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第三章 Side A
5 エリーと急転直下の知らせ
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辺境は四季それぞれで異なる魔物が出る。冬はセイウチのような大きい魔物が海岸に登ってくるので駐在部隊が総出で対応にあたる。
何とか最初の冬を越え、春になった。
その知らせが届いたのは辺境もすっかり花が咲き乱れる春となったころだった。王都はすでに初夏の陽気だろう。
エリーは襲来する鳥型魔物を撃退する作戦をたてて、見事に成功させてきたところだった。食料にもなる鳥型魔物の死体をたくさん厨房に運んでいた。
上官も今年の鳥型の被害は少なくなりそうだと大喜びしていた。
いい天気、仕事での成功、夕食には好物のチキンが出るだろうということで、エリーにとってはとてもいい日だった。
悪いことは起こりえない。そんな日だったので、まさしく寝耳に水だった。
「アーチボルト二等、タイラー中将がすぐに執務室に来るように、と。」
「わかりました。」
タイラー中将とは、辺境の指揮官である。海馬部隊の出身で、アーチボルト家の分家であるタイラー家の出身だ。
執務室に呼ばれるのは初めてのことで、ここで今日初めてエリーは不安になった。
サムを連れて執務室の扉をノックすると中へと迎え入れられた。「犬も一緒でいい」というのでサムを連れて入室する。
タイラー中将は白髪交じりの赤毛の年配の男性だ。おそらく父と同年代だろう。タイラー中将の深刻な顔に良い呼び出しではないと、エリーは理解した。
「ポートレット帝国との過去にない大規模な海戦が一週間前に勃発し、わずか一日でスピード決着した。結果は我が軍の敗戦だ。海馬40体が死亡または行方不明になっている。」
「海馬40体…。」
海軍が保有する海馬のおよそ半数だ。本部にいた見習いを除く海馬部隊兵のほとんどが出撃することになったらしい。
そして、この場にエリーが呼ばれた理由は…。
「まさか…、大将が?」
「戦死された。出軍してポートレット帝国の謎の兵器に海馬ごと真っ二つにされたらしい。その後、海馬部隊は海馬の制御を失い散開した。」
エリーは突然のことに何も反応ができなかった。その場に立ち尽くす。それだけだった。
「アーチボルト二等はすぐにアーチボルト領に戻り、本家としての責任を果たせ。」
本家の責任。
次期大将はアーチボルト本家から出す。つまりは、長兄のフレデリックだ。エリー達、弟妹には彼を補佐する仕事がある。
本部の海馬部隊が大打撃を受けた今、そこに所属していた三人の兄姉たちがどうなっているか、わからない。
「帰領して、アーチボルト少将とエバンズ大佐の指示に従うこと。午後に出発する定期船で出発しろ。以上だ。」
「はい!」
ーーーー
エリーは簡単に荷造りをして、定期船にサムを連れて乗船した。
定期船とは海軍本部と辺境基地を結ぶ船便のことであり、海馬に次いで二番目に速い移動手段である。夜通し移動し、翌日の昼前には本部に到着する。
エリーは与えられたスペースでサムの首筋に顔を埋めて考え事をしていた。
海馬部隊が負けた。
40体の海馬が死亡、または行方不明。
謎の兵器で海馬が真っ二つ。
大将が戦死。
思わずぶるりと震えた。あの父が戦死しただなんて、そんなことがあり得るのだろうか。サムがくう~んと心配するような声を出す。
「大丈夫。大丈夫よ。」
エリーは自分にも言い聞かせるようにサムの体をなでた。
そうしてアーチボルト領にある海軍本部に到着すると、そこは騒然としていた。慌ただしく動き回る者、茫然と座り込む者、何より海馬の姿がないのは異常だった。
エリーが到着するとすぐに赤毛の長身な男性が駆け寄ってきた。
「エリー!」
「兄上!」
そこにいたのは王都駐在部隊にいるはずの長兄・フレデリックだ。エリーと同じように呼び戻されたらしい。エリーが兄に駆け寄ると力強く抱きしめられた。
「エリー、父上が戦死された。」
「…本当なんですか?」
「多くの兵が、海馬のオリヴィアとともにポートレット帝国の新兵器に攻撃されたのを見ている。遺体は回収されていないが、まちがいないそうだ。」
