鍋奉行に必要な、たったひとつのこと

三衣 千月

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閑話 口から先に生まれてきた男、筒井の受難

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 ――仕事ばっかりの生活やったけども、ついに、ついに春が来た!
 や、もうとっくに季節は梅雨入りしとるけどもな。そういう現実の四季の話やなくて。こう、人生における春がきたっちゅう話や。人生、どこに出会いが転がっとるか分からんもんやなあ。まさか出向した先の女社長から好意を向けられる日が来るなんて露ほども思っとらんかった。

 今日もなんやええ店に連れてってくれるらしい。張り切って待ち合わせ場所に約束の二時間前からおるけども、これはしゃあないことやと思う。ウェルネスリビングなんちゅう社名やから健康食品でも扱っとるかと思たらゲームデベロッパやったんも意外やったなあ。儲かるんやろか、小規模な会社やと思うんやけどな。
 どうも自分はつい思ったことを口にしてしまう性分で、割と損してきた気もする。正直は美徳やっちゅうけど、言わんでええこともあるのも、分かってはいる。

「分かっては、おるんやけどなあ」

 何年前やったか忘れたけども、白井さんの歓迎会でうっかり口がすべって「リアクション薄いなあ。まるで鉄女みたいやね」と失言したことは悪かったと思てるし、今でもたまに白井さんから擦られるのもまあ致し方なしやとは思う。いやでもアレはな? いつでも冷静沈着な仕事っぷりがすごいって伝えようとしただけなんやけどなあ。
 まあともかく口下手なんは自分の欠点や。せっかく我が世の春が来たんやから、失態を晒さんようにせなあかんと肝に銘じとこうと思うわけよ。

「ごきげんよう、筒井さま。お待たせしてしまいましたか?」
「静美さん! いやいや全然! たかだか二時間ほど」
「まあ、もしや私、待ち合わせの時間を間違えてしまいましたか? 申し訳ありません」
「あ、いや、ちゃうちゃう! 楽しみすぎて早よ着きすぎただけで、静美さんは間違うてない!」

 きょとんとした顔が、すぐに笑みに変わる。上品にころころ笑う静美さんは、ほんまに魅力的な人で、自分が好意を向けられとるんか今でも信じられへん時もある。

「面白い方ですのね。私も、本日はとても楽しみにしておりました」

 目を細めて静美さんは笑う。
 たまーに、怖く思うこともあるんやけど、それを差し引いても彼女はやっぱり魅力的や。

 静美さんに連れられて、えらい高級そうなレストランに来たけども、マナーとか大丈夫やろか。あんまり自信ないんやけどなあ。これは、試されてるとかそういうアレやろか。緊張してきた。何や個室っぽい所に通されたし。
 次々に出てくる料理はどれもおいしかったんやけど、途中途中で静美さんの視線が気になった。じっとこっちを見て、何を考えとるか分からんような、蛇みたいな冷たい目。

「静美さん、相変わらずめっちゃキレイやけど、たまに蛇みたいに冷たい目をする時があるなあ」
「私が、ですか?」
「あっ」

 やってもた。最悪や。またうっかり思ったことを口走ってしもた。これは流石に愛想つかされるかも知れん。

「あ、いや、その、気ぃ悪くしました、よね。ほんま申し訳ない。昔からどうも、思たことは勝手に口から出てくる性分で……」
「まぁ、嬉しい!」
「へ?」

 嬉しい? 冷たい目とか言われたら、普通は馬鹿にされてるとかなると思うんやけど、静美さんはすっと笑みを浮かべたまんま、手を頬に当てて怒るでもなくこっちを見つめてくる。

「気持ちを真っ直ぐに伝えていただけることは、とっても嬉しいものですのよ。それにつまり、私のことを綺麗だと仰っていただいたのも、本心からのお言葉なのでしょう? とても光栄です」
「静美さん……!」

