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引き継がれる罪
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引き継がれる罪
「嫌だっ、た、助けっ…」
私は彼の言葉を無視して持っていた金属バットで頭部を殴り、殺した。殺した相手は麻薬の売人でこれまで私欲の為に多くの人の人生を台無しにしてきた。死んで当然の「ゴミ」だ。
私はこの頭の半分を失い動かなくなった人の形をした肉塊を証拠が出ないように持ち帰り世界から消去しなければいけない。そうやって23人世界から消去した。
私には同居している彼女と使っている部屋があるが、それとは別に「ゴミ」を解体するためにマンションの一室を借りている。
「ふぅ…」
部屋に着くとため息がこぼれた。そのまま肉を捌く。初めてこの作業をした時と比べたらだいぶ慣れてきたと思う。初めて人肉を捌いた時は硬くて柔らかい肉の感触に頭の中がグラグラして胃液が逆流したこともあったが今は何とも思わず捌けるようになった。
私は解体した肉を冷凍庫に入れ彼女の待つ部屋に向かった。
「おかえり、随分遅かったわね。何かあった?」
「ん?今日は友達と夕飯を食べてから帰るって、メール送ったけど見てなかったか?」
「見たけど…まぁ…何でもない!」
彼女は明るくそう言ったが、何か気になっている様子だった。自分が浮気でもされていると思っているのだろうか。
****
最近彼の様子がおかしい。一か月くらい前から帰って来るのが遅い日が増えたような気がする。それまでは十日に一日くらいだったのが五日に一日くらいになっている。わたしはなんだか嫌な予感がして彼のコートに盗聴器を仕掛けておいた。わたしは彼の入浴中にコートから盗聴器を取り出し、録音されていた音声をきいてみた。
「え…な、何コレ…」
それは命乞いをする男の声と何かを殴ったような鈍い金属音だった。彼が人を殺したのだろうか。そうだとすれば彼は一週間に一回人を殺しているのか。
その時、法律で裁く事が出来ない政治犯や未解決事件の凶悪犯が行方不明になっているという内容のニュースを見た事を思い出した。
「まさか…」
自分に考える事を止めるよう訴える。だが彼の性格と正義感、ニュースの内容、録音されていた音声、そして彼の帰りが遅い理由。自分の中で完成してはいけないパズルのピースが組み合わさってしまう。
わたしはその日の夜、なかなか眠れなかった。私は彼には彼なりの正義があって犯罪者を殺しているように思えた。でも警察が手を出せない犯罪者だったとしても一個人が勝手に人を裁いているのは正しい事なのだろうか。それでは結局、犯罪者と同じ事をやっているに過ぎないのではないか…?
それでも今の社会には彼のような存在が必要なのかもしれない。自分の手を血で染めてでも治安を保つような存在が。ずっとそのことが頭の中を繰り返し蠢いている。まだ考えがまとまらない。
わたしにとって彼は大切な存在だし、彼に出会うまで自分の人生に希望なんか無く、世界に価値など無いと思っていた。わたしの人生に希望や価値を与えてくれたのは紛れもない彼なのだ。
****
「さてと…」
私は自分の部屋に行き、次のターゲットを決める。彼女は自分に不信感を抱き始めたようだったが、殺人がバレる事はないだろう。
次のターゲットは一か月前、8歳の少女を誘拐して身代金を要求した上、少女を殺し逃走中に警官を2人殺した「ゴミ」に決めた。それから情報屋から「ゴミ」の行動パターンを聞き、計画を立てた。
私は女子高生を金で雇い、ターゲットを路地裏まで連れて来るよう頼んでいた。どうやらターゲットは女子高生に強い恨みを持っているらしい。
ふと自分の持っていたナイフに目を向ける。いつまでこんなことをし続けたらいいのか。そんな疑問が脳裏をよぎる。そもそも自分は何を求めて犯罪者を殺しているのか、自分の理想とする世界がどんなものなのか、よく分からない。結局全て偽善なのかもしれない。
よく考えてみれば正義や悪なんてものは、その時代とその時代のマジョリティーによって姿を変える。だが、正義に形がないと言って正義を執行する事を諦めてしまってはそれ以上の進歩は無い。もう信じることができるのは自分の信念だけだった。
そんな事を考えているうちにターゲットが路地裏に入って来た。私は女子高生に合図を送りターゲットから離れてもらった。私はターゲットの背後から忍び寄りスタンガンでしばらくは立てないようにした。
「ぐぁ…て、てめぇ…何しやがる…」
「あなたは一か月前、3人の人間を殺しましたね?」
私はとても落ち着いていた。
「ハッ!正義の味方気取りかぁ…?だったら何だってんだよ」
「なんで…ですか?」
「ああ?」
「なんで彼女が殺されなければいけないんだ!?まだ8歳という幼さで!生まれ落ちて8年で!なんで死ななきゃならない?彼女が死ぬ理由がどこにある!?」
私は余りの怒りに叫んでしまっていた。そうだ、彼女が死ななければいけない理由など無い。目の前の男を殺さなければ…。
「…運だよ、運が悪かったってだけだ。俺と同じだよ」
「は…?」
俺と同じ?どういうことだ?
