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別れと、出会い
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「すまない、アイラ。私はライアと婚ぐことに、した」
その言葉は私、アイラ・シュゼッテにとって。
まさに青天の霹靂。そのあとの言葉など、もちろん耳に入らなかった。
いえ、入っていたのかもしれないが右から左へと流れていくだけの、言葉だ。
「お前を嫌いになったわけではないよ、アイラ。アイラ、私は」
「ゼルジュード様」
「……ライア……」
「ゼルジュード様、時間です。ワタシと一緒に、早く報告に参りましょう?」
にこりと笑みを浮かべるかわいらしい少女。
私の双子の、妹の、ライアだ。
ライアと私は似ていない。かわいらしいライアと凡庸な私。
けれど、ゼルジュード様は私を好いて、そしてきっと『この時』が来たら私を選んでくれると思っていた。
どうやらそれは、私のうぬぼれだったらしい。
ゼルジュード様が選んだのは、ライアだったのだから。
ゼルジュード様は、人ではなく。この世のあらゆるものである精霊の一柱だ。
人に近い姿を持つゼルジュード様は、精霊の中でも特別な方。金色の髪と瞳、キラキラ輝く、その存在。
精霊と婚ぐ――契約は一生に一度の特別なものだ。
その相手は自分で見つけるもの。それも16歳までに、だ。
17歳になっても相手が見つかっていないと、精霊の姿は全て見えなくなる。
私は今、16になったところだ。
約一年。その間に、相手を探さないといけない。
けれど、精霊との契約は望んだからと言ってすぐできるものではないのも知っている。
ゼルジュード様はあちらから、私の――私とライアのもとに現れたのだ。
ああ、心が淀む。
うらやましい、だとか。ねたましい、だとか。
そう言った感情をライアにまったくもっていなかったわけではない。
けれど、今それがどろどろと心の奥底で渦巻いている。
両親もかわいいライアを贔屓して、周囲ももちろんライアを引き立てて。
私には目もくれない。
そんな中でゼルジュード様は笑みかけてくれた。私の方が、ゼルジュード様と長く時間を過ごしているとも、思っていたのに。
裏切られたのだろうか。
私を、選んでくれると思っていたのに。
つい先日、私の手をとって、指先に口づけてくれた。
それは契約しようという意志だと思ったのに。
私はその口づけられた右手の指先を見つめる。
あんなにあたたかかったはずのその場所が冷えていくような感覚しか、なかった。
「あは」
私ってとってもみじめね、と薄ら笑う。
これからどうしよう。精霊と契約しなくても、問題はない。
ただこの家から追い出されるだけだろう。
精霊を持たぬ貴族は存在する価値もないのだから。
別にそれでもいい。それに契約しなければ。
もうゼルジュード様のお姿を見ることもできなくなる。姿を見るたびにつらくなる、ということもなくなるのだから。
「それもいいかもしれないわね」
絶望しているわけではない。
ただ、心は空虚だ。
何もかも、無くなってしまって冷たい風が吹いているような、そんな気持ち。
『なぁ、お前。光の五位から見放されたのか?』
「え……?」
『ああ、やっぱりそうだな。そうだ、あいつの気配が薄い……そうかそうか、うんうん』
あれは馬鹿だな、と。
目の前に声落ちた。
とろりと闇色。髪も瞳も闇の色。
「なぁ、それなら俺と契約――婚がないか?」
突然現れた、自分と同じくらいの少年の姿をしたもの。間違いなく精霊だった。
精霊しかおこし得ぬ登場だったのだから。
「あいつのことを想っていたいか」
「!」
「けど、俺のものになってくれるなら、特別、それをしばらく、許してやるよ」
「な、に……」
「あいつのことを想っていて、いーよ」
そうそうすぐに、忘れられやしないだろうとその少年は笑う。
人懐こい笑みを浮かべて、だ。
「あなた……精霊、よね? そんな、いきなり」
「そうそう、俺は精霊だ。別にいきなりではないぜ。俺はお前のことを見てたからな」
あいつが気にかけている者はどんなやつだろうって思って、と少年は言う。
なんだかそれは含みのある言い方だった。
私は恐る恐る、あなたの名前はと尋ねた。
精霊の口から、その精霊の名を教えてもらうことは、とても大事なことだ。
偶然聞いた程度では、問題にならない。
その精霊が自分から意志をもって名乗る。私は目の前の少年が信じられなくて、試すようなことを言っている。
「うん、名前ね……何だったかな」
「名前がないの?」
「いや、ある。あるがしかし、今の俺では思い出せない」
俺には今、力が足りないからなと少年は言う。
名前を思い出すには、契約が必須なのだと続けた。
そんな精霊の話はもちろん、きいた事はない。
「なぁ、だから俺のためでもある。お前のためでもある」
「私の、ため?」
「そう、俺がどんなものからもお前を守ってやる。それくらいの力は十分ある」
「……守られることなんて」
望んでいないわ、と私は零す。
それでも目の前でからからと少年は笑うのだ。
「騙されたと思って、俺の手をとれよ」
ほら、と差し出す。その伸びた爪までも黒い。
この手を取って良いと、なぜか思えなかった。
けれど、さぁと促されて。
少しばかり、色々なことがどうでもよくなっていた私はその手に、自分の手を重ねた。
ぎゅっと握りこまれたその手が熱い。
あの柔らかなあたたかさが激しいあつさで上書きされていくような、そんな感覚だった。
「ああ、これで俺はお前といられるな」
