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今際の際

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[現在 死後の世界]
 霧の中を抜けると、砂漠のど真ん中に出た。すぐ横にコンビニエンスストアがある。俺は急いでコンビニエンスストアに入ると、みんなのもとに走った。そして、俺は何が起きたか説明した。

「だから気をつけてって言ったのに! 現世で自分の過去のことを調べるとまた目をつけられますよ?」
 と、マックス。俺が外に一人で行くと言った時に、彼はこれを心配していたのだ。くそっ! こんなことなら護衛をつけてもらえばよかったな。
 俺は、なぜこの基地が現世につながっているか聞こうとしてやめた。ここでそんなこと聞く必要はない。過去の経験から学べ。俺ならわかる。推測できる。
 ここでもし俺が、『なぜこの基地の出口は現世につながっている?』と部下に聞くだろ。そしたら部下はこう答えるはずだ、『え? あなたがそう指示したんですよ? お忘れですか?』とな。もう同じ失敗は繰り返さない。俺なら推測することができる。
 この基地は俺が作った。この基地の出口が現世につながっているんじゃないんだ。現世へ行き来できる場所を見つけてそこを基地にしたんだ。いかにも俺のやりそうなことだな。
 そして、俺は何度も現世に行っているはずだ。
「なあ。マックス、俺が現世に行ったのはこれで何回目くらいだったか覚えているか?」
 と、俺はマックスに聞いた。頼む知っていてくれ!
「さあ。かれこれ十回くらいじゃないですか?」
 と、マックス。やっぱりな。俺は何度も現世に行っていたんだ。しかし、なんの目的で? マックスの台詞から自分のことを調べていたんだろうけど、詳しいことはわからないな。
「ユウちゃん! あなたはいつも無茶ばかりして! お姉ちゃんはもう知りませんからね!」
 と、リサが言った。まるで弟をあやす姉のような口調だった。
「ああ。ごめん。もうしないって誓うよ」
 と、俺が言った。もちろん嘘だ。
「ユウ! 父さんも心配したんだぞ! でもお前が無事に帰ってきてよかった」
 と、リサ。今度は子供に対する父親のような口調だ。
「ああ。ありがとう」
 と、俺はいった。リサの病気がなんなのかこれでわかった気がする。
 リサの病気はおそらく多重人格。虐待などの強いストレスを受けることによって、新しい人格が自分の中に生まれる病気だ。きっと生前に辛い思いをしたのだろう。
「ユウ兄! いなくなっちゃやだよ!」
「ああ。もういなくならない。ずっと一緒だ」
 俺はリサと目を合わせずに、ぼそりと呟いた。

 俺は部屋に戻ると、久しぶりの自分ベッドに包まれて睡魔に身を委ねた。

[アンチレジスタンス基地 リサ視点]
 私は久しぶりに帰ってきたユウの部屋を訪ねた。扉の前で数分立ち尽くしていた。扉をノックする勇気が私にはない。もし、またユウが消えていたらどうしよう。彼だけが私の病気を煙たがらなかった。彼だけが私を嫌わないでいてくれた。私は彼のことをまるで家族のように感じている。だけど私の病気はそれを許さない。私の家族は別にいる。ユウは私の人生とは関係のない人間だ。
 その時だった。頭にアレがきた。脳が震える。灰白質が消えて頭が真っ白になったようだ。意識が無意識の濁流に飲み込まれていく。もう何もかもがわからなくなった。私は一体誰だったっけ? 自分で自分が思い出せない。私は必死で自分が誰だったのか思い出そうとした。

 トントン。誰かが私の肩を叩く。
 トントン。誰かが私の体を起こそうとする。
 トントン。誰かが私の無意識を切り裂いた。
「おい? リサ?」
 私は声の方を見た。そこにはマックスがいた。
「また一人でブツブツ言っていたぞ。大丈夫か?」
 と、心配そうなマックス。
「またか。大丈夫よ。心配かけてごめんね」
 と、申し訳なさそうに誤った。
「ならいいんだ。俺はお前のことを家族のように思っている。無理しないでくれ」
 と、マックスが言った。
「ええ。大丈夫よ」
 私は、マックスがいなくなると勇気を出して、ユウの部屋をノックした。

