数百年ぶりに目覚めた魔術師は年下ワンコ騎士の愛から逃れられない

桃瀬さら

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 翌朝、森の中にある家は静かだった。  
 窓から差し込む朝陽が、木の床に淡い影を描く。

 イシスは台所で、鍋をかき回していた。  
 シリウスが好きだという、野菜たっぷりのスープ。
 数百年ぶりに作る料理は、案外手応えがあった。

 ――家族ができるまで、離れない。

 昨日の自分の言葉が、頭の中で反響する。  
 義務、と言った。  
 でも、鍋の湯気を見ながら、ふと思う。

 これは義務なのか?
 暖かい家に温かい食事。誰かと食事をするのは何百年ぶりだ?
 そんなことを考えていると、背後からぎゅっと腕が回される。

「……朝から、抱きつくな」  
 
 イシスは苦笑いしながら、鍋の火を弱める。
 シリウスは無言で、首筋に顔を埋めた。  
 
 大きな身体が、子犬のように震えている。

「どうした?」  
「……夢を見た」  
「夢?」  
「イシスが、消える夢」

 シリウスの声は掠れていた。  
 騎士のくせに、夢だけで泣きそうに震えている。

 イシスは鍋を火から下ろし、振り返る。  
 シリウスの朝陽に照らされる黒色の髪を、そっと撫でた。

「夢は夢だ。僕はここにいる」  
「……約束、したよね」  
「ああ。君の幸せを見届けるまで、離れない」

 シリウスは俯いたまま、小さく呟いた。

「……僕の幸せって、イシスと一緒にいること、かもしれない」  
 
 イシスは一瞬、言葉を失う。
 ――それじゃ、永遠に終わらない。
 義務は、果たせなくなる。  

「僕と一緒にいるだけが、幸せなわけないだろう」
 
 イシスの言葉に、シリウスは首に擦り付ける。

「幸せって何ですか?家族って何ですか?ずっと一人だったから……僕にはそれが分かりません」

 シリウスの言葉が、静かな部屋に重く響いた。

 イシスは、鍋の蓋をそっと閉める。
 スープの香りが立ち上り、朝の空気を温める。

 ――家族。  
 ――幸せ。

 数百年を生きた魔術師にとって、それは遠い記憶の欠片でしかなかった。

 かつての時代、魔法使いは群れなかった。  
 師弟はいた。その間に契約はあった。  
 だが"家族"など、誰も口にしなかった。

 シリウスは違う。  
 幼くして両親を失い、騎士団に拾われた。  
 剣を手に生きてきた。  
 誰かを「家族」と呼んだことは、きっと一度もない。

 イシスはシリウスの肩に手を置き、静かに言った。

「……僕にも、よくわからない」  
 
 シリウスが顔を上げる。  
 
「でも、こうして一緒にいること。朝、鍋をかき回しながら君の寝顔を見て、美味しく食べてくれるだろうかと、想像すると胸があたたかくなる。――それが、幸せの欠片かもしれない」

 シリウスは瞬きを繰り返す。  
 頬が、ほんのり赤くなる。

「……寝顔、見てたんですか?」  
「見ないようにしてたつもりだったが、失敗したらしい」

 二人は小さく笑った。 
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