終末学園の生存者

おゆP

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第三章

第35話 虚構の日々(4)

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4.
 廊下へと移動した透哉は、いつぞやと同様にバケツをぶら下げて立っていた。
 その感触には懐かしさを覚える。
 クラスメイトたちに笑われ、さらに追加課題をもらう羽目になったが、その見返りとして考えに集中できる環境を得た。
 バケツの重みを味わっていると、隣から小さな足音が響き、一人の少女が現われた。
 寒気がするほどに真っ直ぐ流れる黒髪を揺らす、学園の制服に身を包んだ和人形のような少女だ。その姿はひな壇に置かれた市松人形を思わせるが、正体は学園そのものと言う異形、草川流耶である。 

「全く何をしているのかしら」
「うるせぇな」

 流耶は透哉の姿を見るや否や、頬に手を当て呆れたように言葉を漏らす。その仕草は世話焼きのお姉さんのようであるが、実際は小馬鹿にしているだけだった。
 透哉は普段通りに振る舞いつつ、心中は穏やかではなかった。
 先日の殺希とのやり取りで、ネタは上がっているのだ。

『君が彼女をどんな風に見ているか分からない。けれど、彼女は十年間君を騙し続けてきたんだよぉ? 君と、君のモデルになった人物の姿を重ね、君を通して本物を夢想している』

 殺希の言葉の全てを鵜呑みにする気はない。疑わしき部分も勿論あるが、符合する部分が多いことも事実だった。
 それでも透哉は殺希の教えを信じて従うことにした。
 自分という存在の不安定さを自覚すると同時、殺希が示した『新たな価値観』に強い興味を持ったからだ。
 そして、誰でもなかった何でもなかった自分が『御波透哉』になるために。
 その対価として提示されたのが、学園に潜む本物の生き残り『終末学園の生存者』の捜索。及び学園への敵対である。
 当然このことは殺希と透哉以外誰も知らない。知られてはいけない。

(それでも、コイツなら何かの拍子に気付くかもしれねぇ)

 透哉の変化をいち早く察知し、訝っているとも考えられる。
 いくらでも邪推ができ、反面何一つ信じることができない。
 けれど、草川流耶は『御波透哉』を自分以上に正確に知る少女。
 安易な行動は取れない。本当に何も知らない振りをして聞けば情報は得られるかもしれない。
 しかし、下手な探りは立場を危ぶめる可能性をぐっと高める。リターンもなく藪をつつく真似は憚るべきだった。
 総括すると流耶を筆頭にした学園のメンバーに隙を見せることが許されず、かといって、警戒を悟られることも許されない。
 透哉が導き出した結論は自然体でいる、だった。

「何を考えて上の空だったのかしらね?」
「ちょっと七夕祭のことで考え事してただけだ」
「――へぇ」
「野外ステージの場所が決まって、設計図も手に入った。でも、肝心の材料がどうなるかまだはっきり聞いてねぇんだよ」
「大体の予想はついているけれど、私も正確には把握していないわ」

 咄嗟に口から出た信憑性の高い嘘は流耶を欺いた。
 やや考えた後に発した流耶だったが、やはり世間話の域は出ず、関心は薄い。
 
「お前も実行委員だろ? ちょっとは興味持てよ」
「あら? そうだったかしら?」
「だと思ったよ。邪魔だけはすんなよ?」
「そのつもりだけれど、実際はあなた次第じゃないかしら?」

 流耶は白々しい笑みを残し、虚空に消えた。
 奇妙な言い回しが少し耳に残ったが、一人に戻ったところで中断された思考を再開する。
 本物の園田の魔力因子を使って、殺希に作られた偽物の園田。
 脱線している気がしたが、あっさり手放せる問題でもなかった。
 事実を知りながら、真実は見えてこなかった。

(しかし、作ったってなんだよ。プラモデルじゃあるまいし。本物の園田を元にしてって……だからその本物はどこに居るんだよ!?)

 一人で目を閉じて思考する姿は傍目にはうなされている風にも見えた。
 打開策として殺希に直接問うことも考えた。
 案外つらつらと語ってくれる気もしたが、適当にはぐらかされる気もしたし、寝転がることに夢中で取り合って貰えない可能性もある。
 殺希側のリアクションを予想はできても、どちらに向かって転がるかまでは予想できなかった。
 思考の最中、不意に一人の少女の姿が脳裏を過ぎる。
 園田と同じ(かは不明だが)春日殺希によって生み出された存在。

(まったく、春日アカリじゃあるまいし、園田がポンポン作られてたまるかっつーの……ん? それじゃあ、あいつにもモデルがいるってことなのか?)

 思い浮かぶのは、灰色のツインテールを揺らしながら声を荒げてばかりの少女、春日アカリだ。大半の理由が透哉の言動によるものだが、本人に自覚はない。その些細なこととは別に、透哉はアカリに対して一方的に負い目を感じている。
 アカリは春日殺希の娘でありながら、実子ではない。それどころか人魔にも魔人にも該当しない、作られた存在だった。
 自立可動魔道機、識別名称『シンデレラ』と呼ばれ、胸部に埋め込まれた黒い球体を核として魔力で動く歴とした兵器だった。
 作られた存在であることを理由に地下の訓練場にて、暴力の限りを尽くしたのだ。透哉側に抗えない事情があったとは言え、アカリという一人の少女を象った存在を踏みにじったのだ。
 作られた存在と言う共通点はあるものの、不明部分が多すぎて園田の件と同等に扱っていいかすら判別不可能だ。

(モデルって言うぐらいだから見た目や能力に類似点があんだろうな)

 余り思い出したくはないが、何かしらのヒントを求めて地下訓練場での出来事を振り返る。
 最初に対峙した明らかな量産品は始めから除外した。
 透哉が着目したのは、明確に自我を持ち、個として成立した物。中でも、『蜘蛛スパイダー』と呼ばれる専用のデバイスを使い、最も善戦した固体だ。
 あのアカリは幾つもの棒状のデバイスを連結させて自在に操っていた。蜘蛛の足を模して組み立てることで俊敏な動作を獲得し、その上で余った足を戦闘に起用していた。
 更に組み換えたり、射出したりすることで対象を捕まえる拘束具としても使え、かなりの応用が利く。
 軽く振り返ってみるが、アカリの能力と言うより、デバイスの性能だった。

(やっぱわかんねぇな。対象物を浮かせる能力? いや、それなら単体で射出した方が効果的か。棒同士を磁石みたいに・・・・・・くっつけて動かしてた、だけ……だもんな)

 どうしてこうも嫌な予感というヤツはすぐに思いつくのか。
 春日アカリを生み出した春日殺希の下には、数年前まで一人の少女がいた。
 居ただけで何かが行われていたかなんて、想像の飛躍もいいところだ。
 しかし、一度尻尾を掴むとあとは一本道だった。

(――おいおいっ、冗談じゃねぇぞっ!)

 殺希なら訓練や実験と称して魔力因子を手に入れることなど容易いだろう。何せ、『幻影戦争』で傷心し、外への恐怖心で塞ぎ込んでいた少女だ。
 口車に乗せ、利用することは容易い。

(灰色なんて、銀色を劣化させたみたいな色じゃねぇか……)

 大量の汗が頬を伝い、床に流れ落ちた。
 放心状態に陥っていた透哉を呼び覚ましたのは、大きな金属音と、水が暴れる音。
 気付くと手にしたバケツを落としていた。
 床に広がる水面を呆然と眺めていた。
 音を聞きつけ、教室から飛び出してきた矢場の怒鳴り声は、届かなかった。
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