 だが返事はなかった。代わりに静寂という返事が帰ってきた。
 もしかしてまたいなくなったのか? 一抹の不安が私の胸に灯った。私はゆっくりとドアを開けた。悪いとは思ったが、彼が心配なのだ。
「なんだ。寝ていたのね」
 私は独り言を呟いた。その時、彼のベッド脇にある一枚の写真に気がついた。その写真には少年とその母親らしき人物が写っていた。
「え? 嘘! これって! この人って! なんでこの人がここにいるの?」
 私は、不安を押し殺して部屋を後にした。

[翌朝 ユウ視点]
 唸るような轟音と悲鳴で、俺は目を覚ました。建物が壊されて人がどんどん死んでいくのを感じた。この世界に平穏な日常なんてどこにもないんだ。あるのは殺し合いと苦痛だけだ。
 その時、勢いよくドアが開いた。
「何してる? 早く起きろ! レジスタンスの襲撃だ」
 と、マックス。
 俺はベッドから飛び起きると、戦場へと駆けた。

 建物から出ると、そこには現世ではなく死後の世界が広がっていた。きっとコンビニエンスストアと遊園地を破壊されて建物にかけた特殊能力が維持できなくなったのだろう。
 俺は砂漠へと飛び出した。そこは血で濡れていない場所なんてないくらい真っ赤に染まった赤い砂原になっていた。
 ほむらが俺の方に駆け寄ってくる。
「ユウ? どうするの? 私たちアンチレジスタンスに加入したふりをしていたのよね? レジスタンスの人数は十二に対して、アンチレジスタンスの人数は二十三人。現状はアンチレジスタンスの方が有利よ。どっちにつく?」
 と、ほむら。その時俺の中に些細な違和感があった。だが俺はその違和感を無視した。
「俺に考えがあるんだ。信じてくれるか?」
 俺は、ほむらの目をまっすぐ見つめて聞いた。
「もちろんよ」
 と、ほむら。
「ならアンチレジスタンスを勝たせる。レジスタンスのメンバーは皆殺しだ」
 そして、血で血を洗う戦いが始まった。

 ほむらは【名無しの代償ノーネーム】を使って、次々と武器を召喚していた。剣、盾、銃、など。ほむらの能力は弱い願いをなんでも叶える。弱点は、審議に時間がかかること。彼女はその弱点を補うために願いを少し柔軟なものにした。
 例えば、『敵を皆殺しにできる最強の銃をくれ』ではなく、『可能な限り強い銃をくれ』と願う。
 そうすれば、審議会の方で勝手に判断してくれる。その場で考えられる最高の火力を手に入れることができるのだ。

 そして、他のメンバーも必死で応戦した。
 リサの能力は【あなただけの家族ファミリーネーム】、自分が考えたオリジナルのモンスターを生み出すことができる。だが、強すぎたら審議会に却下されてしまう。だから、強いモンスターにはその分だけ大きな弱点も設定しなければならない。
 俺とほむらが最初に戦った黒いスライム。あれはリサの能力によって生み出されたモンスターだ。弱点を体内に隠していたからあまり強くなかった。もし、弱点をわかりやすい場所に設置していたら、もっと強かっただろう。
 黒いスライムがリサの能力だと言うことから、この世界に来た場面で何が起きていたかの説明がつく。あの場面ではアンチレジスタンスと戦っていたのだ。今は、アンチレジスタンス側についているが、最初はレジスタンス(キャンディーがいたグループ)側についていた。レジスタンスとアンチレジスタンスの抗争に参加していたのだ。
 さらに言えば、この建物を隠していたコンビニエンスストアと遊園地もリサが生み出したモンスターだ。弱点は火力の低さ。あのコンビニエンスストアにも遊園地にも外敵に抵抗する力だないんだ。だから、乗り物を乗る順番を秘密の暗号にして、周囲に黒コートを配置して対策をとっていたんだ。
 今、リサはグリフィン、ヒドラ、ヤマタノオロチ、ドラゴン、キメラなどの幻獣を召喚している。だがそいつらはただのこけおどし。戦闘能力はほとんどない。敵の攻撃と注意をそれらに向けさせる囮だ。