「俺はなぁ、一か月ちょい前、痴漢の冤罪に遭ったんだよ。ホントにやってなかったんだぜ?なのに誰も信じてくれなかった…。警察も、弁護士も、友達も。それどころか聞く耳も持ってくれなかった…!それまで俺は誰にも迷惑掛けないように、誰も怒らせないように毎日やってきたんだ。最終的に慰謝料を払ったが…それでも俺は世間的に犯罪者!こんな話があるか?」
私は情報屋から仕入れた情報を思い出した。コイツは女子高生に強い恨みを持っている…。もしかしたらコイツを痴漢に仕立てたのも女子高生なのかもな。
「なぁ、これが国家のやることか?何で俺の人生めちゃくちゃにされたんだよぉ」
「ですがあなたは3人殺したでしょう?だったら死んで償ってくださいよ」
そう言って私は男の首にスタンガンを押し当てた。
いや、私は話を終わらせたかった。これ以上聞いていると自分の中で何かが変化しそうだったからだ。
「お前もいつか気付くさ…!正義や悪なんてものは当人の行動を正当化させるための言葉だ…みんなその言葉に縋りついてんだよ…。そうでもしなきゃやってられねぇんだ」
「???」
私はその男の首に大量の電流を流し気絶させ、喉を掻き切って殺した。
袋に詰まった死体を解体用のマンションの一室に運んでいる途中、私は今殺した男の人生が頭から離れなかった。
この男は生まれる時代を間違えたのかもしれない。犯罪を犯す行動力と怨念を文学や映画、あるいは音楽などで表現できいたら…その才能を別の事に遺憾なく発揮していたら…人類にとって有益な人物になっていたのかもしれない。
そんな事を考えながら一人暗い夜道を歩いていた。
****
あれから数日、わたしはこれから彼とどう向き合うか考えた。もう答えは決まっている。
わたしの選択によってどんな結末を迎えても後悔はない。わたしは彼が帰ってくるのを待った。
****
ガチャリ。私は扉を開け、家に入った。いつも通りのリビングに入ると彼女が真剣な目でこちらを見ていた。
「ん、どうした?」
「ねぇ、あなたにお話があるの…わたし、妊娠したんだ」
妊娠。自分の子を授かったということだろうか。
「でもね、妊娠して新しい家族ができて思ったの。あなたが殺した人にも家族がいたんじゃないかって」
「え…」
頭が真っ白になった。なぜ彼女がそのことを知っているんだ。
「あなたにとっては正義なのかもしれないけど、やっぱりあなたは間違ってる…!ただの自己満足よ」
自己満足。その言葉が脳みその中で反響する。自分が今まであのクズどもを葬り去ってきたのは自己満足だったというのか?
「違う!俺は被害者やその家族の復讐を果たしてやりたかった!自分の肉親を殺されて復讐を果たせないのは可哀想だ…!」
「いいえ。本当に可哀想なのは復讐に心を支配されて自分の人生を見失ってしまう人よ」
自分か?自分に言っているのか?
