【R18】悪魔堕ちしたおっさん剣聖が自分が育てた年下魔女に捕まる話

いずみ

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黒兎の精霊アース

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 メルセデスは形にこだわるタイプで、エドワルドとこのまま結婚でもいいのだが、どうせなら恋愛小説の様に段階を踏みたいと考えていた。

 "どこかの王国の騎士が乙女の前に跪き、生涯変わらぬ愛を誓う"

 そんな素敵な恋物語が、メルセデスのお気に入りなのだ。

 国からの要請を受けて、高位悪魔討伐の長期遠征から帰ってきたエドワルドを豪勢な食卓で労い、食後に十分なムードを作った後で想いの丈をぶつけた。

『──悪い……お前の事を、そういう目で見る事は出来ねぇ。俺みたいなオッサンじゃなくて、もっと自分にあった若い奴を見つけな』

 この言葉が、メルセデスの一世一代の告白に対するエドワルドが出した答えだった。

 この時の彼の顔は、とても穏やかな顔をしており、それが尚の事エドワルドの本気の拒絶の姿勢に見えた。
 メルセデスは足元が抜け落ちるかと思うほどの絶望に混乱して、泣きながら捨て台詞を吐き、その日のうちに家を飛び出した。
 それ以来、この宿屋兼酒場に身を置いている。その後、すぐにエドワルドから禁じられていた冒険者への登録も済ませて、簡単な討伐や採取の仕事以外、ずっとこの酒場に入り浸っていた。

 最初はすぐに帰るつもりだった。メルセデスが突然いなくなり、エドワルドも寂しがっているに違いないと、そう信じていたから。
 しかし、メルセデスが家を飛び出して僅か三日後の新聞に、聖女リリーツェ・エルナーの住まいの神殿から朝帰りのエドワルドが出てくるスクープがすっぱ抜かれ、今回の様に一面にトップ記事として掲載されてからは日々やけ酒の毎日だった。

 リリーツェは聖女の名に相応しい美人で、黄金の髪に翡翠の瞳、何より豊かな胸が印象的だった。
 正教会で測定された神聖力が最も高い女性を聖女として崇め、聖女が二十歳の誕生日になると、彼女が夫にと望んだ未婚の男性と結婚ができるという、この国に伝わる古くからの習わしがあった。
 大勢の中で美しい聖女から選ばれる。それはこの国に住まう男達みんなの夢であり、女の子達もみな聖女であるリリーツェに憧れていた。

 告白が失敗して家を飛び出してから三ヶ月も経てば、だいぶ頭が冷えてくる。思えば拙い告白だった。あんな子供じみた告白では、エドワルドは大層呆れただろう。
 もしくは子供の戯言だと聞き流されているかだが、真剣な想いを大人の顔をして聞き流されている可能性を考えるだけで屈辱で死にたくなってくる。

 あんな破滅的な夢を見たのも、きっと自暴自棄になっている今の自分を表しているのかもしれない。

(魔導士の見る夢は予言になり得るって聞いた事があるけど……まさかね)

 ままならない自分勝手な思いにクダを巻きながら、一気にワインを煽った。

「嘘つきは嫌い……そばにいるって言ってたのに、いざとなれば突き放すエドも。私の一番大切なものを奪ったくせに、あっさり捨てる聖女も……みんな、みんな大っ嫌い……っ!!」

 大人の都合のいい二律背反な言動に、メルセデスはひどく傷ついていた。

♦︎♦︎♦︎

 メルセデスは、こう見えて酒が強い方だと自負している。いくら飲んでもまったく酔わないため、いつも通りカパカパと遠慮なしに飲んでいると、ふと肩に暖かな温もりを感じた。

《メル ココ 居タ》

 頭の中にカタコトの可愛らしい声が響きそちらへ目をやると、小さな黒ウサギに小鳥の羽が生え、黄金の瞳の中は山羊の様に横に瞳孔が開いた可愛い姿の精霊が、メルセデスの肩にちょこんと乗っていた。

(──アースッ! 今日も来てくれたのね!)