 マックスの能力は、【償う罪】、あるコストを支払うことにより願いが叶う。たくさんコストを支払えばその分強い願いが叶う。マックスはあまり能力について教えてくれなかった。きっと重いコストがあるのだろう。深くは考えないほうがいい。

 俺は、襲い来るレジスタンスをたくさん殺した。その中には見た顔もあった。みんなが俺に声をかける。『なんで?』、『リーダー?』、『どうして?』、『やめてくれ!』、『俺たち味方じゃないのか?』、『裏切り者めっ!』、『よくも騙したな!』、『殺さないで』、『息をしていない』。あちこちから悲鳴や怒号が飛んでくる。
 そして、戦いが終わった。俺の目論見通り、レジスタンスもアンチレジスタンスも壊滅した。
「十八人死んだわ」
 と、ほむら。
「なんだって?」
「能力で無事な人を確認したのよ。十八人も死んだって」
「誰が生き残っている?」
「私とユウとマックスとロックとレイ、ジャック」
「それだと計算が合わない。ほむらは新メンバーだから本来の構成の人数から除外されるだろ。アンチレジスタンスの構成位の人数は二十二人だぞ? なんで一人多いいんだ?」
「さあ? 数え間違いでしょ?」
 と、ほむら。俺はこの時あまり深くこのことについて考えなかった。これが、後々重要な意味を持つなんて思いもしなかった。
「いや、そんなことよりリサは? なんでリサの名前をあげなかった?」
 ほむらは、返事の代わりに苦い顔をした。
「無事じゃないんだな? どこにいる?」
 ほむらは黙って、基地があった方向を指差した。俺はその方向へ走った。

 基地があった場所は、大きな穴になっていた。原爆でも落とされたかのようだ。空洞の近くにマックスは倒れていた。俺はマックスに駆け寄ると声をかけた。
「おい! マックス! 無事か?」
「ああ。俺は大丈夫だ。だけどあの子が」
 マックスは穴の中心を顎で示した。マックスはリサを家族のように大切に思っている。自分の怪我より、リサの心配をしていた。俺は、マックスの応急措置をすると穴の中に降りていった。砂漠のど真ん中に開いた空洞は、地獄に続いているような気がした。暗くて深い穴が俺のことを待ち構えている。
 リサはすぐに見つかった。彼女の躯体は、形容するのもいたたまれないほど損壊していた。
 俺は今際の際のリサのそばに駆け寄った。抱きかかえて目をじっと見つめる。
「ユウ?」
 と、リサがか細くて、それでいて消え入りそうな声で言った。
「何?」
 俺は、彼女に問いかけた。彼女はもう死ぬ。
「私生前の記憶が戻ったの。私の家族は、父と母と私と小さい弟の四人だった」
 と、リサ。俺は彼女の死に際のセリフを黙って聞く。
「でも子供の病気のせいで父親が虐待をするようになったの」
 と、リサ。彼女の目から光が消えていく。
「辛かったな。もうあんなの思い出したくないのに。辛い思い出が頭の中に流れ込んでくるの」
 と、リサ。光が消えて瞳から大粒の涙がこぼれて地面に溶ける。
「俺がお前の苦痛を吸い取ってやる。【痛みの代償ノーペイン】発動。もう苦しまなくていいよ」
 俺は、リサの額に手を当てて呟いた。彼女の苦痛の記憶が俺の中に流れ込んでくる。それと同時に、彼女の正体に確信を持った。前から予想はしていたけど、俺の予想であっていたようだ。
「リサ? お前はまだ家族を忘れてなんかいない。お前の能力【あなただけの家族ファミリーネーム】がその証拠だ。お前のもつ人格は四人。父と母と弟とお前だ。お前は自分の中に幸せだった頃の家族を築きあげていたんだ。まだ、家族のことを愛している証拠だ」
 と、俺が言った。
「そうだったんだ。私もう死ぬの?」
 と、リサ。
「ああ。もう死ぬ」
 と、俺が言った。
「最後に弟に会いたかったな。勇気に会いたかった」
 と、リサが震える声で言った。
 その時だった。俺の目の前にウインドウが現れた。
『三つ目のヒントが与えられます。これが最後のヒントです』
 と、書かれていた。俺は無視してリサに話しかけた。
「きっと、会えるさ。リサの人格のうち一人俺をユウ兄と呼ぶ子供がいただろ? あれがお前の弟なんだろ? あの子が勇気なんだろ?」
 と、俺がリサに聞いた。俺の目からも涙が熱を持って溢れる。リサは黙って俺の話を聞いている。
『あなたの本当の名前は』
 と、ウインドウに書かれた。俺はその先は読まなかった。読まなくてもよかった。俺はウインドウを無視して最後の真実をリサに語りかけた。
「あの弟は俺だ。俺の本当の名前は勇気だよ。姉さん」
 と、俺が言った。心が熱くなってくる。魂が震えているのを感じる。
「そう。だからあなたの部屋にママと勇気の写真があったのね。あなたが勇気だったのね。最後に会えてよかったわ」
 と、リサ。
「病気なんてなかったら、もっとずっと一緒に入れたのかな?」
 と、俺が姉に語りかける。
「そしたら、一緒に遊園地に行こう。ジェットコースターに、コーヒーカップに、メリーゴーランド。もう能力で遊園地を生み出さなくていいんだ。本物に乗ろう」
 と、俺が言った。次から次へと涙が溢れて、地面に吸い込まれる。
「また家族で一緒に暮らしたかったな。甲斐谷俊介、甲斐谷あかり、甲斐谷勇気と甲斐谷優子の四人家族だ。いつまでも一緒だ」
 と、俺が言った。
「もう偽りの家族なんて作らなくていいよ。ここに姉さんの家族がいる。もうどこにもいかない。ずっと一緒だ」
 と、俺が言った。彼女を抱きかかえる腕が震える。
 その時、ほむらが俺に気づいてこちらに近づいてきた。
 俺の方にそっと手を置いた。
「もう死んでいるわ」
 と、ほむら。彼女の目は悲しげだが、同時に優しかった。
「おかしいな。俺は痛みも恐怖も感じないはずなのに、涙が止まらない。これが痛いってことなのかな? これが普通の人間の感情なのかな? だったら俺は病気でいいや」
 と、俺がほむらに言った。ほむらはそっと俺の頭を撫でてくれた。
「俺にはこんなの耐えられない」
 それから俺とほむらは二人だけで戦場を後にした。

