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助けの手

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痛みの感覚が消えた。体のどこを探してもその感覚がないのだ。消えてしまった痛みの代わりに痺れのような感覚だけが筋肉に巣食っている。医学の知識なんてないが、絶対になんらかの兆候だ。筋繊維がちぎれる前か、腕がもぎとれるのか、それとも心臓が止まってしまうのか。
「うおおおおおおおおおお!」
激しい音を喉から絞り出す。大声は不安をかき消す。俺の脳から灰色のネガティブが影を消した。
そして百人を全員倒した。だが、“さらに新たな二百人の差別主義者たち”との戦闘が始まった。
その全員がパワーワード使いだ。手に手に摩訶不思議な武器を持っている。顔には不気味な笑みが浮いている。

これこそが数の力。俺は身を以て“差別される側の痛み”を知った。

俺は完全に一方的にボコボコにされた。

最後の力を振り絞る。絞り尽くした雑巾をさらに力を込めて握りしめる。だがもう水なんてどこにもなかった。ただの抜け殻のようになっていた。
「どうして……ここまでする?」
差別主義者のうちの一人が、
「俺たちが差別するのは、差別されるのが怖いからなんだなーこれが」
「虐められるのが……怖いから虐めるやつと同じ原理だな」
と、俺。
「そ! 少数派になったら今のアンさんのような状況になるだろ?」
「私たちはそうなるのが嫌なのよん!」
「そそそそそ!」
「少数派は別に悪いことをしていない。そんなこと俺たちもわかっているんだなーこれが」
「少数派は悪くない」
俺は、
「じゃあ……一体何が悪いって言いたいんだ?」

「他人と決して理解し合えることがない……この腐った世の中だよ」

俺は立ち上がろうとする。だが、足は動かない。
「人間が他人の意見を尊重し会える生き物なら、こんなことは起きないんだな」
筋肉がぴくりとも動かない。差別主義者どもがわらわらと俺の周りに寄ってくる。
「ほんの少し優しくできれば、争いなんて生まれない」
俺は諦めたくない。だけど体は動かない。

「俺たち差別主義者はかつて差別されていたんだ」
差別主義者の一人が虚な瞳で言い放った。
俺はそいつに向かって――
「なら。差別される奴らの気持ちをどうしてわかってやれない?」
「よくわかるよ。わかるから差別するんだ」
こいつらは過去でなんらかの差別を受けたんだ。その時の恐怖が体に染み込んでいるんだ。もう差別されたくないんだ。だから差別するんだ。
「さあ! トドメなんだなーこれが!」
差別主義者たちは手にした凶器を空に掲げる。

俺はアリシアでもゴリアテでもない人物を頭に描いた。
パワーワードの予知で見た“あの未来(ココがケンを助ける)”は、今この瞬間のはずだ!
かないっこない約束を脳裏に鮮明に浮かべた。
【ココが負けそうになったときは、俺が助けにいく。だから俺が負けそうになったときはココが俺のことを助けてくれ】

「頼む! お前しかいない! 助けてくれ! ココ!」

頭の中に誰よりも優しいココの笑顔を思い浮かべた。ココは努力家で、真面目で、責任感が強くて誰よりも優しいやつだ。いくら練習しても花の力を使えなかった。だけど今なら使えるはずだ! 今、この瞬間がその時だ!

そして――

「花よ! 食い尽くせ!」
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