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12.婚約者
答えないナディアに、イサークは苛立たしげに髪をかき上げる。
苛立ちを隠そうともしないイサークの態度に、ナディアは不思議な感覚を覚える。
イサークが私のことを気にかけるなんて。
ゲームのシナリオでは、彼はいつもヒロインにしか目を向けなかった。
ナディアはただの婚約者で、ヒロインとの関係を邪魔する存在。
ナディアなど「破棄される悪役令嬢」でしかなかったはずなのに。
どういう意図があって質問したのか。
そして、なぜここにいるのかも分からない。
馬丁にルペルトとは違う馬車を出して欲しいと言いに来ただけはずだった。
でも今、どこにも行く予定がないことを、素直に口にするのをためらわれる。
「……殿下に、私がどこに行こうが関係ありますか?」
曖昧に言葉を濁して返す。
イサークの翠色の瞳が、一瞬鋭く細められる。
彼は小さく息を吐き、口角をわずかに歪めた。
「婚約者が何をしたいと思っているのか気にかけるのも、婚約者の勤めだろう?」
声は低く、抑揚が少ない。
いつも自信たっぷりに笑う彼とは違う、どこか苛立ったような、しかしどこか切迫した響きがあった。
有無を言わさない物言いに、ナディアは目をひそめる。
――婚約者。
意味を成さない――その言葉が今さらのように胸に刺さる。
表向きはまだ続いている婚約。
けれど、ナディアにとってはもう「終わったはず」のもの。
公式の手続きさえ済めば、完全に解放されるはずの鎖。
なのに、イサークの口から出るその言葉は、まるで今も有効な枷のように聞こえる。
「……婚約者、ですか」
ナディアは小さく呟き、ゆっくりと顔を上げた。
かつてはナディアとイサークを関係付ける唯一の繋がりが、重荷になってナディアを縛り付ける。
アメジストの瞳が、イサークを静かに見据える。
「では、殿下は今も私を婚約者だと思っていらっしゃるのですか?」
問いかけは穏やかだったが、そこには棘があった。
イサークの表情が、一瞬だけ凍りつく。
翠の瞳に複雑な光が揺れた。
苛立ち、後悔、苦悩。そして――何か、言葉にできないもの。
「……まだ、正式に破棄されたわけじゃない」
彼はそう言い視線を逸らす。
その仕草がいつもより幼く見えた。
馬丁は隅に縮こまり、息を殺している。
厩舎の空気は重く張りつめていた。
ナディアは静かに息を吐き、ドレスの裾を軽く払う。
「では、正式に破棄されるまで、私は殿下の婚約者として振る舞う義務があるということですね」
淡々と冷たく。
諦めがにじむ声色は、まるでゲームのルールを確認するような無機質さだった。
イサークの肩がわずかに震えた。
「……お前は、本当に俺のことが嫌いになったのか?」
苛立ちを隠そうともしないイサークの態度に、ナディアは不思議な感覚を覚える。
イサークが私のことを気にかけるなんて。
ゲームのシナリオでは、彼はいつもヒロインにしか目を向けなかった。
ナディアはただの婚約者で、ヒロインとの関係を邪魔する存在。
ナディアなど「破棄される悪役令嬢」でしかなかったはずなのに。
どういう意図があって質問したのか。
そして、なぜここにいるのかも分からない。
馬丁にルペルトとは違う馬車を出して欲しいと言いに来ただけはずだった。
でも今、どこにも行く予定がないことを、素直に口にするのをためらわれる。
「……殿下に、私がどこに行こうが関係ありますか?」
曖昧に言葉を濁して返す。
イサークの翠色の瞳が、一瞬鋭く細められる。
彼は小さく息を吐き、口角をわずかに歪めた。
「婚約者が何をしたいと思っているのか気にかけるのも、婚約者の勤めだろう?」
声は低く、抑揚が少ない。
いつも自信たっぷりに笑う彼とは違う、どこか苛立ったような、しかしどこか切迫した響きがあった。
有無を言わさない物言いに、ナディアは目をひそめる。
――婚約者。
意味を成さない――その言葉が今さらのように胸に刺さる。
表向きはまだ続いている婚約。
けれど、ナディアにとってはもう「終わったはず」のもの。
公式の手続きさえ済めば、完全に解放されるはずの鎖。
なのに、イサークの口から出るその言葉は、まるで今も有効な枷のように聞こえる。
「……婚約者、ですか」
ナディアは小さく呟き、ゆっくりと顔を上げた。
かつてはナディアとイサークを関係付ける唯一の繋がりが、重荷になってナディアを縛り付ける。
アメジストの瞳が、イサークを静かに見据える。
「では、殿下は今も私を婚約者だと思っていらっしゃるのですか?」
問いかけは穏やかだったが、そこには棘があった。
イサークの表情が、一瞬だけ凍りつく。
翠の瞳に複雑な光が揺れた。
苛立ち、後悔、苦悩。そして――何か、言葉にできないもの。
「……まだ、正式に破棄されたわけじゃない」
彼はそう言い視線を逸らす。
その仕草がいつもより幼く見えた。
馬丁は隅に縮こまり、息を殺している。
厩舎の空気は重く張りつめていた。
ナディアは静かに息を吐き、ドレスの裾を軽く払う。
「では、正式に破棄されるまで、私は殿下の婚約者として振る舞う義務があるということですね」
淡々と冷たく。
諦めがにじむ声色は、まるでゲームのルールを確認するような無機質さだった。
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「……お前は、本当に俺のことが嫌いになったのか?」
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