 ブラックジャックのルールは単純だ。最初に配られる二枚のカードと、相手のカードを見て相手の数字より大きい数字を手札に揃える。追加で札を引いてもいい。ただし、この時二十一を超えてはならない。二十一を超えることをバーストという。
 最初の手札が十二の場合、追加で札を引いたら、バーストする確率は三十一パーセント。
 最初の手札が十四の場合、追加で札を引いたら、バーストする確率は四十六パーセント。
 最初の手札が十七の場合、追加で札を引いたら、バーストする確率は六十九パーセント。
 最初の手札が十九の場合、追加で札を引いたら、バーストする確率は八十七パーセント。
 そして、追加で札を引く必要のない最強の二十一が出る確率は、五パーセントだ。

[二年後 新レジスタンス マックス視点]
 ユウとほむらが姿を消してから二年の月日がたった。あの二人はどうしているだろうか。そんなことは知る由もない。
 俺は、壊滅したレジスタンスを再結成させて新たに新レジスタンスを作り上げた。構成人数は少ない。能力も戦力もほとんどない。ただ死にかけの残骸が身を寄せ合っているだけだ。弱い昆虫がお互いに身を寄せ合って冬を過ごすのと同じだ。俺たちは昆虫を同じだ。一人一人の力は弱い。だから協力して困難を乗り越えようとしているんだ、そんなことできるはずがないのに。俺たちが壊滅するのは時間の問題だ。食料も備蓄ももう何もない。そんな時、とどめを刺すかのように敵の襲撃がきた。
「敵の襲撃です。どうします? リーダー?」
 と、新レジスタンスのメンバー。
「迎え撃つ。ここで引いてもどうせ皆殺しにされるだけだ」
 と、俺が言った。たまたまユウが見つけた現世への道は閉ざされた。現世へ逃げることもできない。逃げたところで審議会に捕まって送り返されるだけだがな。
 俺は、武器を取って戦場へと走った。
鼓動が高まり、汗が体を湿らせる。緊張が体を強張らせて、舐め回す。辛い、だがそれがリーダーの務めだ。ユウがリーダーだった時、彼はどんな心情だったのだろうか? 辛い? 怖い? 苦しい? 痛い? それとも楽しい?
 いや、彼は何も感じていなかったはずだ。それが彼の体を蝕む病気なのだから。

