皇子の憂鬱

ナギ

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1:憂鬱の始まりは

オウサマの呪い

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 嘆きの『花鳥の国』を発った猛き『獅子の国』の王は酷く上機嫌だった。
 普段から、人当りよく穏やかな雰囲気の王。その王の機嫌が一層良い。
 そうなると、少し不気味になってきて王の腹心である青年は眉を寄せていた。
「ご機嫌ですね」
「うん、そう? ふふ、そうだね。ご機嫌だね」
 馬車に揺られ、移動を始めてからずっとこの調子。
 上機嫌なベスティアに青年はため息をついた。
「かわいそうに……」
「かわいそうにって。何がだ? 誰が? 俺はララトアを深く愛しているよ」
「はいはい……それがかわいそうになんですけどね。言いくるめて、楽しいですか?」
「言いくるめてなんかない」
 ただ少し、誘導しただけだとベスティアは言う。
 だから、それがだと青年は吐いた。かわいそうに、彼はきっと逃げられない。
 王に囲い込まれてしまうのだろうと青年は思う。
「いくら、お気に入りを見つけたからって」
「お気に入りではないよ。これはね、運命だからね」
「またまた……」
「楽しみだなぁ……彼のために部屋を用意しよう。好みは聞いてきたから」
「は?」
 にこにこと上機嫌。青年は嫌な予感がして、問うた。
 留学の話を取り付けたことは知っている。
 結構です、という返しを良いように受けとって。そしてそこから突き崩したと言う話を青年は聞いていた。
 彼が国にやってくる。それは別に、構わない。しかし、この王が何をする気なのかと不安が募る。
「まさか、王城にお招きするつもりで?」
「そうだけど」
「え、それは……いや、でも国賓だから招くのはいいのか。けれどあの部屋は、だめですよ」
「どの部屋かな」
「代々の正妃方がお使いになる部屋です」
「……だめ?」
「だめです……」
 その部屋の意味をお分かりですよね、と青年は言う。
 ベスティアは笑ってもちろんと答えた。
 だから、そうするのだと。
「俺はね、ララトアが俺の運命だと思うんだ。きっと猛き『獅子の国』の呪いを解いてくれる」
 一目見て、びびっときたんだよねと言うベスティアに、それは呪いを解くだけのために口説いているのかと問えば、それもまた違うと首を横に振る。
 ベスティアは、本当に一目惚れなんだよと少し照れたような。幼い笑みを浮かべて青年は瞬いた。
 そんな表情をするなんて。これは、本当に本当なのだと。
 その気持ちは確かに本物なのかもしれない。けれど、その気持ちの成就と呪いの解呪はまた別の話だ。
「そんな、上手くいくわけがない。ベスティア、呪いだけは」
「そろそろ、『かみさま』が許してくださるかもしれないだろ」
 呪い。
 それは王が継いでいく、呪い。罰なのだ。
 その呪いは、ゆるゆると王を蝕む呪いだった。ベスティアも例外ではなくその呪いを継いで、その身の一部はすでに黒く変色している。
 何代目かの王が『かみさま』の怒りにふれたのだ。
 猛き故の驕り。無為に命を奪った、何者をも踏みにじり、すべてをひれ伏させようとしたその間違い。
 猛き『獅子の国』が世襲とならないのは、その呪い故だ。
 子などできない。王たるものは、王の資格を得たときからその身の色が変じる。
 たとえ黒髪であっても金髪に。たとえ緑眼であっても青眼に。
 そしてじわりと、黒く染まっていく。黒く、黒くその身を染めていく。その場所から感覚は鈍くなりやがて動けなくなるという呪い。
 ベスティアは己の黒く染まる場所へ手を当てる。それは腰のあたりから始まった。今では腹の半分は黒く染まり、心臓に向かってじわりと黒色が迫っている。
 まだ人の目につかないところだから王をしていられるのだ。
 ベスティアにその黒色が現れるのは、代々の王より早かった。先王の下で、王の資格を得て勉強していた時からすでにそれは始まっていたのだ。
 それにたくさんの者が嘆いたが、ベスティア自身はあっけらかんと笑っていたのだ。
「あと10年もしないうちに次の王が現れるよ、きっと」
「あなたは……あの死に様をみても笑っていられる人でしたね」
「うん? ああ……まぁ、王になっちゃったら仕方ないと思うからね」
 先王も、笑っていたじゃないかとベスティアは言う。
 先王は言っていた。
 これは呪いであるが祝福。『かみさま』は慈悲深い。間違いの罰を王だけに下した。
 他のものは、許されていると。
 王であるものには、王であるにふさわしいものである為の試練でもあると。
 俺もそう思いますと返した事をベスティアは覚えている。
 体のすべてが黒く染まって死に絶えた、先王との最後の言葉だ。
「早く来月になるといいな」
「時間がたてばなります」
 王のわがままにはいつも振り回されている青年は、諦めたかのように言葉零した。
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