「ねえ、私たちが出逢った時のこと、覚えてる?」
出会った時?なんの話だ?頭が正常に機能していない。
「あの時ね…わたしが買い物に行ってる間に両親とお兄ちゃんが殺されてて、それで絶望してた時だったの。毎日死ぬことばかり考えてた…なんであの時、一緒に死んでなかったのかなって」
ああ、思い出した。その話を聞いてから犯罪者を根絶やしにすると決めたんだった。
「そんな時だったのよ、あなたがわたしに声を掛けてくれたのは。それから一緒に話したりデートしたりして仲良くなるにつれてわたしの人生に色が戻ってきたの…」
彼女は一瞬、少し悲しげな目で俯いた。
「あの時のあなたはどこに行っちゃたのよ…」
「俺…は…!」
ふと彼女の手を見ると包丁が握られていた。いつから包丁を持っていたのかはわからないが…。
「あなたは犯罪者。人の父親にはなれないの。あなたには感謝してるけど、死ななければならないの」
そして、彼女は私の腹部を包丁で刺した。私が刺されるまでの間、永遠とも思える時間が経過してたような気がしたが、私はその包丁をかわすということをしなかった。
いや、出来なかったのだ。まるで自ら刺されることを望んでいるかのように、60兆の細胞が硬直していた。
包丁で刺された部分からは赤くて見ているととても切ない気持ちになる液体…血が流れていた。もはや見慣れてしまったその色、嗅ぎ慣れてしまった甘い香りなのに、自分のとなるとそれが何なのか理解するのに時間がかかった。
あぁ「死ぬ」ってこういう感じなんだな…。どうやらこの世界では世界から命が零れ落ちる時、その命の罪も一緒に流れていくみたいだ。
こうして私は罪人として罪を受け入れた。
****
わたしが彼を殺してから一年半が経った。わたしの最初で最後の殺人だ。
結局、わたしは彼の正義を否定し自分の価値観に溺れていただけのペテン師だった。でもそれは誰でも同じ事だ。法律、集団、自分自身が正義だと思い込んで害する者を駆逐しようとする。正義なんてモノがあるから、人はこんなに争うのだ。もしかしたら、正義なんてモノは人間が作り出した偶像なのかもしれない。
あの時、彼はどんなことを想い世界から消えていったのか…それを考えるととても胸が締め付けられる。それでも子どもが生まれてからは少し寂しくなくなったように思う。「寂しくなくなった」そのこと自体が少し寂しい事かもしれないが、それでも生きていくしかない。
自分の腕に抱きかかえられ眠っている我が子に視線を落とす。本当に大切なものが大切なものだと分かるのはいつも失ってからだ。そんな言葉を小説や映画で聞いた事はあったが、その言葉の本当の意味が分かるのも大切なものを失ってからだった。人間は先人の言葉や失敗から何も学びやしない。そんな皮肉も、この子は理解してくれるようになるのだろうか。
いつか話さなければならないだろう。あなたが生まれる少し前に起きた事件を。あなたの父親の罪を。あなたの母親の罪を。そして、そうやって引き継がれてきた世界の罪を。
「嫌だっ、た、助けっ…」
私は彼の言葉を無視して持っていた金属バットで頭部を殴り、殺した。殺した相手は麻薬の売人でこれまで私欲の為に多くの人の人生を台無しにしてきた。死んで当然の「ゴミ」だ。
私はこの頭の半分を失い動かなくなった人の形をした肉塊を証拠が出ないように持ち帰り世界から消去しなければいけない。そうやって23人世界から消去した。
私には同居している彼女と使っている部屋があるが、それとは別に「ゴミ」を解体するためにマンションの一室を借りている。
「ふぅ…」
部屋に着くとため息がこぼれた。そのまま肉を捌く。初めてこの作業をした時と比べたらだいぶ慣れてきたと思う。初めて人肉を捌いた時は硬くて柔らかい肉の感触に頭の中がグラグラして胃液が逆流したこともあったが今は何とも思わず捌けるようになった。
私は解体した肉を冷凍庫に入れ彼女の待つ部屋に向かった。
「おかえり、随分遅かったわね。何かあった?」
「ん?今日は友達と夕飯を食べてから帰るって、メール送ったけど見てなかったか?」
「見たけど…まぁ…何でもない!」
彼女は明るくそう言ったが、何か気になっている様子だった。自分が浮気でもされていると思っているのだろうか。
****
最近彼の様子がおかしい。一か月くらい前から帰って来るのが遅い日が増えたような気がする。それまでは十日に一日くらいだったのが五日に一日くらいになっている。わたしはなんだか嫌な予感がして彼のコートに盗聴器を仕掛けておいた。わたしは彼の入浴中にコートから盗聴器を取り出し、録音されていた音声をきいてみた。
「え…な、何コレ…」
それは命乞いをする男の声と何かを殴ったような鈍い金属音だった。彼が人を殺したのだろうか。そうだとすれば彼は一週間に一回人を殺しているのか。
その時、法律で裁く事が出来ない政治犯や未解決事件の凶悪犯が行方不明になっているという内容のニュースを見た事を思い出した。
「まさか…」
自分に考える事を止めるよう訴える。だが彼の性格と正義感、ニュースの内容、録音されていた音声、そして彼の帰りが遅い理由。自分の中で完成してはいけないパズルのピースが組み合わさってしまう。
わたしはその日の夜、なかなか眠れなかった。私は彼には彼なりの正義があって犯罪者を殺しているように思えた。でも警察が手を出せない犯罪者だったとしても一個人が勝手に人を裁いているのは正しい事なのだろうか。それでは結局、犯罪者と同じ事をやっているに過ぎないのではないか…?