 戦場に着くと、そこには黒いフードを被った二人組がいた。砂漠のど真ん中に不釣り合いな格好の二人だと思った。
「おい? たった二人にやられたのか?」
 と、俺がそばにいた兵士に聞いた。
「はい。二人に残りの全員は殺されました」
 と、兵士。その声は震えていた。目は恐怖に見開かれていた。
 あたりは血の雨が降ったようだった。砂漠の乾いた砂は血を吸ってドロドロになっている。わずかな水分に砂がたかっているみたいだ。どの血が誰の流した血なのかもうわからない。だけど、ここに見えている範囲の血液は全て、俺たち新レジスタンスのものだ。それだけは間違いない。
 俺は武器をもう一度握りしめると勇気を振り絞って最後の抵抗のために走った。
 黒いフードを被った片方、小さい方が空に向かって手を掲げた。
「みんな注意しろ! 何か来るぞ!」
 と、俺が叫んだ。
「リーダー? おい! みんなリーダーが来てくれたぞ! もう安心だ!」
 と、前線に立っていた兵士が言った。その兵士の顔に希望の光が灯ったのを感じた。
 そして、次の瞬間その兵士はチビの黒フードが空中に召喚した巨大なクリスタルの剣で一刀両断された。分断された彼の体は、右半身が右に倒れ、左半身が左に倒れた。砂漠の砂の中に死体が埋もれていった。彼の死体の切り口は綺麗だった。中から鮮やかな鮮血が吹き出て、内臓が溢れている。
 俺は目を背けると、黒フードに問いかけた。
「お前たちの目的はなんだ? 俺たちは放っておいてもみんな死ぬ。見逃してくれ!」
 と、俺が言った。もちろんダメ元で聞いた。そんなこと聞き入れてもらえるはずはないのだ。
 黒フードは俺に気がついたのかこちらを見る。
 先ほど、空中に剣を召喚した小さい方が俺の方に右手を向けた。
 何かブツブツをつぶやくと、俺の体はそいつの手に向かって引き寄せられた。見えない力で俺の体は引き寄せられる。
 俺はなんとか足で踏ん張って、回避した。こんなところで死ぬわけにはいかない。俺はこの戦いを見届けなければならない。
「リーダー! 俺たちに指示をしてくれ!」
 と、兵士の一人が俺に聞く。
「リーダー! 俺たちどうすればいいんだ?」
 と、他の兵士が俺のもとに駆け寄ってくる。
「マックスさん。一緒に戦いましょう」
 と、別の兵士も俺のそばに来た。
 俺はこいつらの期待を背負っている。俺はこの戦いを監督する義務がある。俺がこの役割を担うと決めた。
「レイ! お前は能力で盾を召喚してくれ!」
 レイは気のいいやつだ。彼の病気はプロテウス症候群。足が肥大してしまう病気だ。病気のせいで機動力はないが、その代わり能力で盾を作り出し周囲をサポートしてくれる。
「ジャック! お前は能力で相手を撹乱してくれ!」
 ジャックは優しいやつだ。彼の病気は新生児早老症様症候群だ。脂肪を吸収することができない。暴飲暴食しても太ることができず、ガリガリになってしまう。太らないから羨ましがる人もいるが、現実はそんなもんじゃない。ただ太らないんじゃなくて、脂肪を全く吸収できずにいくら食べても必要な栄養を手に入れることができない。病気のせいで打たれ弱いが、機動力がある。そのスピードを生かして俺を何度も助けてくれた。
「ロック! お前は敵の弱点を分析してくれ! 頼りにしているぞ!」
 ロックは真面目なやつだ。彼がいなかったら新レジスタンスは今日この日まで存続できなかったはずだ。彼の病気はハイパーサイメシアだ。彼は忘れることができない。この病気を持つ人間は、世界で数十人しかいない。忘れることができないということは、胸をえぐられるような苦痛が何度でも蘇るということだ。何度も何度も仲間の死を思い出して苦痛が蘇る。忘れるということが人間の生活でどれだけ大事なことか、健常者にはわからない。彼はこの病気を生かして敵の一挙手一堂を暗記してくれる。優れた分析能力で相手の弱点を見破ってくれるのだ。
「みんな! 最後の一秒まで俺たちは諦めない! 病気なんかに負けるわけない!」
 と、俺がみんなを鼓舞した。これでいいんだ。
「絶対に勝つぞ!」
 と、レイ。
「俺たちは何があっても絶対に諦めない!」
 と、ジャック。
「俺たちはマックスさんと共にここまで来たんだ! 病気にも運命なんかに負けない!」
 と、ロック。
 そして俺たちは、数十秒も経たないうちに全滅した。嬲られて、体を分断されて、弄ばれた。ほんの少しの抵抗もすることができずに新レジスタンスは完全に壊滅した。

