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永遠の誓い
しおりを挟む──この家にエドワルドが戻る少し前。
メルセデスは深い夢の中で、薄暗く埃っぽい狭い部屋に居た。そのには物々しい鉄格子が嵌めてあり『反省部屋』と書いてある。
メルセデスには、説明されなくても、ここがどこだかがわかった。ここは王都の外れにあったという、エドワルドが居た今は取り壊されたはずの孤児院の地下牢の中だ。エドワルドから一度聞いたきりで、メルセデスが生まれてすぐに取り壊されているはずなのだが、細部に渡り再現されている。
部屋には十歳程の男の子がボロボロの服を着て隅に座り込み、じっとしているのが見えた。クシャクシャの濃灰色の髪は肩まで伸びて、黒曜石の瞳に光はない。線の細い中性的な姿をしており、やけに色気のある退廃的な雰囲気を持つ子供だった。誰かに殴られたのか頬と、細い手首は強く握られたような指の跡がついた青痣があり痛々しい。
──この子は……エド?
てっきり、エドワルドの幼少期は快活なガキ大将タイプだと思い込んでいたため少し驚いたが、この少年は間違いなくエドワルドだという確信がメルセデスにはあった。
一瞬躊躇ったものの、恐る恐る少年に手を伸ばした。振り払われるかと思ったが少年は大人しくメルセデスの腕の中に収まると、メルセデスの中にエドワルドの記憶が一気に雪崩れ込む。
孤独な孤児院での生活、目を背けたくなるほど悲惨で理不尽な暴力。誘拐犯達を隙をついて何人かを半殺しにし、必死に逃亡した事……その後は、ディル達に引き取られて、今のエドワルドが形成されていった事を知った。
"……メルセデスには、いつだって強くて格好良くて慈愛溢れる父親のような存在でありたかった。師匠達のような存在になれたなら、俺自身が救われる気がしていた。でも所詮、俺はまがいもの。ほら……汚いでしょ? 醜いでしょ? 知られたくなかった、君にだけは"
腕の中の少年エドワルドが震えている。メルセデスは彼を抱きしめる腕にグッとさらに力を込めた。
エドワルドの中にある弱さ全てを見ても、メルセデスの愛情は減退するどころか増すばかりだ。
"……みくびらないでよっ。──私は、私はっ……!!"
そう強く思った瞬間。意識が一気に浮上し、メルセデスは覚醒した。腕の中にあったはずの温もりがなくなり、泣きながら目を覚ます。
窓から見える月の傾きから、恐らくそんなに時間は経っていないと判断した。酩酊感はすっかり消え失せ、あるのは下半身の疼痛のみだった。
エドワルドの凄惨な過去と同時に、現在のエドワルドの状態を知った。
やはりあの行為には意味があったのだと納得すると同時に、まんまと悪魔にいいように使われた自分に一番腹が立つ。
エドワルドの内面に入り自分がどんなに大切に思われていたかを理解したが、それと同時にエドワルドに対しても沸々とした怒りが湧いた。
エドワルドは、必ずここに一度戻ってくるだろう。そして、メルセデスに残酷な選択を迫るに違いない。そう思い、急いでシーツを体に巻きつけて彼の帰りを待った。
ほどなくしてドアノブが静かにまわりエドワルドが帰ってきた。濃灰色の髪はそのままに、黒曜石の瞳の奥に黄金の輝きがあった。
「──ッ!! ……はっ? 何で、お前」
まさか起きてるとは思わなかったのだろうエドワルドは、メルセデスを見てひどく狼狽えていた。
「──エドワルド・ガジェット。そこに座りなさい」
尊大に見える様に顎を少し上げて、エドワルドへと命じた。
「……あぁ? 悪いがメル、俺は……、──ッッ!! うおぉッ!?」
エドワルドが拒否の姿勢を見せた途端に彼に紅い鎖が巻き付き、強制的にメルセデスの前の椅子に着席させられた。エドワルドは突然何が起こったのか理解できずに、ポカンとしている。
