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豚肉の腸詰
しおりを挟むメルセデスは心地よい酩酊感のまま、見慣れた森の中にいた。
ここはエドワルドと共に過ごした家の近くの森で、彼とよく狩りをしたり畑を作ったり楽しく十年間過ごしていた場所だった。
酔いのせいか妙に感傷的になり、在りし日々に泣きそうになっていると、あっという間にエドワルドの住む家が目の前にあった。思わず後退りをすると、アースが退路を塞いており、グイグイと背中を押してくる
《ホラホラ、大丈夫ダヨ 僕ガ チカラニナッテ アゲル》
そう言うと、アースはメルセデスも見た事も無い古代魔法陣を展開し、魔法陣内に描かれていた緻密な古代語がメルセデスの体内に入っていった。
「あ、アース……これ、何?」
《勇気ノデル オマジナイ アト 貴重ナ、拘束植物ノ蔓ヲ、アゲル 僕ハ、中ニ入レナイカラ……マスター、頑張ッテ》
拘束植物とは魔力を流せばキツく巻きつくという特性のある植物で、大人の男でも一人で外す事は不可能だ。
この蔓を手に入れるには手続きが必要で、大型モンスターを生捕るといった高難度クエスト以外の使用は基本的に禁止されている。
アースは渡したいものを渡すと、すぅっと闇夜に消えていった。乙女の恋路を全力で応援してくれるとは、なんていじらしい精霊なのか。メルセデスはアースの献身に感動に打ち震え、後ずさった自分を恥じた。
前進あるのみッッ!
今までに感じた事のない万能感が全身を包む。これもきっとアースの施してくれたおまじないの効果なのだろうか。
勢いに任せて、ドアノッカーをガンガンッと強めに叩きつけた。中から出てきたのは、記憶にある通り、鍛え上げ見事な体躯をした、割合元気そうなエドワルドだった。部屋着のペラペラの麻の服を上下に着ており、完全におじさんのそれだが、顔と体が素晴らしいため妙に似合っている。
「──、……メル? メルかっ! 良かった、帰ってきたんだな! 飯は食ったか?」
夢で見たエドワルドは酷くやつれていた為、元気そうな様子に嬉しいと思う反面、メルセデスが三ヶ月もいなかったにも関わらず何一つ変化のない彼に複雑な気持ちが湧き、無言でずんずんと家の中へ歩を進めた。
「……んんっ? なんか酒クセェな。……お前、酒飲んでんのか?」
「そーよ! おとな、ですから!」
ふらふらと家の中に入るメルセデスの背中を見て「……ディルめ。約束が違ぇじゃねぇか」と、エドワルドは舌打ちをした。
「……やくそく?」
ディルとエドワルドはずっと仲が良かった。二人はどことなく似ており、初めは親子なのかとも思ったが、エドワルドが妙に寂しそうに否定したのでそれ以上は聞かない事にしていた。
「あー、いや。……そんな事よりも、呂律もあやしいじゃねぇか。もう寝るか?」
エドワルドは一瞬ばつが悪い顔をした後、ごまかすように頭をかいた。それ以上は言うつもりはないらしい。
エドワルドが何か隠し事をしているようだが、今はそんな事どうでもいい。早くエドワルドを寝室に連れ込まないと。
「うん……もう、ねむたい」
「……ほら、お前の寝室行くぞ」
メルセデスが「エド、だっこ」と両手を上げれば、エドワルドは面倒臭そうな顔をしつつも「仕方ねぇなぁ」と言って、さっと横抱きに抱えて寝室まで運んでいく。
メルセデスの部屋は、出て行った時のまま綺麗に掃除されていた。
寝相の悪いメルセデスのために、エドワルドが買ってきたクイーンサイズのベッドだ。ミスリル製の頑丈な枠で出来ており、軋むという概念すらなく快適な眠りが約束されている。
「ほら……ベッドついたぜ。手ぇ離せ、な? ……っ、うぉっ──ッ!?」
メルセデスをベッドに下ろそうとした瞬間、強めにエドワルドの腕を引っ張り、まんまとベッドに引き摺り込んだ。
はたから見れば、いたいけな少女に大柄な男が覆いかぶさっているという危うい図だが、実際はメルセデスが襲っている側である。
今のところエドワルドからの抵抗はないが、戸惑っている雰囲気が彼から伝わってくる。
「……メル、大丈夫か? すぐに退けるから……このままの体勢じゃ、潰しちまう」
こんな状況でも、どこまでも優しい父親のようなエドワルドにひどく腹が立つ。理性なんて全部なくなってしまえばいいのに。
メルセデスはエドワルドの耳元に唇を寄せた。懐かしいエドワルドの匂いに胸が高鳴る。
「……ねぇ、エド。聖女に、ふられちゃったの?」
予想外の質問だったのか目を見開いたエドワルドに、メルセデスは焦燥を覚える。
「……あ? あ、あー……お前、まーたくだらねぇゴシップ新聞見たんだな? いや別に、ふられちゃいねぇし……ッ?! ん、ンンッ!」