 俺はレイとジャックとロックの死体のなかに横たわっている。
 トントン。誰かが俺の肩をたたく。
「おい! マックス死んだふりだろ?」
 と、聞き覚えのある声が俺を起こす。俺はゆっくりと目を開けた。そこには先ほどの黒フードがいた。
「お前誰だ?」
 と、俺が聞いた。
 黒フードはゆっくりとフードをとって俺に顔を見せた。
「俺だ。ユウだよ、久しぶりだなマックス」
 新レジスタンスを根絶やしにしたユウは、何事もなかったかのように笑顔を俺に見せた。

[一年前 ユウ視点]
 俺とほむらは当てもなく旅をしていた。姉のリサいや、甲斐谷優子が死んでから何もかもがどうでもよくなった。俺たちはずっと一生懸命頑張ってきた。病気や障害などのハンデがあるにも関わらず死力を尽くした。なのに、その結果がこれか? 俺は最低最悪な気分のまま、ほむらと共に歩き続けた。

 それからさらに数日歩いたあと、俺たちは、海に着いた。
「なんだここ?」
 俺はほむらの方を見るが、彼女も不思議そうな顔をしている。
 俺とほむらの目の前には海が広がっている。だけど普通の海じゃない。海が立方体の形になって砂漠の真ん中にあるのだ。立方体の表面は海でむき出し、囲いも透明な壁も何もない。ただそこに、切り取られた海がある。
「触ってみる」
 俺はそう言って手を伸ばした。
「気をつけて!」
 と、ほむら。
 俺が海に触れると立方体の表面は波打った。触れた部分からごく普通に波紋が広がっていった。
「うん。海が立方体になっているだけみたいだな。なんの変哲も無い普通の海水みたいだ」
 と、俺がいった。普通なら驚くが、ここは死後の世界だ。ちょっとやそっとのことじゃ驚かなくなってきた。
 俺は思い切って顔を海水につけてみた。海水を飲み込もうとしたが、飲み込めない。なぜか普通に呼吸ができるのだ。俺は海水から顔を離した。
 すると、海水の表面に予想もできないような文字が浮き出た。
『おかえり』
 の、四文字が海水に浮かんで、異様な雰囲気を醸し出している。病気のせいで恐怖はないが、不安はある。
「おかえり?」
 俺は、予想もしていなかった文言に戸惑った。不安が俺の胸中をかき回した。だけどその不安はすぐ消えて無くなった。

 しばらく考えた後、俺は口を開いた。
「入ってみよう」
「え? 冗談でしょ? 本当に入るの? 敵か味方かわからないし入らない方がいいんじゃないの?」
 と、ほむら。
「いや、敵じゃない。ここは俺が作った組織の基地のはずだ」
 と、俺が言った。そして俺とほむらは立方体の海水の中に歩いて入っていった。