つまり、父は海軍の他の兵が見守る中、海馬とともに真っ二つにされたということだろうか。思わず、エリーの手にも力がこもり、兄の軍服を握りしめる。
「それだけじゃない。参加していた白い海馬は皆、新兵器に攻撃されて全滅した。どうやら敵は白い海馬を集中的に狙っていた様だ。どういうことかわかるな?」
「…はい。」
「白い海馬が目の前で倒されて灰色の海馬は取り乱し、背に乗った相棒を振り落として散開した。アンドリュー、マデリーン、ウォルターは帰ってきていない。海馬もどこに行ったのかわからない。」
フレデリックはエリーから体を離した。
「行こうか。」
「はい。」
「エリーはエバンズ大佐のところで指示を仰げ。昼食の後は部隊長以上が参加する軍会議にお前も参加してくれ。」
恐らく、次期大将について話し合うのだろう。それと、今後の戦略についても。本家の人間は必ず二人以上がこの会議に参加していた。
これまでは父と兄だったが、それが今日からは兄とエリーになるのだ。
「今年の侵攻を何としてでもくいとめなければ。悲しむのは後だ。わかるな?」
「はい!」
ーーーー
「戻ったか、アーチボルト二等。」
「ただいま戻りました。大佐。」
一気に老け込んだかのようなエバンズ大佐が彼の執務室でエリーを出迎えた。
「フレデリックにどこまで話を聞いた?」
「白い海馬がポートレット帝国の新兵器により全滅したと。海馬部隊の兵たちは海馬を制御しきれず、取り乱した海馬たちが散開したと。」
「ああ。敵は明らかに白い海馬を集中して狙っていた。その後は散開する灰色の海馬には目もくれていなかった。海馬の序列に気づいていたのか、乗り手の序列に気づいていたのか、与えた被害は向こうの予想以上だろう。
灰色の海馬では乗り手がいかに優秀でも海馬部隊の指揮はとれない。白い海馬を戦闘に出せばあの新兵器で襲われる可能性があると考えると迂闊に出せない。
これ以上海馬部隊の数を減らすわけにはいかないからな。」
「次の戦闘はすぐに始まるのでしょうか。」
「帝国としては、すぐにでも始めたいだろう。こちらが立て直す前にと考えるはずだ。もう出軍していてもおかしくはない。」
「では…、例の作戦を?」
「ああ。」
軍略部隊では、海馬を使わない作戦をいくつか立案している。これまで一度もポートレット帝国に対して行ったことはない。
帝国はブルテンが海馬部隊なしでも戦えるとは思っていないだろう。
「次の戦闘で帝国を退けることが重要だ。海軍全体の士気に関わるからな。」
ここで大佐はエリーの足元のサムを見た。不自然な視線の動きにエリーは首を傾げる。
「お前の犬だが…、人の感情を操ることができるそうだな。」
「…アイザックからの報告ですか?」
「ああ。次の作戦の懸念点として、兵の士気がある。どうせ勝てはしないというように職務放棄する者がいる。」
確かに、茫然と座り込んで仕事をしない兵の姿がちらほらとみられた。
「別に基地にいる兵がいくれ凹んでくれてもいいが、戦闘に出る兵士にまでそれを伝染させられては困る。せめて仕事をするようにしたい。できるか?」
「…私が思うに、サムのその能力は誰にでも作用するわけではありません。海馬部隊には十中八九働くようですが、他の兵にはどれぐらい作用するかわかりません。」
「ならば問題ない。働いていないのは海馬部隊がほとんどだ。」
エリーは足元のサムを見た。サムはこちらを見上げていた。「できる?」ときけば、ワンと吠える。
「そこらの海馬よりよっぽど優秀だな。」
エバンズ大佐は疲れたようなため息をついた。
何とか最初の冬を越え、春になった。
その知らせが届いたのは辺境もすっかり花が咲き乱れる春となったころだった。王都はすでに初夏の陽気だろう。
エリーは襲来する鳥型魔物を撃退する作戦をたてて、見事に成功させてきたところだった。食料にもなる鳥型魔物の死体をたくさん厨房に運んでいた。
上官も今年の鳥型の被害は少なくなりそうだと大喜びしていた。
いい天気、仕事での成功、夕食には好物のチキンが出るだろうということで、エリーにとってはとてもいい日だった。
悪いことは起こりえない。そんな日だったので、まさしく寝耳に水だった。
「アーチボルト二等、タイラー中将がすぐに執務室に来るように、と。」
「わかりました。」
