終末学園の生存者

おゆP

文字の大きさ
170 / 185
第三章

第39話 痕跡と爪痕(4)

4.
 予断を許さない戦闘の最中。
 透哉は咄嗟に投げ捨てたくなるほどの悪感に耐えていた。
 それは長年連れ立ってきた、自らの武器への悪感。
 使いやすいとか、好きだとか、そんなことも感じず、特に意識せずにいた。
 もはや、体の一部と言って遜色ないほど何気なく扱っている『刀』というフォルム。
 第三者である土子の口から明かされた類似点が、自分の思想が囚われていることを証明していた。

(違う、俺は、俺だっ。考えてみろ、刀なんてありふれた武器だ)

 邪念を振り払うようにして土子から距離を取る透哉。
 本来接近戦を得意とする透哉も、超々近距離において土子を上回れないと判断した。
 そして、それ以上に気持ちを整理する間を欲したからだ。
 呼吸を整えながら、何故かゆっくりと走る土子から視線を逸らさない。
 ここに至るまで愚策と言えるレベルで正面から拳を振り回すだけだった土子は、尚も直線的な攻めを断行している。
 拳が放つ迫力威力、派手さとは裏腹に、至って普通に。

「食らえぇ~!」

 それどころか、緩慢に地面を蹴り、ポテポテと駆け寄ってくる。磁力や爆発を利用して飛んだり跳ねたり、ワープしたりもしない。
 そのいじらしい仕草たるや、親に駆け寄る幼児そのもの。

ポテポテポテポテ。

「待てーっ!」
「……」

 透哉は土子が距離を詰めるごとにぴょんぴょんと同じだけ背後に飛び、距離を取る。
 気のせいか、先程までは感じていた脅威を感じなくなっていた。

「もー! なんで逃げるのぉ!?」
「なんで、そんなに遅いのぉ!?」

 遂にはゲームに負けてごねる子供のような口調になる。脅威に値する威力も、直撃しなければ怖くはない。

「真面目にやる気あんのか!?」
「御波君、何言ってるの!? 土子はずっと真剣だよ!」

 徒歩の速さで迫るプレス機に対話を試みる透哉。
 巨大な拳を振りながら汗だくで追いかけてくる土子。
 夕日が差す旧学園の敷地内。
 開戦時には死闘に思えた戦いも、気が付けば穴ぼこだらけのグラウンドで追いかけっこを繰り広げているだけの透哉と土子。

「馬鹿馬鹿しくなってきた。もう止めよーぜ」
「えー!? まだ御波君をぺしゃんこにしてないよ!?」
「されてたまるか!? そもそもあんたが遅いのが悪いんだよ!」
「スピードとパワーは両立できないの!」
「知るかそんなモンっ」

『雲切』を片付けた透哉は酷く脱力した様子で手近な瓦礫に腰掛ける。
 勿論、土子から距離を取った上で。
 土子も諦めた様子で『幼鎧』を解くと、赤褐色のガントレットが華奢な右腕に戻った。
 ぷくーっと頬を膨らませて不満そうにこちらを睨んでいる土子。
 とても致死性の攻撃を連発させていたとは思えない幼稚な姿に、毒気を抜かれてしまう。

「まったく、何故あなたたちが争っているのかしら?」

 割って入ったのは涼やかな声。
 荒廃した学園に忽然と現れたのは制服姿の草川流耶。頬に手を当て、ため息交じりの登場である。
 しかし、流耶の来訪は喧嘩の仲裁ではない。命の取り合いが変調し、茶番と化したためである。
 表情に覇気がなく、どこか疲れているのもそのためだ。

「あ、流耶様だ~」

 一方、ひと暴れして疲労しているはずの土子は、流耶を視界に捉えるやいなや、パッと顔を輝かせた。そして、三つ編みを尻尾のように振り回しながらポテポテと地面を蹴ってすり寄ると、流耶の胸に顔を埋める。

「双方の見解では衝突も致し方ないのだけれど、内輪同士で無駄な消耗は止めてくれる?」
「何故、俺の方を見て言う」
「この娘に言っても無駄だと思わない? それなら少しでも話が通じる方に⋯⋯離れなさいっ!」

 胸元にグリグリと顔を押し付ける土子を引き剥がしながら言われては、皮肉も嫌味も効力がない。
 透哉と土子の衝突に一定の理解を示しつつも、流耶の様子を見る限り遊びに来た風にしか見えない。
 そうこうしている間に、土子は流耶の背後にしがみつくと文字通り盾にしてこざかしいことを言い始める。

