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第六話 『世界樹』の少女。(1)

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1. 
 真昼なのに曇っているせいか肌寒かった。
 岡持の事故から二日が経った。
 長針は魂の抜けたような顔で黒い霊柩車が角の向こうに去っていく情景を眺めていた。
 厳かに執り行われた岡持の葬儀にはクラス全員が出席した。他にも同世代の男女が何人も参列していて中には長針も見覚えがある顔があった。中学の時の友人や他クラスの人間だ。
 こんなに大勢に慕われながら何故岡持はこの世を去らなければいけなかったのか。

「いいか! お前ら、今日からは岡持の分まで生きろ! 分かったな!」

 涙で赤くなった瞼をこすりながら矢場が檄を入れていた。普段なら鬼の目にも涙なんて言って話のネタにするところだが、もちろんそんな不謹慎なこと誰も口にしなかった。
 けれどそんな矢場を見て長針は羨ましく思った。
 亡者となった長針は涙を流すことさえできなくなっていた。
 こんなにも悲しくて悔しいのに目尻は熱を帯びるだけで涙なんて一滴も出やしない。
 皆と一緒に感傷に浸りたかったわけではないが、泣きながら友人を追悼できる人間味くらい残っていて欲しかった。
 鬱屈とした空気のまま皆は無言で解散していった。
 岡持を轢いた犯人は事故の当日の夜には捕まって今は留置所にいるらしいがそんなこと何の慰めにもならなかった。
――岡持が死んだ。
 長針が知る限り誰よりも真っ直ぐで真剣に未来を描いていた。
 ひたむきに一つの夢だけを追いかけていた。
 そんな岡持が、未来ある生者の友人が亡者となった自分のもとから離れていったのが悔しかった。
 神様は公平で、だからこそ不公平だ。
 気付くと長針はいつの間にか家の前にいた。どこをどう歩いてきたかよく思い出せない。学校と葬儀場の間を送迎バスで移動したところまでは覚えていた。それぐらい意識は散漫で未だに岡持の死を受けいれられずにいた。

(なんであいつが死ななきゃいけなかったんだ……なんでこんな運命だったんだよ……?)

 玄関の扉に伸ばしたとき不意に携帯が震えた。

(……時雨?)

 長針は今になって時雨が岡持の葬儀に参列していなかったことを知った。長針自身岡持のことがショックで周囲に気を配る余裕がなかったとは言え、気づくのが遅かった。
 それどころか、自分が死んでいること、屍時計のこと、アテナとの約束でさえどうでもいいことのように思ってしまうほど落ち込んでいた。
 まだ開いてさえいない一通のメールが長針を現実に引きずり戻す。
 と同時、とてつもなく不快な悪寒と胸騒ぎがした。
 長針は湧き上がる焦燥感を抑えながらメールを開いた。

『今すぐ屋敷に来てくれ』

 何の飾り気もない用件だけの一文だった。
 だからこそ、切羽詰っている気がした。
 理由は分からない。
 杞憂であればと願う。
 長針は踵を返し飛び出した。
 この嫌な気分を収めるためにはアテナと時雨に会わなければならなかった。

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