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20.遠い日の記憶
街の喧騒に紛れながら、二人は静かに歩みを進める。
ナディアの肩に触れるアルフレッドの手が、わずかに強張っているのが伝わってくる。
「……どうして、彼女を警戒するのですか?」
どう尋ねるのが正解か。ナディアは少し考えた後、真っ直ぐに聞いた。
木陰の小道が続き、人通りがまばらになる頃、彼が静かに口を開いた。
「……ナディア嬢」
低い声に、ナディアは足を止めて彼を見上げる。
「先ほど、彼女を警戒した理由ですが……」
藍色の瞳が、木漏れ日に照らされて深く輝く。
「彼女が第一王子に近づいている以上、貴女の周囲を巻き込む可能性を排除したかっただけです」
ナディアの胸がざわつく。
「第一王子……ですか」
「ええ。貴女の婚約破棄の噂は、すでに限られた貴族の間で広がっています。第一王子派の者たちは、それを好機と見なしている。彼女も、その一部……かもしれません」
言葉は淡々としているが、そこに微かな苛立ちが混じっていた。
ナディアは視線を伏せる。
今までのナディアの記憶とゲームの知識では、レイチェルはイサークを攻略しようと近づいていた。
今は、イサークの好感度を上げている時期のはず。なのに、第一王子側にも近づいている?
ルート分岐点が早まっただけ?それとも、シナリオにないことが起きている?
「……ありがとうございます。話してくれて、そして……守ってくれて」
小さな声で礼を言うと、アルフレッドはわずかに首を振った。
「礼を言う必要はありません。――昔、貴女に約束したことを、守っているだけです」
ナディアの息が止まる。
「昔……?」
ナディアはアルフレッドのことを思い出そうとしても思い出せなかった。
自分と彼の間に何があったのか。
それを知れる気がして、ナディアは聞き返す。
「……昔、貴女に『今度は自分が助ける』と言った約束を、守っているだけです。今の私が生きているのも、全て貴方のおかげですから」
ナディアが「え?」と固まる中、アルフレッドが「覚えていなくても、構いません」と続ける。
藍色の瞳が木漏れ日に照らされ、キラキラと輝いている。
――まただ。
その輝きに理由もなく懐かしさを覚えて、ナディアは吸い込まれるように瞳に囚われる。
アルフレッドは視線を逸らし、人通りが増え出した街並みを見つめる。
「私が、貴族たちの間で何と呼ばれているか知っていますか?」
ナディアの瞳に影を落とす。
パーティーで耳にした、大人たちの囁きが蘇る。
『あの洗練された威厳こそが騎士団長にふさわしい。誰もが憧れる名門の勲章を胸に掲げ、誰よりも気高く振る舞っておいでだ』
『……まさかその身体に、薄汚れた貧民街を這いずり回るような下賎の血が混じっているとは、誰が思うでしょう』
『皮肉なものですね。我ら高貴な生まれの者が束になっても敵わないあの"騎士道精神"の正体が、路地裏で拾い上げた生存本能に過ぎないなんて』
『彼が誰より荘厳に剣を振るうのは、自分の体に流れる"下賎な呪い"を、振り払おうとしているからかもしれませんよ』
『……おっと、これ以上は口が過ぎました。さあ、彼を迎えようじゃありませんか。我らが"騎士団長"に精一杯の敬意を込めて――』
どれも彼を貶す言葉ばかり。
その中でも、「下賎の血」という言葉が、ナディアには耐えがたかった。
血筋というものは本人の努力ではどうにもならない。
アルフレッドは戦争を勝利へと導いた英雄なのに。彼がもたらした平和な日常を享受しておきながら、その出自を嘲笑うなんて。
「私は平民出身です。ある人に拾われて、ここまで生きてきた」
「ある人……?」
第一王子のことだろうか?彼が第一王子派なのは周知の事実だ。
ナディアが尋ねると、アルフレッドは誤魔化すように目を細めて微笑む。
それは、どこか遠い記憶を懐かしむような笑みだった。
「貴女がまだ幼かった頃。公爵夫人が生きていた頃……貴女は庭で一人、泣いていました。私は騎士見習いとして屋敷に招かれていて、偶然通りかかった。貴女は『誰も助けてくれない』と呟いていて……。広い公爵邸の片隅で、寂しく泣く姿を見て、私は子供心に『助けたい』と思ったのです」
ナディアの頭の奥で何かがざわめく。
転生前のナディアの記憶。
銀髪の少女が庭の木陰で膝を抱えていた姿。
そして、黒髪の少年が、静かに手を差し出したこと。
「……覚えていなくても、構いません」
アルフレッドの声は穏やかだったが、どこか切なげだった。
ナディアの肩に触れるアルフレッドの手が、わずかに強張っているのが伝わってくる。
「……どうして、彼女を警戒するのですか?」
どう尋ねるのが正解か。ナディアは少し考えた後、真っ直ぐに聞いた。
木陰の小道が続き、人通りがまばらになる頃、彼が静かに口を開いた。
「……ナディア嬢」
低い声に、ナディアは足を止めて彼を見上げる。
「先ほど、彼女を警戒した理由ですが……」
藍色の瞳が、木漏れ日に照らされて深く輝く。
「彼女が第一王子に近づいている以上、貴女の周囲を巻き込む可能性を排除したかっただけです」
ナディアの胸がざわつく。
「第一王子……ですか」
「ええ。貴女の婚約破棄の噂は、すでに限られた貴族の間で広がっています。第一王子派の者たちは、それを好機と見なしている。彼女も、その一部……かもしれません」
言葉は淡々としているが、そこに微かな苛立ちが混じっていた。
ナディアは視線を伏せる。
今までのナディアの記憶とゲームの知識では、レイチェルはイサークを攻略しようと近づいていた。
今は、イサークの好感度を上げている時期のはず。なのに、第一王子側にも近づいている?
