【R18】悪魔堕ちしたおっさん剣聖が自分が育てた年下魔女に捕まる話

いずみ

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悪夢と酒浸りの日々

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 王都の冒険者ギルドに最近登録し、最弱のDランクである魔女メルセデスは、気付けばどこか俯瞰的なポジションから一人街を見下ろしていた。

 メルセデス自身は、目の前に広がる王都の光景が夢である事は十分理解していたが、あり得ないほどリアルで悲惨な状況を前に、息を呑む事しか出来ない。

 普段であれば王都の大通りは、人やら馬車やら魔法車やらが行き交い大変な人混みで、メルセデスをいつも苛立たせるのだが、夢の中のそこに人の姿はなく酷く閑散としている。
 それどころか、綺麗に整備されていた石畳は捲れ上がり、店はどこも強奪か暴動でもあったかの様に叩き潰されていた。

(何……? 何なのよ、この夢は……)

 王都を象徴する巨大な時計塔は、肝心な塔の部分が破壊され無惨な姿を晒している。
 本来の色ではあり得ない黒檀のような黒い太陽が浮かぶ真っ赤な空は、夕焼けというにはやけに悍ましく、黒紫色の雲の隙間からは時折稲光が走っている。その雲から降り注ぐ灰色の雨は少し粘度があり、触るのも不快だが避けようがない。

 王都の外に意識を飛ばせば、何かの黒い粘液により大地は汚染され草木一本生えておらず、清涼で底が見えるほど美しかった河川は干上がり、川底だった場所はどこまでもヒビ割れて荒寥としていた。

 メルセデスは、この世界の終末のような光景に震えが止まらない。夢は人の深層心理が生み出す願望が具現化する事もあると誰かから聞いていたが、自分の想像を超えるものすら見ることがあるのか不思議に思った。

 そして、その黒い太陽を背にして立っている男がいる。
 上から下まで真っ黒の重鎧を身を纏った偉丈夫で、筋骨隆々とした威圧感ある姿は、見覚えがあり過ぎる。
 少しウェーブがかった濃灰色の髪に黒曜石の瞳を持つ彼は、三十歳を超えているとは思えない程若々しく精悍だ。彼の仕事の関係でギルドに一緒に連れて行ってもらった時は、多数の女の冒険者が彼に群がり、その度に心の奥にザラついた気持ちが湧いたものだ。

「……──ッ!! ……──ッッ!!」

 メルセデスは必死に彼の名を呼ぶが、その声は霧散し闇夜に消える。

 目の前で佇む男はやつれて眼窩が落ち窪んでおり、その生気のない顔はメルセデスの記憶の人物かも疑わしいレベルだった。

 彼は見た事もない程に悲壮な顔をして、破壊の限りをし尽された王都にただ一人で佇んでいた。

 ♦︎♦︎♦︎

 グリフィス王国の王都エンダールにある人気の酒場『一角トカゲの丸焼き亭』は、今日も大盛況だ。
 冒険者ギルドの総本部があるここには、一介の冒険者は勿論のこと、仕事を終えた職人や商売人が集まり、金の尽きる限り飲み食いして騒いでいる。

「……ディル爺っ! ワイン、もう一杯ちょうだいよ」

 メルセデスはカウンター席に座り、グイッとワイングラスを傾け、中身を全て飲み干した。
 メルセデスは大きな黒い魔導士用の帽子を目深に被り、時折覗く少し勝ち気に見えるアメジストの大きな瞳と、燃えるような赤毛が印象的だ。魔導士らしく身体にフィットした黒いスリットドレスを着ているが、胸元が少し心もとないため一生懸命寄せて上げている。

「はいよっ!……て、なんだメルセデスか。お前に飲ませると、エドワルドがうるせーんだよなぁ」

 メルセデスにディル爺と呼ばれた酒場を取り仕切る親父は、片目に巨大な傷跡がある五十代後半の渋い髭面の男だった。
 元々名の知れた冒険者だったらしいが、今は引退しギルドに併設された酒場の看板親父として腕を振るっている。

「もーっ!! エドの話はしないでちょうだいっ! 私だってもう十八歳だし、冒険者に登録して自立してるんだから立派な大人よ!」

 メルセデスは酒場の親父にプンッと怒り、そのままワインボトルをひったくりグラスに注いだ。

(これが、飲まずにいられるかってのよ……っ!)

