるなら、隠し事はしないで」
祈るような思いで彼の言葉を待つ。
どれくらい経っただろうか。帝一が大仰な溜息を吐き、ようやく口を開いた。
「俺の両親は、華月と皇司とのことを知らない。――だから言えたんだろうな」
「…………」
「あの電話は、母さんからだった」
彼の母親はこう言ったらしい。『由緒正しい如月の家にとって華月くんであれば家柄も人柄も申し分ないわ。もう番っているのでしょう? いつまで何の意地を張ってるかは知らないけど、あなたの番のお披露目にも丁度いいから二人で戻っていらっしゃい。もしそうじゃないなら、いい加減、氷見へ返したらどう?』と。
その言葉に、帝一の中で何かがプツリと切れてしまったのだという。
「華月がどんなに苦しんだか、あの人が知らないのは当然だってわかってはいたんだ。でも、俺とお前が、番になるために出て行ったと思われていたことが、腹立たしかった……」
「…………そっか」
肩を震わせて、涙を流すでもなく呻く帝一を前に、華月はそっと手を伸ばす。
彼の苛立ちの根本はわかっている。
如月の両親は、帝一に悠という魂の番がいたことを知らない。そして、華月と皇司と恋仲であったことも。ゆえに、母親が無神経にも帝一と華月が番になるために家を出たと勘違いしていたことや、華月の想い人である皇司の婚約発表に顔を見せるよう無神経なことを言ったことに、やり場のない怒りを覚えたのだろう。
けれど何も教えなかった人に『何も知らないくせに』と言うことはナンセンスだ。彼の母親ばかりを責められない。
あの日の彼の怒りは、そう周囲に思わせるよう仕向けておきながら怒りを覚えてしまった、自分自身に対してだったのだ。
「――帝ちゃん」
椅子から立ち上がり、彼の傍らに立った華月は頭を抱きしめるようにして、震える帝一を包み込む。
「ありがとう。話してくれて」
「…………お前に慰められるなんてな」
「たまにはいいでしょ……?」
すると帝一は急に立ち上がると、華月を横抱きにして歩き出した。
「…………」
向かう先は彼の寝室。
華月を横抱きにしたまま部屋のドアを開けると、月明りが差し込むベッドの上に横たえられる。
ギシッ、と二人分の体重を受け止めたベッドが軋みを上げた。逆光になって帝一の顔は見えなかったけれど、華月は両手を広げて彼の体重を受け止める。
物言わず求められ、華月は彼の好きなようにさせた。
ただ、どうしてだろうか。
帝一の背後に見える月明りが、どうしようもなく滲んで見えた。
大学で待ち伏せしていた高崎と帝一が対峙してから二日。
華月は万が一のことを考えて大学を休み、リビングのソファに行儀悪く横たわっていた。
帝一は仕事があるため早朝から家を出ているが、日に何度かは通信アプリで「大丈夫か?」とメッセージを送ってくる。彼には一人でいる間、家のチャイムが鳴っても出るなと言われていた。もちろん外出など論外だ。
あまりにも暇すぎて昼寝をしていたのだが、昔の、長い夢を見ていたようだった。
ちらりと、ローテーブルの上に無造作に置かれた雑誌に目をやる。
これを手にしてしまったから、今更昔の夢を見たのだろう。
「…………」
じっと、雑誌に踊るかつての恋人の名前を見つめ、きつく目を閉じた。
気を反らそうと、何気なくテレビをつけ、流れるニュースを見るでもなく眺める。
そのとき、観光地として故郷の映像が流れた。
「あ……」
街並みは三年という歳月で様変わりしており、そこはもう、華月が知る故郷ではなくなっていた。
「桜並木……なくなっちゃったんだ……」
帝一や皇司と歩いた通学路は、綺麗に整備され直され、美しかった桜並木は姿を消していた。
こうして、ひとつずつ、思い出は消されていくのだろう。
誰かが言っていた。
恋した相手を忘れるためには、その三倍の歳月が必要になる、と。
きっと、こういうことなのだろう。
生きている間、時代の変化を理由に、思い入れのある場所からひとつひとつ思い出が消えていき、情景と重なり合って胸をときめかせた想いが風化していく。そして新しい思い出を、人々は紡ぎあげる。
その間に、過去の甘くも苦い想いは、深い場所に仕舞われ、そしていつしか忘れ去られていくのである。