自ら聞いたくせに、エドワルドが聖女に対して未練があるようなセリフは聞きたくなくて、キスをして口を塞いだ。
王家との婚約話があり、エドワルドがいまだに聖女と別れていないなんて理解できない……いや、したくない。
そんな爛れた道ならぬ関係を他人と築けるなら、一度くらい自分に欲情してくれたっていいじゃないか。
そう思いメルセデスは一生懸命角度を変えて拙いキスを繰り返すが、エドワルドはまったく応えず、ただただ一方的に体の一部をくっつけているに過ぎなかった。
心の中に虚しさが広がっていくが、ここまできてはもう後戻りは出来ない。
「ん、んんっ! ぷはっ、おい、メル! ……んんんっ」
少し隙をついて抗議の言葉を述べようとしたエドワルドの唇を再び塞いだ。舌を絡めようとするが、うまく逃げられ口内から締め出されてしまう。
エドワルドであれば、簡単にメルセデスを物理的に突き放す事は可能だろう。
だが、今は酔っ払いの仕業として認知しているらしく、なにをしても抵抗らしい抵抗はない。一通りメルセデスの好きにさせておいて後からどうにかしようとでも思っていたのか。その油断をありがたく利用する。準備が完了したため、唇をそっと離した。
「……ったく。ん……? おい、これ……、あっ? なんだ、こりゃ……メル、こら!!」
エドワルドは両手を上に上げされられ、ヘッドボード部分に括り付けた。ミスリル製の枠のためいくらエドワルドでも破壊出来ないだろう。
「んふっ、これ、いいでしょ? もらったの」
「ああっ?! こんなもん、誰に……って、こら!ボタン外すなって!」
珍しく本気で慌ててるエドワルドが可愛くて、彼の部屋着であるシャツをどんどんはだけさせていく。逞しく野生的な胸板が現れてメルセデスはドキリと心臓が跳ねた。
夜の誘い方のレクチャーを受けたのは数ヶ月前だが、全て覚えており一つ一つ実践していく事にした。
"男はとにかく女体を見せつけて、下半身の棒を擦るか、最悪咥えりゃ勃つから!"
一見清純で嫋やかそうな女神官から酔った時に教示してもらった貴重なアドバイスに、メルセデスは従う事にした。
拘束され動けないエドワルドに見せつけるように、自らのドレスを上から脱いでいく。
やや控えめなおっぱいを自らはだけさせるとエドワルドの開いた胸板にくっつけた。胸毛が少しこそばゆいが、それすらもエドワルドとの一線を越えた証のようで嬉しくなる。
「……ッッ!! おい、だめだ。メル、それ以上は」
エドワルドの制止の声に構う事なく、メルセデスはするすると手を下半身に伸ばしていく。
勃つという事がいまいちよくわからないが、とりあえず彼の下半身に何の変化も、今のところ見られない。
「……前に言っただろう? お前をそういう目で見る事は……んんんっ! メ、ル……っ! ん、ンンンっ」
再び言われる拒絶の言葉が怖くて、メルセデスはエドワルドの唇を塞いだ。その隙にエドワルドのシャツのボタンを全て外し、自らのドレスも下着も器用に脱いだ。
しかし、全裸となり唇を食み胸を押しつけるようにキツく抱きしめようが、両脚を淫らに絡めてズボン越しから陰茎を擦り上げようが、エドワルドの下半身は一向に変化がない。
「なんで……? なんで、勃たないのよ」
聞いていた話と違う。あまりの変化のなさに、メルセデスの焦りだけが募っていく。
「……ほら、手をどけてさっさと服を着ろ。今なら、説教一時間で許してや……──ッッ!! うおっ、お、おい! やめろ、ズボンっ、ズラすなって!!」
メルセデスはエドワルドのズボンと下着を一気にずり下ろし、剥き出しになった陰茎を見た。
初めて見た男の陰茎は、なんだかフニャフニャとしており頼りなく、少し可愛い。
(この、棒……? なんか、柔らかい……豚肉の腸詰めみたいのを咥えればいいのよねっ?!)
聞いていた形状とだいぶ異なるが、これがそうなのだろうかと芯の入っていないフニャけたものを握り込んだ。
赤みがかったつるんとした先端を見ていると、なんだか性欲よりも食欲が刺激され美味しそうに見えてきた。
そう、これは大好物の豚肉の腸詰めなんだと思い込む事にして、メルセデスはひと息に咥え込んだ。
「──ッッ!! メ、メルッッ!! こらっ!! あっ、や、やめ……っ、痛っ! 痛ててっ! 歯が、歯があたってる!! あでででっ!」
ダルンッと垂れていた『大事な玉』が入っているという袋も徐々に縮み上がっていき、それなりの大きさだった豚肉の腸詰めも、口の中でさらに小さくなっていった。
メルセデスは段々と虚しさが勝っていき、口淫をやめて座り込んだ。
「……満足、したか?」
エドワルドはどこまでも優しい。しかし、今はその優しさが残酷だった。
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