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受容
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麻痺している。
擦傷だらけの足に砂が入り込む微痛や眼窩・肋骨の下あたりの痣。𠮟責すらも気にならなくなったのはうれしかった。あの家から逃げ出した事実が自分にとってこんなにも安心を齎すのだと驚いた。波のさざめく音がする。なつかしい幸福を思い出して、ずっと強張っていた表情が少し緩む。視界がすこしぼやけて水滴の感覚と一緒に正常に戻る。
もうすぐ、逢える。
走りたかったけれどできなかったから、身体が痛まない程度に歩みを早める。沈みかかった太陽の所為で少し寒い。でも風は緩やかで、遠くから聞こえる蜩が彼女の輪郭を鮮明にしてくれた。
渚で足を止める。冷たくて、少し痛む。
久しく声を発していなかったから上手く伝わるかわからないけれど、約束してくれたから屹度応えてくれるだろうと自分に言い聞かせて、何回か練習して言う。
「お願い、つれてって」
静寂。息が震える。
「いいの?」
「・・・、あのひとは、その方が幸せだと思うから」
そしてあたたかな海水に包まれた。痛みはもうなくて、眠りへ落ちていくような心地がした。眼を開けられることに気付いて、少し上を見るとあの時のままの姿で彼女はわたしを抱擁していた。ずっとひとりだったから、余生をこうして過ごせることの幸福がひたすらに心身を癒してくれていた。
雪がみえた。ひかりが広がっていくのが、とても綺麗だった。
あの家にいたのは、そこに住む人間の病を治す為だった。寿命が実際よりもずっと早まってしまうという症状で、原因はかみさまの調整・管理不足。わたしは寿命を他対象に分け与えることが出来たから、治る迄分けた。
彼は人間の世に馴染めないわたしを家族として受け入れてくれた。でも症状が進行するにつれて注いでくれていた視線は憎悪へ変わってしまった。外見が人間の子どもだから追い出されはしなかったものの、暴力的な接し方をされるようになった。それでも恩は返したかった。せめてそれだけはと、聞いてくれなかったとしてもあの時に差し伸べてくれた手を嘘だと思いたくなかった。
それが終わった時、手紙を認めると外出したのを見計らい、家を後にした。
「そろそろ着くよ」
「ありがとう」
彼女、法面《のりも》と初めて会った日は明確に思い出せない。物心ついた時には既に実の母親と同義の存在で、暫く会えなくなる迄は二人で生活をしていた。
肉親はどんなひとだったのかも、覚えていない。今も時々思い出そうと頑張るけれど面影や痕跡の一つ見つけられなかった。寂しくは感じたけれど、それ以上の愛情があったから幸せと言える日々だった。
暗闇が晴れる。浅瀬の底にいるみたいな日の光が差し込んでいて、泡と流水の音が聞こえた。
「煙草、やめたの?」
「ああ、見た目が見た目だし、人間はそういうの結構気にするから。だいぶ前だけれど。12年くらい前、だったかな」
「そっか」
「12年前・・・、それしか経ってなかったんだ」
「言ったでしょ?」
「ああ。わたしに限ってとか思っていたから」
「結構好きだったんだけれどな、煙草の匂い。落ち着く感じがして」
「落ち着くって、普通に何処でも市販されているセヴン・スタアが?」
「そんなに?」
「昔から思ってたけれど、珍しい気がする」
「まあ、別に吸う訳でもなかったし」
「今度久々に吞もうかな。うまいし」
「火の始末と吸い殻には気を付けてね」
「ああ、わかった」
擦傷だらけの足に砂が入り込む微痛や眼窩・肋骨の下あたりの痣。𠮟責すらも気にならなくなったのはうれしかった。あの家から逃げ出した事実が自分にとってこんなにも安心を齎すのだと驚いた。波のさざめく音がする。なつかしい幸福を思い出して、ずっと強張っていた表情が少し緩む。視界がすこしぼやけて水滴の感覚と一緒に正常に戻る。
もうすぐ、逢える。
走りたかったけれどできなかったから、身体が痛まない程度に歩みを早める。沈みかかった太陽の所為で少し寒い。でも風は緩やかで、遠くから聞こえる蜩が彼女の輪郭を鮮明にしてくれた。
渚で足を止める。冷たくて、少し痛む。
久しく声を発していなかったから上手く伝わるかわからないけれど、約束してくれたから屹度応えてくれるだろうと自分に言い聞かせて、何回か練習して言う。
「お願い、つれてって」
静寂。息が震える。
「いいの?」
「・・・、あのひとは、その方が幸せだと思うから」
そしてあたたかな海水に包まれた。痛みはもうなくて、眠りへ落ちていくような心地がした。眼を開けられることに気付いて、少し上を見るとあの時のままの姿で彼女はわたしを抱擁していた。ずっとひとりだったから、余生をこうして過ごせることの幸福がひたすらに心身を癒してくれていた。
雪がみえた。ひかりが広がっていくのが、とても綺麗だった。
あの家にいたのは、そこに住む人間の病を治す為だった。寿命が実際よりもずっと早まってしまうという症状で、原因はかみさまの調整・管理不足。わたしは寿命を他対象に分け与えることが出来たから、治る迄分けた。
彼は人間の世に馴染めないわたしを家族として受け入れてくれた。でも症状が進行するにつれて注いでくれていた視線は憎悪へ変わってしまった。外見が人間の子どもだから追い出されはしなかったものの、暴力的な接し方をされるようになった。それでも恩は返したかった。せめてそれだけはと、聞いてくれなかったとしてもあの時に差し伸べてくれた手を嘘だと思いたくなかった。
それが終わった時、手紙を認めると外出したのを見計らい、家を後にした。
「そろそろ着くよ」
「ありがとう」
彼女、法面《のりも》と初めて会った日は明確に思い出せない。物心ついた時には既に実の母親と同義の存在で、暫く会えなくなる迄は二人で生活をしていた。
肉親はどんなひとだったのかも、覚えていない。今も時々思い出そうと頑張るけれど面影や痕跡の一つ見つけられなかった。寂しくは感じたけれど、それ以上の愛情があったから幸せと言える日々だった。
暗闇が晴れる。浅瀬の底にいるみたいな日の光が差し込んでいて、泡と流水の音が聞こえた。
「煙草、やめたの?」
「ああ、見た目が見た目だし、人間はそういうの結構気にするから。だいぶ前だけれど。12年くらい前、だったかな」
「そっか」
「12年前・・・、それしか経ってなかったんだ」
「言ったでしょ?」
「ああ。わたしに限ってとか思っていたから」
「結構好きだったんだけれどな、煙草の匂い。落ち着く感じがして」
「落ち着くって、普通に何処でも市販されているセヴン・スタアが?」
「そんなに?」
「昔から思ってたけれど、珍しい気がする」
「まあ、別に吸う訳でもなかったし」
「今度久々に吞もうかな。うまいし」
「火の始末と吸い殻には気を付けてね」
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