終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第9話 殺したくない。(1)

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1.
 冗談ではない、透哉はそう思った。
 学長室で聞かされた話は「聞かなければ良かった」と耳を塞げる程度を遙かに超えていたからだ。

――十二学区の殲滅。
 
 例えば、子供が世界征服を口にしたとして、それを真に受けて大人気なく叱りつける者はいないだろう。
 けれど流耶はそんな笑って聞き流される話を、荒唐無稽な大言壮語を正気で口にしたのだ。
 しかし、透哉には流耶が実現不可能な妄想を語るとは思えなかった。
 自分の想像が及ばないだけで裏では着実に事態は進行している、透哉はそう考えた。
 それでも、流耶の出した声明に現実味が持てなかった。
 何故なら透哉たちは十二学区の全容が全くつかめていないからだ。
 計り知れない巨大な敵対勢力との戦い。自信など論外。抱いた不安にも掴み所がない。
 もし、実現したらと考えると自然と脳裏に浮かぶのは十年前のあの日の光景。
 破壊し尽くされた学園内で響く生徒たちの怒号と悲鳴。
 仮に、あの日の破壊がパレットと呼ばれた駅前の範囲で再現されると考えただけでもおぞましい。
 加えて十二学区の特殊な立地。
 あのすり鉢状の地形で行われた日には、地獄の釜さながらの光景が現実の物となってしまう。
 そして、流耶は十二学区の全てを対象にしている。
 それも制圧するでも、破壊するでもない。組織の解体や壊滅に止まらない。
――殲滅。
 施設や設備を含め、十二学区の人員を漏れなく一方的に殺し尽くす、そう言ったのだ。
 しかも、受動的にではなく、能動的に起こすと断言されたのだ。
 これで冷静でいられるはずがない。

 透哉とホタルは、意見交換をするために場所を移した。学長室で分かれて解散するには後味が悪かったからだ。
 寮に戻ると他の生徒たちの存在があるので二人は人目を避けるため、校舎裏に来ていた。
 休日の校舎裏には当然人影はなく、熱を帯びた六月の鬱陶しい空気が滞留している。
 客観的に見れば逢い引きを疑われてもおかしくないが、二人の間に流れる空気がそれを完全に否定した。
 双方表情は険しく、偶然他者がその場に居合わせたら理由をつけて逃げ出したくなるだろう。修羅場を予感させる、怒りと戸惑いが混ざった顔だった。
 壁に背中を預けて座った二人はしばらく無言のまま、それぞれの観点で考えていた。
 透哉は昨日今日で得た新たな情報を精査する。
 大前提として、十二学区の殲滅などと言う荒唐無稽な計画が可能なのだろうか、と言う部分から。
 まず、戦力。
 透哉の分かる範囲で流耶の命令に従い参戦を強要させられるのは、自分とホタルだけ。流耶を加えてわずか三人。流耶を一人と換算するのは間違いだろうが、少人数には変わりない。
 各々破壊や殺しに長けた能力ではあるが、対象範囲が未知数の都市や街なら力は霞んでしまう。
 どう考えても人員不足は否めない。
 次に手法。
 人員を利用した人海戦術などの大規模侵攻は望めない以上、正面から攻め込むことはあり得ない。
 単純な戦力不足もそうだが、能率が悪いし、殲滅を目的としている以上逃げられる可能性が高い策は論外だ。
 災害クラスの力で逃げる間もなく襲撃できるなら話は別だが、できるとは思えない。そもそもあれだけの技術力が集約した街だ。災害や襲撃などに対する供えをしていないはずがない。
 単純に破壊工作を行い、十二学区の機能を低下させるくらいは今のメンバーなら可能だろうが、それでは衝動的なコンビニ強盗とかわらない。
 流耶の口ぶりからするに『十二学区の殲滅』と言うプランは周到で大規模な作戦なのだ。たった今知ったばかりの透哉とホタルから具体案が出る方がおかしい。
 早い話、全く想像が付かない上、現実的でもなかった。
 けれど、流耶を説得して思い止まらせる、と言う選択肢は設けていない。
 宇宮湊を布石と説明されたことを考慮すると、十二学区内部に謀略を張り巡らせているのだろう。
 透哉の考えの及ぶ範囲には答えどころか、ヒントも存在しないのだ。流耶の手の平で踊らされているようで面白くなかった。
 熟考する透哉にホタルが「なぁ」と、どこか気の抜けた声で呼びかける。

「――御波、私はたまに思うのだ」
「……何をだよ」

 透哉は顔を上げず、苛立ち交じりで聞き返す。
 ホタルは透哉の気持ちに察しがついたが、それでも構わず話を始める。

「もし、『幻影戦争』が起こらなかったら私たちは今頃どうしていただろうか? 戦うことを知らない普通の子供でいられたのだろうか?」
「あぁん? なんだそれ。下らねぇ逃避に付き合うつもりはないぞ」

 透哉は不快感を露わにし、顔を上げる。
 見ると、ホタルは胸の前で指をもじもじと忙しなく動かして全く落ち着きがない。この先への不安でどうしたらいいか分からなくなっている様子だった。
 唐突に殲滅戦を持ちかけられて、まともに受け止められる方がどうかしているのだ。
 そんな縋るようなホタルの目を見て、透哉は俄然苛立ちを募らせる。
 この場において全く必要がないからだ。
 もし、あのとき左右の道を間違えなければ遭難しなかったとか、
 もし、あのとき告白をしなければ友達のままでいられたとか、
 もし、戦争が起こらなかったら誰も死ななかったとか、
 過去を悔いることは費やした努力を不満で貶し、否定する行為だからだ。

