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17.穏やかな昼下がり
ナディアは無意識に、受け取った二つ目の菓子を胸にぎゅっと抱きしめる。
心臓が少しだけ速く鳴り始めた。
穏やかで、包み込むような優しさ。
それは、強引でもなく、押しつけでもなく、ただそこにあるだけのもの。
ナディアは帽子を少し深く被り直し、小さく息を吐く。
「ありがとうございます。でも、私は――」
言葉を続けようとした瞬間、アルフレッドが静かに手を差し出す。
「少し、歩きませんか。ここでは、話しにくいでしょう」
それは命令ではなく、提案だった。
差し出された手は、先日の馬車と同じく、強引ではなく、ただ待っている。
ナディアは一瞬迷ったが、周囲の視線が自分たちに集まり始めていることに気づき、その手に自分の手を重ねた。
街の喧騒の中、二人はゆっくりと歩き出す。
背後で、店主が小さく息を吐く音が聞こえた。
二人は広場を抜け、市場の喧騒から少し離れた石畳の小道へ入る。
陽光が木々の間から差し込み、木陰が涼しい。
人通りがまばらになり、ようやく息が整う。
王宮で彼に会ってから、ナディアは何度も彼のことを思い返した。
けれど、どれほどナディアの記憶を遡っても、アルフレッドのような人物は存在しなかった。
記憶の中の彼よりも、ゲームの中でのアルフレッドの方が――いや、そもそもゲームでは彼はただの「背景」だった。
アルフレッド・ヴァルモンドは、第一王子派の人物。
攻略対象ではないけれど、攻略対象である第一王子との仲を結ぶ「お助けキャラ」的存在。
第一王子とナディアとの関わりはあまりない。
前皇后と仲の良かったナディアの母が生きていた頃は、交流があった。
今は会えば挨拶はするけれど、親しいとは言えない。
そして、第一王子と第二王子は継承権で争っている。
ヒロインの選択によって、王太子になるシーンはゲームの中でも印象的なシーンの一つだった。
彼は騎士団長として第一王子を支えるはずの男。
なのに今、目の前にいるアルフレッドは、そんな枠組みを超えてナディアの前にいる。
身長差があるはずなのに、アルフレッドとナディアの歩幅は変わらない。
そして、ナディアが息を整えるのを待つように、彼は沈黙を守ったまま。
王宮での出会いに続いて、また彼に助けられてしまった。
どうして彼がここに?
やがて、ナディアが先に口を開く。
「……本当に、巡回中だったんですか?」
アルフレッドの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「半分は本当です。もう半分は――あなたの姿を見かけたから、寄り道をした」
ストレートすぎる言葉にナディアの足が止まる。
「私を……?」
「公爵令嬢が、こんなところで変装して歩いている。目立たないつもりでも、目立つものは目立つ」
藍色の瞳が、ナディアの帽子からのぞく銀髪の端を、そしてクリーム色のワンピースの裾を見る。
「それに……あなたが『困っている』気配は、遠くからでもわかりました」
ナディアは唇を噛む。
――見透かされている。
露店での出来事は、浮かれていたとはいえ、騙されているところを見られるなんて。
「今日は……少し浮かれていただけです。もう騙されません」
「それなら、今度は一人ではなく、誰かと一緒に来るのが良いかもしれません」
誰かと一緒に……。
ナディアはアルフレッドの言葉に、表情を暗くする。
悲しいことに、ナディアには親しい友達と呼べる者がいない。
厳しい王子妃教育と、イサークを追いかけていたから、自然とナディアは一人でいることが当たり前になっていた。
アルフレッドはそんなナディアを、静かに見つめながら続ける。
「黙って公爵家を抜け出すのも、よろしくありませんね。ルペルト卿があなたを探しているでしょう」
名前を出された瞬間、ナディアの瞳が大きく見開く。
「……どうして、それを」
「騎士団長の仕事は、街の治安を守ることだけではありません。貴族間の動きも、当然耳に入ります」
淡々とした口調。だが、そこに冷たさはない。
むしろ、静かな理解のようなものが感じられた。
ナディアは言葉に詰まり、視線を落とす。
