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災いをあなたに
インスピレーション
しおりを挟むしかし、大切なものを知るといっても何をすればよいのか、メリスはまずそこから考えることにした。
好意を持っている相手ということなら妻のメリーと娘のメリスだろうが、メリスとしてはそれらはメインディッシュのようなものであり、先に手をつけるつもりはない。
「グレイスの両親っているのかしら……いえ、いるとしても王国にはいないでしょうね」
そう、グレイスはそもそもの話帝国出身の人間だ。
大切な人、例えば家族や幼馴染などは帝国にいるだろうし、探し出すにしても7歳の少女ではその手段もない。
その時、メリスは気づいてしまった。
いくら継ぐ者が他にいないからと言って、長らく敵対している帝国出身であるグレイスをそうすんなりと公爵にするだろうか、と。
思えば、前世で人間不信になってからと言うものの、まともに関わった人間はグレイスくらいなものだった。
つまり彼が帝国出身であるということを知っているのは自分だけだった可能性、他の人間には嘘をついていた可能性もある。
「グレイスは、公爵の地位を得て結局何がしたかったの? 王国での安定した生活を望んでいたなら、それこそ私を傀儡するだけで事足りるはず。何かグレイスには他の目的が……?」
この考えが正しいかどうか、確かめてみる価値はある。
そうして、メリスは動き始めた。
「おー素晴らしいですねお嬢様、またまた正解です! 最近は書庫にも出向いているそうですし、このウォーリンはとても感激を……お嬢様?」
「……え? あっ、聞いてますよ聞いてます。それに、これが解けたのは先生のおかげですよ!」
あれから一週間が経ち、メリスとしての生活にも慣れ始めてきた。
長らく共に生活してきた人間には少し不信がられたこともあったが、多感な時期であることを考慮されたのか特に問題はなかった。特にグレイスは公爵の仕事で家を空けることが多かったことが幸いだった。
そしてこのウォーリンという、中年で少し太った、しかしそれでいて清潔感のある容姿と、つぶらな目をしたこの家でずっとメリスの家庭教師をしている男性は、メリスの様子が変わったことを訝しむどころか、落ち着きが少し出て成長したと己のことのように喜んでくれたおかげか、他の召使いや家庭教師もメリスに大した不信感を持たなかったのが良いことであった。
(……やっぱり、グレイスは出身を偽ってたわね)
このことは、家庭教師との勉強の休憩時間などにそれとなく聞いたらすぐわかったことだ。
やはりグレイスにとって帝国出身であることは不利な要素であるようだが、これをただ暴露したところで大した意味は、それこそ決定的なダメージにはならないはず。
(出身を偽ってまで手に入れたかった公爵の地位、それを奪うこと自体が一つの復讐として成り立つけれど……そのためには材料がまだ足りない)
それに暴露したとしても、証拠がなければ意味はないし、第一それをメリスが声高に言うことはできない。
誰かに情報を伝えて拡散することはできても、証拠がなければ所詮ゴシップくらいにしかならないだろう。
例え真偽がわからない噂であろうがその発言自体に意味があるような人物が言ったならまだしも、そんな人物との関わりなんてメリスにはない。
「そういえばお嬢様。近頃、といっても数週間後ですが、とある高名な貴族様がパーティー催すと聞きましてね、お嬢様も呼ばれる可能性は大いにあります。そこでなのですが、明日からダンスのレッスンを取り入れようと思うのです。無論、私とは別の教師が来ますが」
「そうですか、楽しみにしていますね!」
ダンスは前世での経験があるから大丈夫だろうとメリスは思うと、出された問題を解きながら、一体どうやってグレイスを貶めようかと考えていった。
********************
とある屋敷に、光を一切遮断し、他人を近寄らせず、澱んだ空気の漂う部屋があった。
そして何より異質で目を引くのが、壁や床、天井などに飛んだ絵の具だ。
様々な色のそれらは混ざり合い、闇を思わせる真っ黒な色へと変色し、部屋を包む悪臭の元となっていた。
そしてそんな部屋の中央では、暗い赤髪の一人の女性がその手に筆を持ち、涙を流して呻くようにとある人物の名を呼びながら紙に絵を描く。
「あぁ……アリス……アリスぅ……」
その青眼に浮かぶのは、紛れもない狂気の色だった。
現実を受け止めることができず、過去の記憶を頼りに二度と会うことのできない偶像を、10年もの間壊れたように描き続ける狂人であった。
「……?」
突然、彼女がその手を止める。
その視線の先にあるのは、一枚の写真であった。
知らぬ間に召使いが置いていったのだろうかと彼女は考えると、その写真を手に取り、しっかりとその目で見た。
「ーーアリ、ス?」
写真に写っていたその少女のアメジストのような瞳は、ただの別人であるというのに、大切な友人のことを不思議と思い出させた。
それなのに、彼女は胸の奥に熱い何かが過ぎていくのをこの少女に感じていた。
理屈も無ければ言語化できるようなものでもない、けれど何故かこの少女に会わなければいけない、そう思ってしまった。
急いで写真の裏を見て差出人を確認すると、そこ書いてあったのはーー
「ダイヤモンド、公爵家ですって」
家紋は押されていないため、本当かどうかはわからない。
それにあの家の今の当主は、アリスを殺した張本人……何度殺そうかと思い、虚しさ故に断念した相手だ。
「いえ、黒髪なんて珍しい色、あの男以外見たことがない……娘が生まれたという話だけは随分と前に聞いていたけれど、一体誰が何のためにこの写真を……?」
浮かび上がる疑問と、この少女に会いたいという、新鮮で熱い気持ちが彼女の中で渦巻き、インスピレーションが沸き始めた。
「そう、ね。久しぶりに、パーティーでも開いてみましょうか……」
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