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愚者の独白
しおりを挟む現聖女であるリリーツェ一人で聖女像を清めるのは荷が重すぎた。
グリフィス国存亡の危機を聞きつけた王太子ライオネルは、他国へ遊学中だったにも関わらず清めの儀に携わる事になり、リリーツェとその間に愛を育んだらしい。
エドワルドがメルセデスに告白されたのは、ちょうどそんな時だった。
この世で一番大切な女性には、その人を一番幸せにしてくれる男性こそが相応しい。エドワルドではとんだ力不足だ。心からそう思い、取り付く島もなく断った。
『──私は、物分かりのいい大人のふりして、他の女と幸せになるエドを応援するなんて、絶対にできない!! どこまでも付き纏って、邪魔してやるんだからッッ!!!』
出ていく直前に大粒の涙を流しながら言った、メルセデスの言葉だった。
他人が聞けば『育ててもらった恩も忘れて』などと、知った様な顔で憤る者もいるかも知れないが、この言葉を言われたエドワルドの胸中に湧いた感情は"喜び"よりも"憐憫"の方が強かった。
メルセデスと共に暮らすまで、ずっと何のために生きているのかわからない人生だった。
いくら剣の腕があろうが、神聖力が高く魔法が巧みに使えようが、それがなければ何の価値もないくだらない男だ。自分では、いつもそう思っていた。
アスモデウス討伐時に受けた呪い程度であれば、リリーツェに協力を頼み、彼女が作り出す聖水を定期的に半年ほど飲めば消えるものだった。そのため、足繁く神殿に通っていた事で、記者にありもしない記事を書かれる羽目になりメルセデスに誤解されるかとチラリと考えたが、それならそれでもいいかとも思っていた。
──こんな男の事は早く忘れて、どうか彼女に相応しい男にその愛情を捧げてほしい。
そうやって、心に湧く黒い感情に何重にも蓋をして、本音を綺麗に隠して自分自身をも騙し続けていた。
ディルに家出娘メルセデスの監視を頼み、彼女に出す酒を全て濃厚ジュースに替えて貰っていた。
ディルからは『この、過保護めが』と揶揄われたが、彼自身も親友の娘として目に入れても痛くないほどにメルセデスを可愛がっていた。
アスモデウスにより取り替えられた酒を飲んで、まんまと契約してしまったメルセデスにも非はあるが、人を騙す事に長けた悪魔からすればメルセデスを魅了するなど赤子の手をひねるより簡単だっただろう。
だが、いくら理由があろうとも、メルセデスの無垢な体を蹂躙し、純潔を散らしてしまった事は決して許される事ではない。
出来る事なら、ずっとメルセデスのそばにいたかった。
しかし、こんな不完全な自分ではメルセデスを必ず不幸にするだろう。それに今は、不完全どころか人間ですら無くなってしまったのだ。
マスターのいない悪魔は、非常に危険な存在だ。
高位の悪魔になるほど、制約や足枷となるマスターなど必要ない。
元々剣聖と呼ばれるほどに秀でたエドワルドが悪魔へと生まれ変わる場合、制御出来る主人など存在しないだろう。
神殿にある聖火で身を焼けば、死ぬ事はないにしても、もしかしたら重傷位は負う事が出来るかもしれない。
今すぐに神殿に向かうべきだが、エドワルドはもう一度だけ、メルセデスの顔が見たかった。
寝顔だけでもいい。少し眺めて、そっと頬と頭を撫でて、髪にキスをするくらいは許されるはずだ。起きて寒かったら可哀想だから、薪を多めに暖炉にくべておこう。
「……馬鹿だなぁ、俺は。本当に」
アスモデウスとして融和が完了し、欲望を抑える力がひどく弱い。
悪魔に取り憑かれないと素直に行動する事も出来ない自分を自嘲しながら、エドワルドは再びメルセデスの待つ家へと引き返した。
元々神聖力がべらぼうに高いエドワルドが眠りの魔法を使ったら、どんな者も半日は絶対に起き上がる事が出来ない。
ましてや、へっぽこ魔女メルセデスでは力の差も歴然で、短時間で目覚める事は決してない……はずだった。白いシーツを体に巻きつけ、居丈高に仁王立ちしているメルセデスが立っている姿を見るまでは、エドワルド自身も、その光景が信じられなかった。
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