ルート分岐点が早まっただけ?それとも、シナリオにないことが起きている?
「……ありがとうございます。話してくれて、そして……守ってくれて」
小さな声で礼を言うと、アルフレッドはわずかに首を振った。
「礼を言う必要はありません。――昔、貴女に約束したことを、守っているだけです」
ナディアの息が止まる。
「昔……?」
ナディアはアルフレッドのことを思い出そうとしても思い出せなかった。
自分と彼の間に何があったのか。
それを知れる気がして、ナディアは聞き返す。
「……昔、貴女に『今度は自分が助ける』と言った約束を、守っているだけです。今の私が生きているのも、全て貴方のおかげですから」
ナディアが「え?」と固まる中、アルフレッドが「覚えていなくても、構いません」と続ける。
藍色の瞳が木漏れ日に照らされ、キラキラと輝いている。
――まただ。
その輝きに理由もなく懐かしさを覚えて、ナディアは吸い込まれるように瞳に囚われる。
アルフレッドは視線を逸らし、人通りが増え出した街並みを見つめる。
「私が、貴族たちの間で何と呼ばれているか知っていますか?」
ナディアの瞳に影を落とす。
パーティーで耳にした、大人たちの囁きが蘇る。
『あの洗練された威厳こそが騎士団長にふさわしい。誰もが憧れる名門の勲章を胸に掲げ、誰よりも気高く振る舞っておいでだ』
『……まさかその身体に、薄汚れた貧民街を這いずり回るような下賎の血が混じっているとは、誰が思うでしょう』
『皮肉なものですね。我ら高貴な生まれの者が束になっても敵わないあの"騎士道精神"の正体が、路地裏で拾い上げた生存本能に過ぎないなんて』
『彼が誰より荘厳に剣を振るうのは、自分の体に流れる"下賎な呪い"を、振り払おうとしているからかもしれませんよ』
『……おっと、これ以上は口が過ぎました。さあ、彼を迎えようじゃありませんか。我らが"騎士団長"に精一杯の敬意を込めて――』
どれも彼を貶す言葉ばかり。
その中でも、「下賎の血」という言葉が、ナディアには耐えがたかった。
血筋というものは本人の努力ではどうにもならない。
アルフレッドは戦争を勝利へと導いた英雄なのに。彼がもたらした平和な日常を享受しておきながら、その出自を嘲笑うなんて。
「私は平民出身です。ある人に拾われて、ここまで生きてきた」
「ある人……?」
第一王子のことだろうか?彼が第一王子派なのは周知の事実だ。
ナディアが尋ねると、アルフレッドは誤魔化すように目を細めて微笑む。
それは、どこか遠い記憶を懐かしむような笑みだった。
「貴女がまだ幼かった頃。公爵夫人が生きていた頃……貴女は庭で一人、泣いていました。私は騎士見習いとして屋敷に招かれていて、偶然通りかかった。貴女は『誰も助けてくれない』と呟いていて……。広い公爵邸の片隅で、寂しく泣く姿を見て、私は子供心に『助けたい』と思ったのです」
ナディアの頭の奥で何かがざわめく。
転生前のナディアの記憶。
銀髪の少女が庭の木陰で膝を抱えていた姿。
そして、黒髪の少年が、静かに手を差し出したこと。
「……覚えていなくても、構いません」
アルフレッドの声は穏やかだったが、どこか切なげだった。
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