誰にも邪魔はさせないと口の端をあげて笑う。
過激で、凄絶で、それだけでなく満ち足りた笑みだと、私は思った。
その言葉は私、アイラ・シュゼッテにとって。
まさに青天の霹靂。そのあとの言葉など、もちろん耳に入らなかった。
いえ、入っていたのかもしれないが右から左へと流れていくだけの、言葉だ。
「お前を嫌いになったわけではないよ、アイラ。アイラ、私は」
「ゼルジュード様」
「……ライア……」
「ゼルジュード様、時間です。ワタシと一緒に、早く報告に参りましょう?」
にこりと笑みを浮かべるかわいらしい少女。
私の双子の、妹の、ライアだ。
ライアと私は似ていない。かわいらしいライアと凡庸な私。
けれど、ゼルジュード様は私を好いて、そしてきっと『この時』が来たら私を選んでくれると思っていた。
どうやらそれは、私のうぬぼれだったらしい。
ゼルジュード様が選んだのは、ライアだったのだから。
ゼルジュード様は、人ではなく。この世のあらゆるものである精霊の一柱だ。
人に近い姿を持つゼルジュード様は、精霊の中でも特別な方。金色の髪と瞳、キラキラ輝く、その存在。
精霊と婚ぐ――契約は一生に一度の特別なものだ。
その相手は自分で見つけるもの。それも16歳までに、だ。
17歳になっても相手が見つかっていないと、精霊の姿は全て見えなくなる。
私は今、16になったところだ。
約一年。その間に、相手を探さないといけない。
けれど、精霊との契約は望んだからと言ってすぐできるものではないのも知っている。
ゼルジュード様はあちらから、私の――私とライアのもとに現れたのだ。
ああ、心が淀む。
うらやましい、だとか。ねたましい、だとか。
そう言った感情をライアにまったくもっていなかったわけではない。
けれど、今それがどろどろと心の奥底で渦巻いている。
両親もかわいいライアを贔屓して、周囲ももちろんライアを引き立てて。
私には目もくれない。
そんな中でゼルジュード様は笑みかけてくれた。私の方が、ゼルジュード様と長く時間を過ごしているとも、思っていたのに。
裏切られたのだろうか。
私を、選んでくれると思っていたのに。
つい先日、私の手をとって、指先に口づけてくれた。
それは契約しようという意志だと思ったのに。
私はその口づけられた右手の指先を見つめる。
あんなにあたたかかったはずのその場所が冷えていくような感覚しか、なかった。
「あは」
私ってとってもみじめね、と薄ら笑う。
これからどうしよう。精霊と契約しなくても、問題はない。
ただこの家から追い出されるだけだろう。
精霊を持たぬ貴族は存在する価値もないのだから。
別にそれでもいい。それに契約しなければ。
もうゼルジュード様のお姿を見ることもできなくなる。姿を見るたびにつらくなる、ということもなくなるのだから。
「それもいいかもしれないわね」
絶望しているわけではない。
ただ、心は空虚だ。
何もかも、無くなってしまって冷たい風が吹いているような、そんな気持ち。
『なぁ、お前。光の五位から見放されたのか?』
「え……?」
『ああ、やっぱりそうだな。そうだ、あいつの気配が薄い……そうかそうか、うんうん』
あれは馬鹿だな、と。
目の前に声落ちた。
とろりと闇色。髪も瞳も闇の色。
「なぁ、それなら俺と契約――婚がないか?」
突然現れた、自分と同じくらいの少年の姿をしたもの。間違いなく精霊だった。
精霊しかおこし得ぬ登場だったのだから。
「あいつのことを想っていたいか」
「!」
「けど、俺のものになってくれるなら、特別、それをしばらく、許してやるよ」
「な、に……」
「あいつのことを想っていて、いーよ」
そうそうすぐに、忘れられやしないだろうとその少年は笑う。
人懐こい笑みを浮かべて、だ。
「あなた……精霊、よね? そんな、いきなり」
「そうそう、俺は精霊だ。別にいきなりではないぜ。俺はお前のことを見てたからな」
あいつが気にかけている者はどんなやつだろうって思って、と少年は言う。
なんだかそれは含みのある言い方だった。
私は恐る恐る、あなたの名前はと尋ねた。
精霊の口から、その精霊の名を教えてもらうことは、とても大事なことだ。
偶然聞いた程度では、問題にならない。
その精霊が自分から意志をもって名乗る。私は目の前の少年が信じられなくて、試すようなことを言っている。
「うん、名前ね……何だったかな」
「名前がないの?」
「いや、ある。あるがしかし、今の俺では思い出せない」
俺には今、力が足りないからなと少年は言う。
名前を思い出すには、契約が必須なのだと続けた。
そんな精霊の話はもちろん、きいた事はない。
「なぁ、だから俺のためでもある。お前のためでもある」
「私の、ため?」
「そう、俺がどんなものからもお前を守ってやる。それくらいの力は十分ある」
「……守られることなんて」
望んでいないわ、と私は零す。
それでも目の前でからからと少年は笑うのだ。
「騙されたと思って、俺の手をとれよ」
ほら、と差し出す。その伸びた爪までも黒い。
この手を取って良いと、なぜか思えなかった。
けれど、さぁと促されて。
少しばかり、色々なことがどうでもよくなっていた私はその手に、自分の手を重ねた。
ぎゅっと握りこまれたその手が熱い。
あの柔らかなあたたかさが激しいあつさで上書きされていくような、そんな感覚だった。
「ああ、これで俺はお前といられるな」
誰にも邪魔はさせないと口の端をあげて笑う。
過激で、凄絶で、それだけでなく満ち足りた笑みだと、私は思った。
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