「…………」
華月の中には、まだ皇司への想いが残っている。
あの桜並木は、皇司と最後に会った場所でもあり、帝一が皇司と離別した場所でもある。あの日以来、帝一は皇司を完全に見限ってしまった。
甘い思い出と苦い思い出が入り混じり、何とも言えない感情に胸が押しつぶされる。だがこれもいずれ、消えてしまうのだろう。
「――帝ちゃん、早く帰ってこないかな」
再び目を閉じ、朝、玄関の外へと消えていった背中を思い起こす。
三年の歳月で、皇司がいないことより、帝一がいないことの方が違和感を覚えるようになった。
きっと、記憶や感覚が上書きされてしまったのだろう。
そしていつか、心の中まで、書き換えられてしまうのだ。
きっと、その時は近い。
「ただいま」
仕事を終わらせて帰ってきた帝一は、部屋の中に明かりがないことに顔を青くした。
まさか、とリビングへと駆けつける。
「……よかった」
月明りに照らされ、ソファでぐっすりと眠っている華月の姿に心から安堵の息を零す。
「まったく、風邪ひくぞ」
起こそうかと迷ったが、あまりにも気持ちよさそうなので、タオルケットを掛けるだけに留まり、そっとしておくことにする。
それにしても、とアイランドキッチンの明かりだけをつけてしみじみ思う。
月の光に照らされて眠る華月は、とてもキレイだ。幼馴染という贔屓目を抜きにしても、彼はその名の通り、まるで月明りに照らされる一輪の花のように儚い印象がある。目を離したら溶けて消えてしまいそうで、造形が整いすぎているせいかその儚ささえ神秘的だ。
「…………」
そっと、華月の元へと歩み寄る。彼が眠るソファの前で膝を折り、透き通るような白い肌に触れてみた。
キメの細かい肌に、ほんのりと紅い頬。目元にかかる髪はダークブラウンのはずなのに光に当たると淡い色へと変わる。控えめな唇は薄っすらとピンクがかっており艶やかで、とても扇情的だった。
引き寄せられるように、薄い唇に自分のそれを重ねる。
初めて下心を持って触れてみたものの、帝一はすぐに身を離すと眠り続ける華月から距離を取った。
「――何やってんだ、俺は」
ぐしゃりと前髪を掻きあげ、再びキッチンへと戻る。余計なことを考えないようにとリビングに背を向けて、料理を始めた帝一は気づいていなかった。
その時、華月が目を覚ましていたことに。
初めて、帝一にキスをされた。
触れるだけの子どもじみたものだったが、今まで彼が手を出してくることはなかった。
このまま、氷見家に拘束されてどこかに輿入れさせられるくらいであれば、帝一と番になって一生を共にすることを選ぶと決めている。
ふたりで何度も話し合い、万が一のとき、体を重ねることを了承している。これはお互いが望んで選択したことだ。
一緒に暮らして三年。
少なからず、肌を重ねても違和感や嫌悪感を抱かないほど身近な関係になっている。
共依存に近いそれかもしれない。
離れるなんて、もうできない。
それでも未だに番になっていないのは、少なからず華月に迷いがあったからだ。
まだ、華月は皇司との甘いあの日々を忘れられない。お互いを求め合った熱い感情が、チリチリとくすぶっている。皇司に一目でも会ってしまえば、それは大きな焔となって華月の心をまた燃えあがらせることだろう。
想ったところで無駄であることはわかっているが、一筋の希望をまだ捨てられていない。もしかしたら、皇司が華月を思い出すかもしれない、という小さな希望を。
「どうした? 飯、まずかったか?」
ぼんやりと考え事をしていた華月はハッと顔を上げ、向かい側で茶碗を持つ帝一に笑顔を向けた。
「ううん。すっごくおいしいよ」
「でも、箸、進んでないみたいだけど」
「ごめんね、考え事してた。大学どうしようかなぁ……とか」
すると帝一は茶碗と箸を置き、逡巡するような素振りを見せた。なんだろうか、と華月も箸を置く。
「……お前の親父……氷見のことだから、ここにいることも調べられてる頃だろ。あの人たちは……お前にこれを言うのは酷だが、手段を選ばない人たちだ」
「うん……。そうだね」
「前にも言ったよな。俺の番になるか、って」