胸に抱えた菓子が、ほのかに甘い香りを漂わせていた。
心臓が少しだけ速く鳴り始めた。
穏やかで、包み込むような優しさ。
それは、強引でもなく、押しつけでもなく、ただそこにあるだけのもの。
ナディアは帽子を少し深く被り直し、小さく息を吐く。
「ありがとうございます。でも、私は――」
言葉を続けようとした瞬間、アルフレッドが静かに手を差し出す。
「少し、歩きませんか。ここでは、話しにくいでしょう」
それは命令ではなく、提案だった。
差し出された手は、先日の馬車と同じく、強引ではなく、ただ待っている。
ナディアは一瞬迷ったが、周囲の視線が自分たちに集まり始めていることに気づき、その手に自分の手を重ねた。
街の喧騒の中、二人はゆっくりと歩き出す。
背後で、店主が小さく息を吐く音が聞こえた。
二人は広場を抜け、市場の喧騒から少し離れた石畳の小道へ入る。
陽光が木々の間から差し込み、木陰が涼しい。
人通りがまばらになり、ようやく息が整う。
王宮で彼に会ってから、ナディアは何度も彼のことを思い返した。
けれど、どれほどナディアの記憶を遡っても、アルフレッドのような人物は存在しなかった。
記憶の中の彼よりも、ゲームの中でのアルフレッドの方が――いや、そもそもゲームでは彼はただの「背景」だった。
アルフレッド・ヴァルモンドは、第一王子派の人物。
攻略対象ではないけれど、攻略対象である第一王子との仲を結ぶ「お助けキャラ」的存在。
第一王子とナディアとの関わりはあまりない。
前皇后と仲の良かったナディアの母が生きていた頃は、交流があった。
今は会えば挨拶はするけれど、親しいとは言えない。
そして、第一王子と第二王子は継承権で争っている。
ヒロインの選択によって、王太子になるシーンはゲームの中でも印象的なシーンの一つだった。
彼は騎士団長として第一王子を支えるはずの男。
なのに今、目の前にいるアルフレッドは、そんな枠組みを超えてナディアの前にいる。
身長差があるはずなのに、アルフレッドとナディアの歩幅は変わらない。
そして、ナディアが息を整えるのを待つように、彼は沈黙を守ったまま。
王宮での出会いに続いて、また彼に助けられてしまった。
どうして彼がここに?
やがて、ナディアが先に口を開く。
「……本当に、巡回中だったんですか?」
アルフレッドの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「半分は本当です。もう半分は――あなたの姿を見かけたから、寄り道をした」
ストレートすぎる言葉にナディアの足が止まる。
「私を……?」
「公爵令嬢が、こんなところで変装して歩いている。目立たないつもりでも、目立つものは目立つ」
藍色の瞳が、ナディアの帽子からのぞく銀髪の端を、そしてクリーム色のワンピースの裾を見る。
「それに……あなたが『困っている』気配は、遠くからでもわかりました」
ナディアは唇を噛む。
――見透かされている。
露店での出来事は、浮かれていたとはいえ、騙されているところを見られるなんて。
「今日は……少し浮かれていただけです。もう騙されません」
「それなら、今度は一人ではなく、誰かと一緒に来るのが良いかもしれません」
誰かと一緒に……。
ナディアはアルフレッドの言葉に、表情を暗くする。
悲しいことに、ナディアには親しい友達と呼べる者がいない。
厳しい王子妃教育と、イサークを追いかけていたから、自然とナディアは一人でいることが当たり前になっていた。
アルフレッドはそんなナディアを、静かに見つめながら続ける。
「黙って公爵家を抜け出すのも、よろしくありませんね。ルペルト卿があなたを探しているでしょう」
名前を出された瞬間、ナディアの瞳が大きく見開く。
「……どうして、それを」
「騎士団長の仕事は、街の治安を守ることだけではありません。貴族間の動きも、当然耳に入ります」
淡々とした口調。だが、そこに冷たさはない。
むしろ、静かな理解のようなものが感じられた。
ナディアは言葉に詰まり、視線を落とす。
胸に抱えた菓子が、ほのかに甘い香りを漂わせていた。
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