 アースは一週間ほど前から急にメルセデスの前に現れた高位精霊で、人間界には不干渉な精霊にしては珍しく人語を解していた。
 精霊は気まぐれで、ちゃんと契約を交わさないとすぐにどこかへ消えていってしまう。
 エドワルドからは『精霊と契約する時は、十分気をつける様に』と、口酸っぱく言われていた。

 しかし、メルセデスは可愛いモフモフであるアースにメロメロで、契約はもはや時間の問題だった。

 アースはスルリと肩から降りて、メルセデスの飲んでいたワインのボトルに肉球をペタペタとくっ付けている。その様子も庇護欲がくすぐられ微笑ましい。

 精霊は古の魔術を使う『魔導士』の血筋でなければ可視できないため、アースを愛でる事を誰かと共有出来ない事が少し寂しかった。
 こんな時に、エドワルドがいれば……という思いが一瞬過ぎってしまう自分が心底嫌になる。

《モウ ボトルの中、アト半分 飲ンデ 一緒ニ寝ル》
「えっ?! 一緒に寝てくれるの?!」

 メルセデスは思わず声に出してしまい、他人の目があるため両手で自分の口を塞いだ。

 こんなモフモフの可愛い生き物と寝起きを共に出来たなら、この胸に広がる寂寥感も少しは癒されるのではないか。

 そう思い、ボトルをグラスにも注がずに一気に仰ぐ。

 さっきまで飲んでいたはずのワインとは味も風味も違っていたが、構わず残さず飲み込んだ。

 ──フワフワフワフワ……とても、気持ちがいい。

 視界が歪み、正常な判断力が奪われていく。

《……ネェ、メル エドノ所ニ 行コウヨ》
(……ええ? なんでぇ? ……むりだよ)

 アースの声は甘く可愛い声で、誘うようにメルセデスの頭に直に囁いてくる。

みじメナ エドヲ、慰メテアゲナイト。メルノ夢 本当ニナッチャウヨ》

 メルセデスは『女に振られた位で、エドワルドがそんな事をするわけがない』と、思いつつも頭がうまく働かない。

(ねぇ、それ、どういういみ?)
《……アレハ 未来ノビジョンダヨ エドハ 大切ナモノ失ッタショックデ コノ国ヲ、壊シチャウヨ》

 いつもカタコトで、言葉少ななアースにしては、やけに饒舌に話している。

《ダカラ 今度ハ メルガ エドヲ、助ケナイト》
(……でも、私じゃ……相手にされないよ)

 メルセデスの心には、エドワルドから言われた「そういう目で見れない」という言葉が深く突き刺さっていた。

《……大丈夫 僕ト契約ヲ、スレバ メルモ、エドモ助ケテアゲル》

 頭に甘くアースの声が響いていく。アースはいつのまにかテーブルからまたメルセデスの肩に飛び乗っており、甘える様に頭をすりすりと擦り付けてきた。フワフワモフモフで、あったかい。

(……そう、エドだって、好きだった人に捨てられて、ぜったいさみしいはずだもん)

 自分の都合のいいように段々と思考が傾いていくが、どうにも止められない。

 男女間で慰めるという意味はなんとなく知ってはいた。男女の営みについては恋愛小説でほんのりと知り、この宿屋に来てからは、経験豊富な女冒険者達から男の誘惑の仕方についてレクチャーしてもらった事もある。
 具体的にどういうものなのかまでは経験していないのでよくわからないが、エドワルドとなら試してみたい気持ちはもちろんある。

《──僕ガ 手伝ッテ アゲル》

 アースの瞳孔が横にさらに裂け、黄金の瞳が怪しく光る。

(……うん、わかった。わたし、アースと契約する)

 メルセデスは、ふわふわとした纏まらない思考のまま肯定の返事をしており、その瞬間に彼女の姿は酒場から消えた。
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