 ただでさえ連日の悪夢に続いて、テーブルの上の新聞を破り捨ててやりたい衝動を必死で耐えているのに、これ以上何を耐えれば良いのか。

 乱雑にテーブルに置かれたグリフィス王国新聞のトップ記事には、デカデカと【速報!!聖女リリーツェ・エルナーと王太子ライオネル・グリフィスが結婚を発表ッッ!! Sランク冒険者エドワルド・ガジェットとはすでに破局していたっ?!】と、下品なフォントで書いてある。

(結局、エド……捨てられてるんじゃない。信じられない)

 エドワルドは冒険者だったメルセデスの父親の弟子だった男で、高い神聖力と剣技を併せ持つ剣聖と呼ばれる存在だった。
 ゴシップ新聞は、エドワルドが自らの過去にまったく固執しない性格なのをいい事に、彼の出生を暴いては色々嗅ぎつけ、面白おかしく書き立てている。
 だが、今回の記事は王室関係のものなので、信憑性は非常に高い。

 エドワルドはどこぞの貴族の庶子で、幼い時から無理やり神殿に孤児として入れられていた。 
 しかし、その高い能力で十三歳ですぐに冒険者としてギルドへの登録を果たし、その五年後には歴代最年少でSランク冒険者として名を馳せて行ったそうだ。

 エドワルドのその辺の物語以上のロマン溢れるサクセスストーリーは、世の男子の心を掴み、他国にも語り継がれるほどだった。

 そんな伝説級のエドワルドとの出会いは、メルセデスが八歳の時に実の両親が不慮の事故で亡くなった事にある。
 当時メルセデスが住んでいた『魔導士の村』は高齢化が進み、誰も彼女の面倒を見れる者がいなかった。突如孤児となってしまったメルセデスは厄介者扱いされ、生活はどんどん荒んでいき、いつ売られるか死ぬかわからない状況だった。
 そんな中、どこで聞きつけたのか師匠の子供のピンチを救いに来たのが、当時まだ二十代前半だったエドワルドだった。
 彼はメルセデスの後見人として名乗りをあげ、滅びゆく陰気な村からメルセデスを連れ出してくれたのだ。
 エドワルドはぶっきらぼうながらメルセデスをひたすらに可愛がり、二人だけの家族として十年間共に過ごした。

 体内に宿す神聖力の強さは、自身の持つ博愛がどれほどあるかによるという研究者もいる。
 今のところ諸説あるうちの一説に過ぎず、立証はされていないものの、いくら師匠の子供だといって自分の最もいい時期を子育てで奔走していたエドワルドを見ると、あながち間違った説ではなさそうだ。

 メルセデスはなんの疑問もなく『エドワルドと自分は、このまま結婚するのだろう』と、ずっと確信していた。
 エドワルドは十年の間に特定の恋人がいた様子もなく、任務が終わればメルセデスのいる家に常に真っ直ぐ帰ってきた。
 意を決して一度エドワルドに「恋人を作らなくていいのか」と尋ねた事もあったが、答えは必ず「俺は、メルで手がいっぱいだ」と、笑って言ってくれていたので完全に『自分は女としても愛されている』と、すっかり勘違いしていたのだ。

(勝手に期待して、勝手に真に受けて……バッカみたい)

 "大切な人"という概念が他人同士だと認識が大きく異なるなど夢にも思わずに、自分の都合よく物事を考えてしまうのはメルセデスの昔からの悪い癖だった。
 
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