「覚えてるよ。そのときがきたら、僕は帝ちゃんの番になる」
「それが――今かもしれない」
「…………」
「お前の気持ちを無視して番になろうと思ってるわけじゃない。だが、もしも華月の決心があと数日で付くようなら、俺は一度、皇司に会ってくるつもりだ」
「……皇ちゃん……に?」
静かに帝一は頷いた。
「その首輪の鍵、まだあいつが持っているかもしれないからな。それを確かめに行く」
「どうしてそんなことするの!? こんなの、鍵がなくても壊せるでしょ」
それに、と華月は立ち上がり帝一へ詰め寄った。
「もしも帝ちゃんまでいなくなったら、僕……!」
「それはないから安心しろ。如月は俺じゃなく、皇司にあの家を継がせる気だ。今更、俺に用はないだろう」
「でも、帝ちゃんにも帰ってこいって、そう言ってるんでしょ!?」
「単に、世間体の問題だ。色んな業界の人間も婚約発表には出席するみたいだからな。不肖の兄だろうが、弟の婚約発表くらい顔を出さないと体が悪いんだろ」
だが、それだけではあの日の夜のことに説明が付けられない。帝一はスマートフォンを壊してしまうくらい、連絡が来たあの深夜の日に激高していた。弟が婚約するのだから顔を出せ、というだけで、彼があれほどまでに怒るだろうか。
そう訴えると、帝一はまた何かを考えこんでしまう。
「ねぇ帝ちゃん。如月は何て言ったの? 僕も連れてこいって、そう言ったんでしょ?」
「…………」
「お願い、ねぇ、教えて? これから僕たちが番になるなら、隠し事はしないで」
祈るような思いで彼の言葉を待つ。
どれくらい経っただろうか。帝一が大仰な溜息を吐き、ようやく口を開いた。
「俺の両親は、華月と皇司とのことを知らない。――だから言えたんだろうな」
「…………」
「あの電話は、母さんからだった」
彼の母親はこう言ったらしい。『由緒正しい如月の家にとって華月くんであれば家柄も人柄も申し分ないわ。もう番っているのでしょう? いつまで何の意地を張ってるかは知らないけど、あなたの番のお披露目にも丁度いいから二人で戻っていらっしゃい。もしそうじゃないなら、いい加減、氷見へ返したらどう?』と。
その言葉に、帝一の中で何かがプツリと切れてしまったのだという。
「華月がどんなに苦しんだか、あの人が知らないのは当然だってわかってはいたんだ。でも、俺とお前が、番になるために出て行ったと思われていたことが、腹立たしかった……」
「…………そっか」
肩を震わせて、涙を流すでもなく呻く帝一を前に、華月はそっと手を伸ばす。
彼の苛立ちの根本はわかっている。
如月の両親は、帝一に悠という魂の番がいたことを知らない。そして、華月と皇司と恋仲であったことも。ゆえに、母親が無神経にも帝一と華月が番になるために家を出たと勘違いしていたことや、華月の想い人である皇司の婚約発表に顔を見せるよう無神経なことを言ったことに、やり場のない怒りを覚えたのだろう。
けれど何も教えなかった人に『何も知らないくせに』と言うことはナンセンスだ。彼の母親ばかりを責められない。
あの日の彼の怒りは、そう周囲に思わせるよう仕向けておきながら怒りを覚えてしまった、自分自身に対してだったのだ。
「――帝ちゃん」
椅子から立ち上がり、彼の傍らに立った華月は頭を抱きしめるようにして、震える帝一を包み込む。
「ありがとう。話してくれて」
「…………お前に慰められるなんてな」
「たまにはいいでしょ……?」
すると帝一は急に立ち上がると、華月を横抱きにして歩き出した。
「…………」
向かう先は彼の寝室。
華月を横抱きにしたまま部屋のドアを開けると、月明りが差し込むベッドの上に横たえられる。
ギシッ、と二人分の体重を受け止めたベッドが軋みを上げた。逆光になって帝一の顔は見えなかったけれど、華月は両手を広げて彼の体重を受け止める。
物言わず求められ、華月は彼の好きなようにさせた。
ただ、どうしてだろうか。
帝一の背後に見える月明りが、どうしようもなく滲んで見えた。
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