 素晴らしすぎるお人柄や! ええんか、こんなにええ出会いをして、ほんまにええんか!? 
 思わず有頂天になって、そっから先の料理の味はあんまり記憶になかった。



   ○   ○   ○



「――っちゅうことがついこないだあってな!? こらもう運命やと思う訳よ! どうよ、どう思うよ二人とも!」
「マジか。あの女社長がなぁ。筒井のデリカシーの無さを受け入れてくれるとか相当だぞ」
「後藤さんと二人で出向してたんでしたっけ。えーと、ウェルネスリビングってとこに」
「おう、そうだぜ。美人って言葉がホントぴったりくる人だったな」

 居酒屋の喧噪、テーブル正面には後藤君と大和田君。
 仕事終わりに会社近くの居酒屋で、気の合う面子で飲みながら盛り上がる。この時間も貴重なもんやと思う。後藤君と大和田君とはよくこうやって飲みに出るもんやから、知らず知らず関西弁に戻っとったりするくらいには気の置けん仲やと思てるしな。

「真面目な仕事ぶりを見初められたんやろなあ、うん」
「待て待て、俺だって真面目にやってたろうがよ」
「後藤さんは既婚者じゃないすか」
「真剣みが違たんやで、真剣みが! 白井さんが無茶言うから久しぶりに本気出したし」

 新入社員の竹内さんの歓迎会に間に合わせるように厳命され、普段よりもペースアップして働いた。後藤君もヘルプで来てくれたからなんとか終わったものの、なかなかハードなことを言うてくれたと思う。んでもまあ、わが社の縁の下の力任せ様の言うこととなれば、聞くよりほかにあらへんからなあ。

「確かに筒井よぉ、終業後ちょっとボーっとしてることあったよな」
「せやったっけ? 確かに三日出向したうちの最後の方はあんまり記憶にあらへんけど、まあ無茶ぶりしてきた白井さんのせいやっちゅうことにしとこ」
「んはは、言いつけてやろうか」
「冗談は腹の肉だけにせえ、後藤君よ」

 あれ? いつもやったら、この辺で大和田君が白井さんの擁護っちゅうか援護射撃に入るんやけどな。大和田君が白井さんのこと気にかけとるんはみんな知っとるし。

「大和田君、きみ白井さんと何かあったん?」
「うぇっ!? な、なんすか急に」
「やー、ほれ、いつもやったら白井さんの話題が出たらもっと食いついてくるから」
「あれっ。筒井お前知らなかったか。こいつ今日な、白井様に告白したんだぞ」
「ちょいちょいマジか!! ほんで!? ほんでどうなったん!?」
「別に、どうも……交際を申し込んだとかそういう感じでもなかったっすから……」

 酒の肴に聞き出したところによると、今日の昼に偶然白井さんに会って、琴科さんと竹内さんのデートを尾行したらしい。なんやその面白そうな状況。呼んで欲しかったわ。ほんで一緒にえらい若い子向けのパンケーキハウスに行って、ついうっかり本音を漏らしたものの、次に何言うたらええか分からんようになってその場を去った、と。

「ヘタレか!! そこでもう一押しやろ!」
「だよなあ。せっかく言えたんだろ? 言い逃げみたいになって気まずいだろうよ」
「もー! 自分でもやらかしたと思ってるんっすよ! 今更なかったことにして下さいとか言えないし……もう飲むしかない……」
「せやなあ。飲め飲め。後藤君のおごりや」
「なんでだよ、筒井も半分出せよ」

 可愛い後輩が凹んどるんやから、何とかしてやりたいと思う気持ちがある反面、静美さんと交際が続くんやったら自分もこう、もっとハイソサエティな人間にならなあかんような気もしてくる。どう考えても釣り合ってへんからなあ。なんやろ、駅前語学留学とか、博物館めぐりを趣味にするとかそういう教養を身に着けた方がええんちゃうやろか。
 いやでもなあ。こういうガヤガヤとした場所でわいのわいのやるのも好きなんよな。静美さんには似合わん場所やと心底思うけども。

