記憶の破片

たくの

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記憶の断片を追う旅 続

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優斗が病室を出てから、私はしばらくぼんやりと窓の外を見つめていた。秋の空は高く、木々は赤や黄色に染まり始めている。冷たい風が窓をかすかに揺らして、私は思わず肩をすくめた。

「自分の世界か……」

優斗の言葉が頭の中で繰り返される。自分の世界――それは、かつての私が大切にしていたものらしい。けれど、今の私にはその世界が何なのか、どんな場所だったのかさえ思い出せない。もしそれが取り戻せるのなら、私自身も見つかるのだろうか?

「でも、どうやって……?」

ふと、テーブルに置かれた手紙が目に入る。「未来のあなたより」と署名された、その短いメッセージ。手がかりを探せ、と書かれている。何かが隠されている。それを見つけ出せば、記憶を取り戻すことができるのだろうか。

「隠れている……」

その言葉に心が引き寄せられる。記憶は消えたわけではない。どこかに「隠れている」。手がかりを見つけさえすれば、私は――。

退院してから数日が経った。家に戻った私は、まるで自分の家ではない場所にいるような感覚に苛まれ続けている。家具の配置、飾られた写真、キッチンに置かれたカップや食器――それらすべてが馴染みのあるもののはずなのに、私には何一つとして思い出せない。まるで、他人の家に迷い込んでしまったような違和感が続く。

家族は私を気遣い、そっとしておいてくれている。彼らの思いやりはありがたいけれど、その優しさがかえって重く感じられた。私は一人で自分の記憶を追いかけなければならない。けれど、どこから始めればいいのか、まったく分からなかった。

そんなとき、また手紙が届いた。今回は郵便ポストではなく、玄関先に置かれていた。誰が届けたのかは分からないが、封筒にはやはり「美咲へ」とだけ書かれている。前回と同じく、自分の字だ。

恐る恐る封を開けると、またもや短いメッセージが書かれていた。

「絵を描くことを思い出して。そこに答えがある。」

絵……。それは母や優斗も言っていたことだ。私はかつて、絵を描くことが好きだったらしい。でも今の私は、キャンバスを前にしても何を描けばいいのか、まったく想像がつかない。

「でも、やってみなきゃ……」

メッセージに従うしかない。私は部屋の隅に置かれていた画材の入った箱を取り出した。中にはスケッチブックや鉛筆、そして少し乾きかけた絵具のセットが入っている。どれも手に馴染むような気がするけれど、それでも何を描けばいいのかは分からないままだった。

スケッチブックを開き、鉛筆を手に取る。白いページが目の前に広がると、少しだけ心臓が高鳴った。無意識に手が動き出し、ページに線を引き始める。細い線が、いくつも重なり合っていく。

何を描いているのか分からない。ただ、手が自然と動くままに任せてみる。集中していると、周りの音が次第に遠のいていく。まるで私が引いた線が何かを呼び覚まそうとしているかのように。

気づくと、紙には小さな風景が描かれていた。木々が立ち並び、その先には草原が広がっている。そして、中央には一人の女性――私自身かもしれない――が立っている。

「……ここは、どこ?」

見覚えがないはずなのに、どこか懐かしい場所に思えた。この場所を私は知っている? でも、それがどこなのか思い出せない。自分の手で描いたのに、他人の絵のような気がした。

その夜、私はその絵を見つめながら眠りに落ちた。夢の中で、私はその風景の中に立っていた。草原の中、風がそっと吹き抜ける。そして、遠くの森から誰かが私を呼んでいるような気がした。

「美咲……」

振り返ると、そこには誰もいない。けれど、その声は確かに私を呼んでいた。何かが近づいている。私の記憶の欠片――それが、手を伸ばせば届きそうなところにある気がした。

目を覚ますと、まだ夜が明ける前だった。薄暗い部屋の中で、私は何かに突き動かされるようにベッドを抜け出した。夢で見た風景が、頭の中で鮮明に残っている。あの草原、あの木々――どこかで見たことがあるはずだ。

私はもう一度スケッチブックを手に取り、今度は鉛筆ではなく絵具を使った。夢で見た光景を、手の中にある色で再現しようとした。黄色い草原、青い空、遠くに霞む木々の緑――手が自然と動いていく。

描き終えると、そこに現れた風景は、まるで写真のように鮮明だった。

「これが……私の記憶?」

絵をじっと見つめていると、またあの声が頭の中で響いた。「美咲……」 それは遠い昔に私を呼んでいた誰かの声だ。けれど、まだはっきりとその声の持ち主が誰なのかは思い出せない。

しかし、私は確信した。この風景には、何かが隠されている。私が忘れてしまった何か重要なものが、この場所にある。そしてそれは、私自身が取り戻すべき「欠片」なのだ。

再び玄関のベルが鳴った。私はスケッチブックを手に取り、慎重に扉を開ける。そこには誰もいなかったが、また新しい手紙が一通、足元に置かれていた。

震える手で封を開けると、そこにはこう書かれていた。

「その場所に行って。そこで待っている。」

私はその手紙を握りしめながら、胸の鼓動が速くなるのを感じた。どうして私にその場所を知っていると言えるのだろう? 誰がこれを書いているのか。未来の私だと言っているが、本当にそれが私自身なのだろうか?

疑念はある。けれど、それ以上に、私はその場所に行かなければならないという衝動に突き動かされていた。そこに、私の失われた記憶があるのかもしれない。いや、そこに行かなければ私は永遠に自分自身を取り戻すことができない。

翌日、私はその絵に描かれた場所を探すために出かけた。家族には何も告げず、ただ「少し散歩してくる」とだけ言って。夢の中で見た風景――それはおそらく、この街の外れにあるはずだ。心の中で何かが、私をその場所へと導いている。

歩いていると、胸の中で記憶の断片が少しずつ形を成していくような感覚があった。私は誰だったのか? なぜ記憶を失ったのか? その答えが、もうすぐ手に届く場所にある気がしてならなかった。

街の外れにある小さな森が見えてきた。風が吹き抜け、木々がざわめく音が私を包み込む。夢で見た風景が、現実のものとして目の前に広がっている。

「ここだ……」

私はその森の中へと足を踏み入れた。記憶の欠片を探す旅が、いよいよ始まったのだ。

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