「流耶様ぁ~、この分からず屋に教えてやって下さいよ~」
「テメェ!?」

 嬉々として腕にしがみつくその仕草は、本当に犬猫の類いであり、言動からは小物臭が漂う。
 責任を添加されている気もしたが、舌戦で勝てる気がしなかった。

「流耶、なんなんだ、そいつは?」
「説明があったと思うのだけれど? 私の有機固体よ。簡単に言うと、別の人格と自我を持った私ね」

 珍しい丁寧な説明を受け、土子に視線を転じる透哉。
 本人を差し置いて進む話など気にも留めず、当人は流耶にしがみついたままこちらをシャーっと威嚇してくる。

「大変残念な仕上がりになっているようだが」
「………………」
「流耶様ぁぁぁあ!? 言い返してくれないんですかぁあああぁー!?」

 余程痛いところを突かれたのか、流耶は無言のまま視線を逸らせた。
 旧学園の敷地内、場違いなほど明るい土子の悲鳴が木霊した。

 その後、流耶と土子の二人はすぐに旧学園を去った。
 透哉は一人、旧学園からの帰り道を歩いていた。
 その表情は硬く、どこか思い詰めた顔をしている。
 土子の正体をめぐる疑惑の解消には成功した。
 そして、予期せぬ収穫もあった。それは土子との会話から垣間見えた本物の片鱗。
 しかし、その収穫が透哉を苦しめていた。
 そんな中、ポケットのスマホが鳴動し、透哉を呼ぶ。
 正直、誰かからの連絡を受けている余裕はなかったが、気を紛らわせるにはちょうど良かった。
 豪々吾かホタル、いずれにしても学園の誰かだろうと予想しながら画面を見る。

(誰だ……?)

 見知らぬ番号からの着信だった。
 本来なら応答するつもりは微塵もない。
 けれど、春日アカリの鬼電と言う前例が、透哉に応じる決断をさせた。

『もしもし、こちら御波殿のお電話で間違いないのであるか?』

 開口一番の畏まった呼称に、透哉は怪訝な顔をしかけたが、すぐに思い当たった。

「お前は……」
『その声は御波殿であるな? 大神である』



 透哉が通話を始めた頃。
 夜ノ島学園では、土子が流耶に嬉々として話を持ちかけているところだった。

「流耶様っ、流耶様っ!」
「何かしら?」

 従者は主人に静かに、けれど弾む声で呼びかける。
 主人は涼やかな声で応じるが、視線は前に向けたまま。歩みも止めない。
 それでも従者である少女は、その少し後方を楽しそうについて歩く。
 傍目には買い物に出かける親子のように映らなくもないが、主人側には慈愛のような感情は伺えない。
 従者の少女が一方的に慕っていた。
 耳を貸した主人に、従者はそっと耳打ちをする。

「アイツ、やっぱり
「そう、上出来よ。土子」

 従者が開示した、たった一言の情報は、一人の少年を震え上がらせる力を持っていた。
 主人はうっすらと笑みを浮かべ、従者の頭に手を乗せ軽く撫でる。すると従者は飼い主にじゃれつく猫のように背を逸らせ、目を細めた。

「ご苦労さま、土子。下がっていいわ」
「はいっ! それでは、私は失礼します」
「ふふ、良い夜になりそうね」

 従者たる少女は一礼の後、白い翻りと共に虚空に消えた。
 学長室に戻った主人たる少女、草川流耶は明かりも付けずに室内を進み、机に座した。
 そして、そっと呟く。

「気付いてしまったのね――――透哉」

 搾り出されたのは、熟成された蜜のような甘い声。
 聞き手のいない空間で毒々しく響き、溶けるように消えた。

『御波透哉』

 それは少年を模して偽造された
 自我を持たせ、細工を施し、コントロール可能に仕上げてからは長年欺き続けてきた。
 来たる大計を前に、その必要性と重要性は増すばかりだった。
 その矢先、勘付かれてしまったのだ。事実の発覚を想定していたものの、時期尚早とは思う。
 しかし、流耶の顔に急転したともいえる事態への焦燥はない。覆らない優位性に自信があったからだ。
 透哉に施された仕掛けが健在であり、自力では破壊も解除もできない点。
 透哉が自分の本質に無自覚であり、目覚めの兆候さえ見えない点。
 その他、透哉の弱点は枚挙にいとまがない。
 それほどに、御波透哉と言う少年は付け入る隙が多過ぎた。

「やっぱり、自我を出せたのは失敗だったのかしら――ねぇ、。あなたならどう思ったのかしら?」

 流耶は壁に掛けられた肖像に視線を転じながら、まるで教えを請うように尋ねた。
 暗夜に灯る少女の瞳は、夜空が零した血潮のように紅かった。
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。