「それで? お前その女社長とは何か進展あったのか。ゴールデンウィークの連休もあったろ。どっか出かけたりしてねえの?」
「お誘いしよか思たんやけど、地方で講演会がある言うて断られた。静美さんとこの実家、何かの家元で彼女自身も師範か何かなんやて」
「なんすかそのふわっとした情報。筒井さん、騙されてません?」
「いつか壺とか鍋とか売りつけられたりしてな。そしたら笑ってやるよ」
「アホ抜かせ。静美さんはそんな人ちゃう。確かに、ちょっと秘密主義なとこあるけども」
「普段どんな会話してんだよ。こんな居酒屋なんか絶対行かなさそうだろ」
「……それがなあ。あんまり覚えてへんのよ」
「どいうことすか、それ」
「いよいよもって怪しくなってきやがったな」

 静美さんとは何度か会うたけど、断片的な出来事だけがちらほら出てくるだけで、会った日のことを詳細に思い出そうとしてもコマ落ちした映画みたいな感覚になる。最初は、緊張のせいやとか、夢見心地で忘れただけやとか思ったりもしたけど、どうもしっくりこん。楽しかったことは間違いあらへんけど――

「毎回、どうやって帰ったか記憶にないんよ。気が付いたら翌日の朝や」
「穏やかじゃねえな。飲み潰れるほど飲んだのか?」
「そら多少は飲んだけども、酒には強い方やと思っとるよ」
「ですよねえ。筒井さんが酔って正体失くしたところ、見たことないっす」
「その辺がどうもすっきりせんのが悩みではあるなあ。ま、そのうち慣れると思うけど」
「困ったら言えよ」
「そないするわ」

 住んどる世界が違うような気は、確かにする。せやからまあ、気苦労はこれからもあるんやろうけど気遅れだけはせんようにしようと思う。育ってきた環境が違いすぎるけども、大なり小なり誰でもそんなもんや。お付き合いをするんやから、相手の知らん面があることは承知の上やし、折り合いをつけていかなあかんこともあるに決まっとる。
 それでも、合わん時は合わんから、そん時はしゃあないけども、少なくとも出会って数回しか会うてへんのに決めることでもない。

 後藤君が家に帰るっちゅうからお開きにして、ぐいと伸びをして家路につく。腹の肉こそ目立っとるけど後藤君は家族思いのええやつやと思うし、大和田君も素直でよお仕事ができる。うちは小さい会社やけど、その分つながりは強いような気がするのがなんとも嬉しいもんや。
 自分も、できる限りのことはやっていこか。とりあえず、慣れやな。こういうのは慣れが一番や。何はともあれ次のデートのお誘いだけでもしとこか。

 パパっと静美さんにメッセージだけ送って、コンビニで酔い覚ましに缶コーヒーを買う。明日か明後日か、そのうち返信もくるやろ。
 予想に反してすぐに静美さんから返信があって、思わずコーヒーを落としそうになる。

「静美さん、まだ起きとったんか。えーと、うわぁ……」

 返信の内容は、忙しくなるのでしばらく会えないとの内容だった。気を入れてメッセージ送っただけに落胆してしまう。

「社長やもんなあ。仕事は山ほどあるんやろな。ま、今のうちに男ぶりでも磨いとくとしよか。とりあえずジムでも探してみよかな」

 自分を慰めるように呟いて、缶コーヒーの残りを飲み干す。えらく苦い。大きく息を吸って、アルコール混じりの息をぷひゅうと吐いてみる。

「すっかり春やなあ。ぜんぜん白い息にならん」

 前途は多難。そんな気がする。せやけどせっかくのご縁。どうにかうまく続けたいもんや。そうなるとお金もいるやろし、明日の仕事も頑張ろか。
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