「今の俺たちは『幻影戦争』が起こり、学園が崩壊した後の世界に生きている。なかったらなんて考察に意味はない」
「な、そんな言い方……しなくてもいいではないか」

 当事者として共感や慰めを期待していたホタルだったが、余りの見解の違いに尻すぼみな言葉で抗うことしかできない。

「俺たちはこの場所から始める。過去を振り返るな。踏み越えろ」
「……、」
「俺は学園を再興する。そのために戦う」
「御波っ!? お前は自分の言っていることが分かっているのか!?」

 ホタルは顔を上げると目を剥いた。
『幻影戦争』を忘れることは許されない。
 けれど、重たすぎる過去が、今を歩む足を鈍らせる足枷であってはならない。
 それは分かっている。
 でも、辛いのだ。
 透哉の冷たいとさえ取れる厳しい言動も、痛みと悲しみを理解した上のこと。
 そこまではホタルにも理解できた。
 透哉の過度な前向きさにホタルの理解が許容範囲を超えた。
 ホタルは流耶の提示した一件に対して踏み出す一歩を、その行為について回る残酷な意味に怯えているのだ。殺し殺されることが当たり前の、命の重みが消失する戦いに再び身を投じることを恐れているのだ。
 ところが透哉は過去の罪を償うためなら、新たな罪を重ねることを厭わないと言ったのだ。
 学園再興のために十二学区の殲滅に協力する、そう言ったのだ。
 一つの罪を償うために大罪を犯す、そんな無茶苦茶な答えを躊躇なく出した。
 既に透哉はやるか否かではなく、出来るか否かで考えを進めている。
 ホタルは透哉の切り替えの早さに心底震えた。
 自分はまだ流耶の声明を正確に理解していない。それどころか半信半疑ですらある。
 ホタルはほんの僅かな時間で大きく開いた考えの差に恐れを抱いた。
 そして、何より置いて行かれることを恐れた。
 だから、絶対に引き戻したかった。
 人として、間違った道を選ぶ友を。

「学園再興の夢は私も同じだ。だが、その過程でまた罪を重ねるのは間違っている。考え直せ、御波!」
「――お前、まだ人間のつもりなのか?」
「え――っ?」

 予想外の応酬にホタルは言葉を失い、思考が一瞬凍り付く。
 何を言っているのだ? 喉まで出かかった言葉が透哉の眼光によって堰き止められる。
 旧夜ノ島学園の中で対峙したときの透哉を思い出す。
 魔力を結晶化させ生み出した刀を自在に振り回し戦う姿。
『原石』と呼ばれる魔道石を核として活動する魔力を食らう化け物。
『雷王』を平然とその身で受け止め、無力化する空洞の体の持ち主。
 それが、御波透哉という少年の正体。
 学園再興だけを糧として生きる、人間とはかけ離れた存在。
 けれど透哉の言う人間が体のつくりや能力ではなく、価値観や考え方を指すことにはホタルも気づいている。
 確かに旧学園に設けた碑を前に自分たちのあり方を改め、『悪夢』と呼ばれる存在を名乗り誓った。
 人間を捨て、透哉の野心に加わりたいと共感した。
 しかし、実のところホタルは今でも躊躇している。
 野心を追う過程と割り切って非情になれるのか、と。
 この迷いが人間を捨てる不可能さの裏付けであるとホタルは気付いていない。
 ホタルの迷いは資格を習得した後に勉強を始める、そんな真逆なことをしているのだ。
 そもそも、ホタルの透哉に対する見解が間違っていた。
 透哉は始めから答えなど出していない。

『予め優先順位を決めていた』

 それだけなのだ。
 例えどんな問題提起をされても、学園再興に勝る事象は存在しない・・・・・・・・・・・・・・・
 学園再興までの道のりに置かれた如何なる遮蔽物も横槍も関係ない。目的のためなら行く手を阻む障害を破壊し、纏わり付く足枷を引きちぎって進む。
 十二学区の殲滅がどれほど大それたことでも、透哉にとっては目の前の障害の一つに過ぎないのだ。
 同じ方向に向いて歩いているはずの二人の間に、決定的な差異が生じた瞬間だった。
 ホタルはただ悲しかった。
 理解が得られなかったことよりも、迷っている自分を置いていくことが。
 でも、不思議と裏切られたとか、騙されたとか、透哉を責める感情は浮かばなかった。

「一つだけ、教えてくれ。御波はまた誰かを殺すのか」
「そうなるな」

 間髪入れず答えた割に透哉の表情は優れない。
 決意としては固まっていても、望んではいないそんな顔だ。

「でも、俺はもう誰も殺したくない」
「――それは私も同じだ、御波。誰も殺したくない」

 しかし――二人の夢見がちな甘い願いは無駄に終わる。
 誰も殺さず、死なせず、傷つけず、血を流さずに結末は訪れない。
 何故なら少年はヒーローではないし、少女もヒロインではないのだから。
 殺しの業は手垢のようにこびりついたまま、疼きとなって痒みとなって再び症状として表れる。
 それは、幼少からの手癖と同じで消えることはない。
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