それでも今の社会には彼のような存在が必要なのかもしれない。自分の手を血で染めてでも治安を保つような存在が。ずっとそのことが頭の中を繰り返し蠢いている。まだ考えがまとまらない。
わたしにとって彼は大切な存在だし、彼に出会うまで自分の人生に希望なんか無く、世界に価値など無いと思っていた。わたしの人生に希望や価値を与えてくれたのは紛れもない彼なのだ。
****
「さてと…」
私は自分の部屋に行き、次のターゲットを決める。彼女は自分に不信感を抱き始めたようだったが、殺人がバレる事はないだろう。
次のターゲットは一か月前、8歳の少女を誘拐して身代金を要求した上、少女を殺し逃走中に警官を2人殺した「ゴミ」に決めた。それから情報屋から「ゴミ」の行動パターンを聞き、計画を立てた。
私は女子高生を金で雇い、ターゲットを路地裏まで連れて来るよう頼んでいた。どうやらターゲットは女子高生に強い恨みを持っているらしい。
ふと自分の持っていたナイフに目を向ける。いつまでこんなことをし続けたらいいのか。そんな疑問が脳裏をよぎる。そもそも自分は何を求めて犯罪者を殺しているのか、自分の理想とする世界がどんなものなのか、よく分からない。結局全て偽善なのかもしれない。
よく考えてみれば正義や悪なんてものは、その時代とその時代のマジョリティーによって姿を変える。だが、正義に形がないと言って正義を執行する事を諦めてしまってはそれ以上の進歩は無い。もう信じることができるのは自分の信念だけだった。
そんな事を考えているうちにターゲットが路地裏に入って来た。私は女子高生に合図を送りターゲットから離れてもらった。私はターゲットの背後から忍び寄りスタンガンでしばらくは立てないようにした。
「ぐぁ…て、てめぇ…何しやがる…」
「あなたは一か月前、3人の人間を殺しましたね?」
私はとても落ち着いていた。
「ハッ!正義の味方気取りかぁ…?だったら何だってんだよ」
「なんで…ですか?」
「ああ?」
「なんで彼女が殺されなければいけないんだ!?まだ8歳という幼さで!生まれ落ちて8年で!なんで死ななきゃならない?彼女が死ぬ理由がどこにある!?」
私は余りの怒りに叫んでしまっていた。そうだ、彼女が死ななければいけない理由など無い。目の前の男を殺さなければ…。
「…運だよ、運が悪かったってだけだ。俺と同じだよ」
「は…?」
俺と同じ?どういうことだ?
「俺はなぁ、一か月ちょい前、痴漢の冤罪に遭ったんだよ。ホントにやってなかったんだぜ?なのに誰も信じてくれなかった…。警察も、弁護士も、友達も。それどころか聞く耳も持ってくれなかった…!それまで俺は誰にも迷惑掛けないように、誰も怒らせないように毎日やってきたんだ。最終的に慰謝料を払ったが…それでも俺は世間的に犯罪者!こんな話があるか?」
私は情報屋から仕入れた情報を思い出した。コイツは女子高生に強い恨みを持っている…。もしかしたらコイツを痴漢に仕立てたのも女子高生なのかもな。
「なぁ、これが国家のやることか?何で俺の人生めちゃくちゃにされたんだよぉ」
「ですがあなたは3人殺したでしょう?だったら死んで償ってくださいよ」
そう言って私は男の首にスタンガンを押し当てた。
いや、私は話を終わらせたかった。これ以上聞いていると自分の中で何かが変化しそうだったからだ。
「お前もいつか気付くさ…!正義や悪なんてものは当人の行動を正当化させるための言葉だ…みんなその言葉に縋りついてんだよ…。そうでもしなきゃやってられねぇんだ」
「???」
私はその男の首に大量の電流を流し気絶させ、喉を掻き切って殺した。
袋に詰まった死体を解体用のマンションの一室に運んでいる途中、私は今殺した男の人生が頭から離れなかった。
この男は生まれる時代を間違えたのかもしれない。犯罪を犯す行動力と怨念を文学や映画、あるいは音楽などで表現できいたら…その才能を別の事に遺憾なく発揮していたら…人類にとって有益な人物になっていたのかもしれない。
そんな事を考えながら一人暗い夜道を歩いていた。
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あれから数日、わたしはこれから彼とどう向き合うか考えた。もう答えは決まっている。
わたしの選択によってどんな結末を迎えても後悔はない。わたしは彼が帰ってくるのを待った。
****
ガチャリ。私は扉を開け、家に入った。いつも通りのリビングに入ると彼女が真剣な目でこちらを見ていた。
「ん、どうした?」
「ねぇ、あなたにお話があるの…わたし、妊娠したんだ」
妊娠。自分の子を授かったということだろうか。
「でもね、妊娠して新しい家族ができて思ったの。あなたが殺した人にも家族がいたんじゃないかって」
「え…」
頭が真っ白になった。なぜ彼女がそのことを知っているんだ。
「あなたにとっては正義なのかもしれないけど、やっぱりあなたは間違ってる…!ただの自己満足よ」
自己満足。その言葉が脳みその中で反響する。自分が今まであのクズどもを葬り去ってきたのは自己満足だったというのか?
