裏切られ、全てを奪われた聖女は国を滅ぼすことにした

桃瀬さら

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「どういうこと……?」

 嘘だと言って。
 そんな願いにも似た言葉が、震える声となって漏れる。

 ラファエロ皇子は、まるで何でもないことのように言った。

 
「ハルは元の世界に戻れない」

 
 皇子と二人で庭園の東家でお茶をしていた私は、ティーカップを落としそうになる。

 動揺を隠せないでいると。太陽に反射して輝く金髪に、皇族だけに受け継がれる宝石のような金眼を瞬かせて、皇子は不思議そうに見ている。

 私の思いを知らない皇子は、無情にも私を絶望へと突き落とした。
 
 
「何か悪いことでもあったか?」

 
 聖女として召喚された私は、元の世界に戻るため、帝国に繁栄をもたらすために頑張っていた。

 聖女の役目は祈り、祝福すること。
 私の日々は聖女としての勉強、祈り、祝福に追われていた。

 沢山の貴族への祝福に疲れた私は、貴族への祝福の数を減らして欲しいと皇子にお願いした。

 そんな私に、皇子は「ハルはこの世界で生きていくしかない。だから、貴族と良い関係を築くためにも、頑張ってくれないと困る」と言った。

 私が頑張っていたのは元の世界に戻るためであって、この世界で生きていくためじゃない。

 それなのに、元の世界に戻ることは出来ない……??

 言葉の意味を理解するのを私の脳は拒否するように、頭にモヤがかかる。
 
 私がどんな気持ちで、今まで頑張ってきたと思っているの?

 私を欲望に溢れた目で舐め回すように見る貴族たちに、どうして心から祝福などできるの?
 本当は、孤児や貧しい人たちに、祝福を与えたかった。
 
 けれど、お願いという名の命令通りに、私は貴族に祝福を与え続けてきた。

 全て、元の世界に戻るため。

 その一心でここまでやってきた、それなのに……。
 全てが無駄だった――。
 元の世界に戻るためだと思っていた行為が、何の意味もなくなってしまった。


「僕と一緒に暮らそう」
 

 呆然と机を見つめていると、立ち上がった皇子は私に手を伸ばした。

 その手が近づいてくるのを見て、私の手は反射的に動く。
 

 パシンッ

 乾いた音が庭園に響く。
 私は皇子の手を叩き落としていた。


「黙れ!!汚い手で私に触ろうとするな!!!」

 
 今まで溜まっていたものが、言葉となって吐き出される。
 
 私の怒鳴り声に驚いた顔をする皇子の瞳には、怒りで震える私が映っていた。

 争いを好まず、出来るだけ物事を穏便に済ませてきた。そんな私が、声を荒げて誰かに怒りをぶつけるのは、はじめてのことだった。


「どうしたんだ?落ち着いてくれ」


 戸惑い落ち着かせようとする皇子に、もう……、全てがどうでも良くなった。

 私が知らないと思って口説いてくる皇子も、私を利用しようする大人達も――。

 
「私が何も知らないと思っているの?」
「――何のことを言っているんだ?」
「分からないなら教えてあげる。あなたと元婚約者の関係が、今も続いているのを私が知らないとでも?」


 その瞬間、皇子の金色の瞳が揺れた。
 表情が引きつり、口が開いたまま、言葉がこぼれ落ちることなく止まる。
 隠し事が見つかった子供のように、動揺を隠しきれず立ち尽くしていた。

 私がこの世界に召喚された時。皇子には婚約者がいたにも関わらず、皇帝や周りの大人達は私と皇子が結婚するように勧めた。

 もちろん、私はそれを拒んだ。他の女性と関係がある人と、婚約したり結婚するなんて、私には無理だ。

 私の言葉に、皇子は婚約破棄したから大丈夫だと言った。けれど、元婚約者と皇子が抱き合って、キスしているのを一度ではなく、何度も見た。

 元婚約者との関係が、今も続いているのを知っているとは思わなかったのか、皇子は目に見えて狼狽えだす。

 ハッと吐き出すように笑うと、皇子はビクッと身体を震わせた。

 この日から、私は聖女としての役目を放棄した。
 
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