嫌われ公女に転生したけど、愛されたい願望を捨てたら全員がデレてきた

桃瀬さら

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5.冷たい視線

 ナディアは腕を引いた。
 けれど、彼の指はまるで鉄のように固く締め付けて離れない。

 彼女は乾いた笑い声をもらす。

 いつもそう。
 高圧的な口調に、冷たい視線。
 ルペルトのその態度は、昔のナディアを萎縮させるには十分だった。

「放してください」

 声は低く、鋭い。  
 今まで抑えていた感情が瞳に宿り、氷の刃のようにルペルトに突き刺さる。
 彼の灰色の瞳がわずかに揺れた。
 いつも崩れることのない冷たい表情に、初めてひびが入る。

「……お前は、俺の妹だ」
「妹?」

 ルペルトから発せられた言葉に、ナディアはあざけるように唇の端を歪めた。

「私を無視していたくせに?嫌がらせを受けていても、見て見ぬふり。まるで、私が悪いみたいな目で、私を見下ろしていたくせに」

 一言一言が、針のような鋭さをもってルペルトの胸を刺す。

「それで、妹だと本当に言えるのですか?」

 助けを求めた手。
 それを拒絶したのは間違いなく、目の前にいるルペルトだ。
 妹だと言うのなら、なぜ手を取ってくれなかったの?

 彼女のアメジストの瞳に、わずかに悲しみが浮かぶ。
 けれど、瞬きをした次の瞬間には、真冬の湖のように冷え切っていた。

 彼の指先がほんの一瞬震える。

「それは……」
「言い訳は結構です。お兄様」

 ナディアは冷たく笑う。  
 笑顔なのに、目が全く笑っていない。  
 彼女の銀髪が風になびき、彼女の美しさと儚さを引きさ立たせる。
 
「私はもう、誰かに心を乱されたくない。たとえそれが家族でも、婚約者でも……」

 ルペルトの息がわずかに乱れる。

「お前が……、そんな姿で王宮に行くなど許せないと言っている」
「許せない?」

 ナディアの声が、静かに、はっきりと響く。

「なぜ今さら?今までだって、気にかけることだって出来たはず。私が傷ついている時、助けてはくれなかった。私が必死で笑顔を作って耐えていた時、気づいてくれなかった。お兄様はいつも、私を『公爵家の嫌われ者』として切り捨てていたじゃないですか」

 ルペルトの瞳が大きく見開かれる。
 灰色の瞳に初めて見る動揺が浮かんだ。

「ナディア……」
「名前を呼ばないで」

 彼女は一歩踏み出し、兄の胸を掴まれていない腕で強く押した。

「私はもうあなたのものじゃない。誰の妹でも、誰の婚約者でもない。ただのナディア・フォンテーヌです」

 さっきまでの力が嘘かのように、ルペルトの手が、ゆっくりと離れる。

「……お前は、俺を……」
「嫌い? 憎い?」

 わずかに震えるルペルトの指先と声。
 ナディアはゆっくりと首を振る。

「そんな感情すらもうありません。ただ……もう、関わらないでください。これ以上、私の人生に影を落とさないで」

 その言葉は本当だった。
 昨日までのナディアは、ルペルトがいつか助けてくれると信じていた。
 けれど、転生の記憶を思い出した今。全てが無意味だと悟った。
 愛されたいと願ったら破滅する。

 だって、兄――ルペルトも攻略対象の一人だから。
  
 彼女はくるりと背を向け、歩き出す。  
 汚れたスカートが揺れ、赤い果汁が石畳にシミを作る。
 
 ルペルトは動けない。  
 ただ、呆然と立ち尽くしたまま、ナディアの背中を見つめることしかできない。

 胸の奥で何かが軋む。
 錆びれた機械のような不快な音を立てて。

「お前を……、失うわけにはいかない」

 掠れた声が風の音にかき消される。
 
 彼女を追う兄の視線が熱を帯びていることに、ナディアは気付いていない。
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