 海水の中は暖かくも寒くもない。ちょうどいい塩梅の水が俺とほむらの矮躯を包む。水の中では普通に呼吸ができるが、海水を飲むことはできない。俺の考えが正しければ、ここは罠の中だ。ただし、俺にだけは罠を使ってこないはずだ。
 俺たちは数百メートルほど歩いた。
「私、海の中を歩くのって初めて」
「ああ、俺もだ。というか普通に会話もできるみたいだな」
「ねえ。あれ見て!」
 と、ほむらが岩陰を指差した。
 そこには、色とりどりの果物がなっていた。海中に地上と同じように果物が実っているのだ。バナナ、リンゴ、キュウイ、パイナップル、みかん、オレンジが同じ一つの木に実っている。
 そして、岩陰から今度は動物が姿を現した。
「え? これって生きた豚?」
 と、ほむらが驚く。なんと、生きた豚がいたのだ。豚は俺たちの横を素通りしてフルーツをむしゃむしゃと食べ始めた。豚ってフルーツを食べるのか? 豚の生態になんか詳しくないけど疑問に思った。
「俺たちに害はなさそうだな。それにしても気味の悪いところだな」
 と、俺が苦い顔で呟いた。
「私は、初めてみるものだらけで楽しいけどね!」
 と、ほむら。楽しそうで何よりだが、もう少し危機感を持って欲しい。
 それから俺たちは、すっかり緊張も解けて、他愛も無い話をしながら歩いた。
「ほむらは生き返ったら何がしたいの?」
 と、俺は彼女に聞いた。そういえばこう言った話は今までしてこなかった。生きるか死ぬかの殺し合いばかりで、普通の会話なんてする暇がなかったのだ。
「私はね! 公園を散歩してみたい!」
 と、ほむら。
「そんなんでいいのか?」
 と、俺が聞いた。
「うん! だって一回も公園に行ったことがないもの」
 と、ほむら。公園に一回も行ったことがない? なんでだ? 公園くらい普通行ったことがあるだろう? もしかしたら、生前は重い病気で行けなかったのかもな。俺はそっとしておくことにした。
「そうか、行けるといいな」
「何行っているのよ? ユウも来るのよ?」
「え? 俺も? 転生してもまた会える保証なんてないよ? それに、公園なんていつでも行けるし」
 と、俺は不満を言った。
「ならユウはどこに行きたいのよ?」
「俺は、遊園地がいいな」
 と言った。俺はリサのことを思い出した。結局遊園地には行けずに終わってしまった。リサ、 俺の妹。一度くらい一緒に遊びたかったな。もう一度人生をやり直せたらいいのにな。
「なら遊園地も一緒に行きましょう」
 と、ほむら。
「ああ。行けるといいな」
 俺はリサのことを思い出しながら答えた。もうリサと会うことはない。思い出しても何のメリットもないんだ。今はこれから先のことを考えよう。リサのことはもう忘れよう。彼女は死んだんだ。

 そして俺たちは海の中に不自然にそびえ立つ建物についた。建物には『海中ギルド 人魚の青い血』と書かれていた。これがこの組織の名前か。
 俺はドアをゆっくりと開けた。罠は絶対にない確信があるが、一応警戒する。こんな時恐怖という感情がなくて本当に良かったと思う。普通の人なら前に一歩も進めないだろう。
 中は暗い廊下がどこまでも続いていた。まるで地獄の入り口に通じる洞穴のようだ。ここを通ると、もう元の世界の戻れないような気がした。だけど、俺には恐怖がない。俺は暗い廊下を暗闇に向かって突き進んだ。

 突き当たりまで来ると大きな扉があった。奥から人の声がする。俺の考えが正しければここにいるのは俺の敵ではないはずだ。
 俺は扉を勢いよく開けた。部屋の中には円卓があり、その周囲をこの組織の幹部らしき人たちが取り囲んで座っている。俺は迷わずに一番奥の席に座った。
「「「おかえりなさいませ! ギルドリーダー様!」」」
 周囲の人間が一斉に俺にそう言った。間違いないこの組織のリーダーもこの俺だ。そして、この組織もどこかのグループと対立しているはずだ。
「待たせたな。みんなご苦労。そこにいる連れはほむら。この組織の新たな仲間だ」
 俺はそう言った。もちろんこの組織に在籍していた記憶なんてない。だけど、周囲の反応がそれを指し示している。俺が間違いなくこのギルド『人魚の青い血』を作り、食料が豊富で攻めにくい海中にこの建物を作った張本人だ。罠も設置しているだろうが、味方に罠を打つ間抜けはいない。

 そして、部屋の隅からメイドのような人が姿を現した。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
 と、その人物が言った。どこかで聞いたことのある声だった。
「お前はリサ?」
 俺は死んだはずの実の姉に再開した。

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