「……?! お、おい、メルっ! この、鎖外せッ! 急な用事が入ったから、今は遊んでる時間はねーんだ」
エドワルドは渾身の力を込めて鎖を断ち切ろうとしたが、びくともしない。ガシャンッ!と虚しく鎖同士が擦れる音が響くのみだ。
「ああ? なんだ、こりゃ……」
エドワルドは拘束されている鎖を観察する。鎖自体が仄かに紅く発光しており、金字でビッシリと拘束に関する魔法文字が施されている。慎重に読み解けば、明らかにおかしい。
「……っ、──まさか…….っ!」
ある可能性に思い至り、エドワルドの顔から表情が抜け落ち顔面が蒼白になる。
なぜ、神聖力が桁違いのはずのエドワルドの"眠りの魔法"が、メルセデスに効かないのか。
なぜ、メルセデスの言葉の強制力が鎖となってエドワルドを拘束出来るのか。
メルセデスがエドワルドの主人になっていたからだ。
「──はっ。本当に悪魔って奴ぁ、とことん醜悪でムカつく魔物だぜ……」
人の欲望を吸って力を得る悪魔のなんと醜悪な事か。苛立ち紛れにエドワルドはそう吐き捨てる。
「──エドワルド、貴方に契約を持ちかけます」
烟るように生えるまつ毛の奥に紫の瞳が輝き、真っ直ぐにエドワルドを射抜いた。
「契約者の命が尽きる時が、悪魔の命が尽きる時……もしこの契約が出来ないのなら、私と一緒に今ここで死んでちょうだい」
「メルセデス……っ、」
エドワルドの口を挟ませる余地なく、メルセデスは立て続けに口を開いた。
「貴方の過去、現在、未来全てがほしい。地獄の底まで貴方にへばり着いてやるんだから、覚悟してね」
「っ、俺は……」
いつの間にかエドワルドに巻き付いていた鎖は外れていた。それにも関わらず微動だに出来ずに、ただ俯き座っていると、そっと細く白い腕が伸びて頬を撫でてから首へと回り抱きしめられる。
「──愛してるの、エド……。私には、ずっと貴方だけなの」
ずっと、自分が守っていると思っていた少女は、いつの間にかこんなに強く美しい女性へと成長していた。触れた瞬間にわかるメルセデスの深い愛に、滂沱の涙を流しながら、エドワルドは遂に陥落した。
エドワルドは徐にその場に片膝をついて跪き、貴婦人にする様にメルセデスの手の甲に口付けを落とす。二人を取り囲むように、古代魔法語で作られた魔法陣が浮かび上がった。
「……私、エドワルド・ガジェットは、魔女メルセデスを一人の女性として愛しています。生涯、貴女一人に仕える事を至上の喜びとし、私の持つ全ての力は貴女だけのものです。……貴女が身を滅ぼすその時に、私もまた滅びる事をどうかお許しください」
「……許します」
メルセデスがエドワルドの誓いに応えた瞬間、古代魔法語はエドワルドの心臓付近にも鮮やかな朱色の紋として刻まれた。
メルセデスはエドワルドを両手で立たせて、改めて強めに抱きしめた。観念したエドワルドも、メルセデスの腰に手を回し、互いに見つめあった後、深い口付けをした。
♦︎♦︎♦︎
「メルと契約して、具体的に何か変わんのかな」
「そりゃ、もちろん。これからも剣聖様として私をちゃんと養って、朝起こして、ご飯作ってお掃除するのよ! 暇だったら、私も……ちょっとは手伝ってあげてもいいわ」
「なんだ。契約前と全然変わんねぇじゃねーか」
メルセデスはエドワルドの腕に自分の腕を絡ませ、ぴたりと寄り添う。
「変わるわよっ! その、結婚式だって……ちゃんとしてもらわなきゃ。エドがいつまでも独身だと思われてちゃ困るわ。余計な虫が寄ってくるじゃない」
ツンと恥ずかしそうに目線を逸らし、唇を尖らせてむくれながらそう言うメルセデスを見て、一瞬面食らったような顔をした後に、エドワルドは目を細めて愛おしそうに微笑んだ。
「──仰せのままに、マスター」
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