「違う!俺は被害者やその家族の復讐を果たしてやりたかった!自分の肉親を殺されて復讐を果たせないのは可哀想だ…!」
「いいえ。本当に可哀想なのは復讐に心を支配されて自分の人生を見失ってしまう人よ」
自分か?自分に言っているのか?
「ねえ、私たちが出逢った時のこと、覚えてる?」
出会った時?なんの話だ?頭が正常に機能していない。
「あの時ね…わたしが買い物に行ってる間に両親とお兄ちゃんが殺されてて、それで絶望してた時だったの。毎日死ぬことばかり考えてた…なんであの時、一緒に死んでなかったのかなって」
ああ、思い出した。その話を聞いてから犯罪者を根絶やしにすると決めたんだった。
「そんな時だったのよ、あなたがわたしに声を掛けてくれたのは。それから一緒に話したりデートしたりして仲良くなるにつれてわたしの人生に色が戻ってきたの…」
彼女は一瞬、少し悲しげな目で俯いた。
「あの時のあなたはどこに行っちゃたのよ…」
「俺…は…!」
ふと彼女の手を見ると包丁が握られていた。いつから包丁を持っていたのかはわからないが…。
「あなたは犯罪者。人の父親にはなれないの。あなたには感謝してるけど、死ななければならないの」
そして、彼女は私の腹部を包丁で刺した。私が刺されるまでの間、永遠とも思える時間が経過してたような気がしたが、私はその包丁をかわすということをしなかった。
いや、出来なかったのだ。まるで自ら刺されることを望んでいるかのように、60兆の細胞が硬直していた。
包丁で刺された部分からは赤くて見ているととても切ない気持ちになる液体…血が流れていた。もはや見慣れてしまったその色、嗅ぎ慣れてしまった甘い香りなのに、自分のとなるとそれが何なのか理解するのに時間がかかった。
あぁ「死ぬ」ってこういう感じなんだな…。どうやらこの世界では世界から命が零れ落ちる時、その命の罪も一緒に流れていくみたいだ。
こうして私は罪人として罪を受け入れた。
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わたしが彼を殺してから一年半が経った。わたしの最初で最後の殺人だ。
結局、わたしは彼の正義を否定し自分の価値観に溺れていただけのペテン師だった。でもそれは誰でも同じ事だ。法律、集団、自分自身が正義だと思い込んで害する者を駆逐しようとする。正義なんてモノがあるから、人はこんなに争うのだ。もしかしたら、正義なんてモノは人間が作り出した偶像なのかもしれない。
あの時、彼はどんなことを想い世界から消えていったのか…それを考えるととても胸が締め付けられる。それでも子どもが生まれてからは少し寂しくなくなったように思う。「寂しくなくなった」そのこと自体が少し寂しい事かもしれないが、それでも生きていくしかない。
自分の腕に抱きかかえられ眠っている我が子に視線を落とす。本当に大切なものが大切なものだと分かるのはいつも失ってからだ。そんな言葉を小説や映画で聞いた事はあったが、その言葉の本当の意味が分かるのも大切なものを失ってからだった。人間は先人の言葉や失敗から何も学びやしない。そんな皮肉も、この子は理解してくれるようになるのだろうか。
いつか話さなければならないだろう。あなたが生まれる少し前に起きた事件を。あなたの父親の罪を。あなたの母親の罪を。そして、そうやって引き継がれてきた世界の罪を。
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