タイラー中将とは、辺境の指揮官である。海馬部隊の出身で、アーチボルト家の分家であるタイラー家の出身だ。
執務室に呼ばれるのは初めてのことで、ここで今日初めてエリーは不安になった。
サムを連れて執務室の扉をノックすると中へと迎え入れられた。「犬も一緒でいい」というのでサムを連れて入室する。
タイラー中将は白髪交じりの赤毛の年配の男性だ。おそらく父と同年代だろう。タイラー中将の深刻な顔に良い呼び出しではないと、エリーは理解した。
「ポートレット帝国との過去にない大規模な海戦が一週間前に勃発し、わずか一日でスピード決着した。結果は我が軍の敗戦だ。海馬40体が死亡または行方不明になっている。」
「海馬40体…。」
海軍が保有する海馬のおよそ半数だ。本部にいた見習いを除く海馬部隊兵のほとんどが出撃することになったらしい。
そして、この場にエリーが呼ばれた理由は…。
「まさか…、大将が?」
「戦死された。出軍してポートレット帝国の謎の兵器に海馬ごと真っ二つにされたらしい。その後、海馬部隊は海馬の制御を失い散開した。」
エリーは突然のことに何も反応ができなかった。その場に立ち尽くす。それだけだった。
「アーチボルト二等はすぐにアーチボルト領に戻り、本家としての責任を果たせ。」
本家の責任。
次期大将はアーチボルト本家から出す。つまりは、長兄のフレデリックだ。エリー達、弟妹には彼を補佐する仕事がある。
本部の海馬部隊が大打撃を受けた今、そこに所属していた三人の兄姉たちがどうなっているか、わからない。
「帰領して、アーチボルト少将とエバンズ大佐の指示に従うこと。午後に出発する定期船で出発しろ。以上だ。」
「はい!」
ーーーー
エリーは簡単に荷造りをして、定期船にサムを連れて乗船した。
定期船とは海軍本部と辺境基地を結ぶ船便のことであり、海馬に次いで二番目に速い移動手段である。夜通し移動し、翌日の昼前には本部に到着する。
エリーは与えられたスペースでサムの首筋に顔を埋めて考え事をしていた。
海馬部隊が負けた。
40体の海馬が死亡、または行方不明。
謎の兵器で海馬が真っ二つ。
大将が戦死。
思わずぶるりと震えた。あの父が戦死しただなんて、そんなことがあり得るのだろうか。サムがくう~んと心配するような声を出す。
「大丈夫。大丈夫よ。」
エリーは自分にも言い聞かせるようにサムの体をなでた。
そうしてアーチボルト領にある海軍本部に到着すると、そこは騒然としていた。慌ただしく動き回る者、茫然と座り込む者、何より海馬の姿がないのは異常だった。
エリーが到着するとすぐに赤毛の長身な男性が駆け寄ってきた。
「エリー!」
「兄上!」
そこにいたのは王都駐在部隊にいるはずの長兄・フレデリックだ。エリーと同じように呼び戻されたらしい。エリーが兄に駆け寄ると力強く抱きしめられた。
「エリー、父上が戦死された。」
「…本当なんですか?」
「多くの兵が、海馬のオリヴィアとともにポートレット帝国の新兵器に攻撃されたのを見ている。遺体は回収されていないが、まちがいないそうだ。」
つまり、父は海軍の他の兵が見守る中、海馬とともに真っ二つにされたということだろうか。思わず、エリーの手にも力がこもり、兄の軍服を握りしめる。
「それだけじゃない。参加していた白い海馬は皆、新兵器に攻撃されて全滅した。どうやら敵は白い海馬を集中的に狙っていた様だ。どういうことかわかるな?」
「…はい。」
「白い海馬が目の前で倒されて灰色の海馬は取り乱し、背に乗った相棒を振り落として散開した。アンドリュー、マデリーン、ウォルターは帰ってきていない。海馬もどこに行ったのかわからない。」
フレデリックはエリーから体を離した。
「行こうか。」
「はい。」
「エリーはエバンズ大佐のところで指示を仰げ。昼食の後は部隊長以上が参加する軍会議にお前も参加してくれ。」
恐らく、次期大将について話し合うのだろう。それと、今後の戦略についても。本家の人間は必ず二人以上がこの会議に参加していた。
これまでは父と兄だったが、それが今日からは兄とエリーになるのだ。
「今年の侵攻を何としてでもくいとめなければ。悲しむのは後だ。わかるな?」
「はい!」
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「戻ったか、アーチボルト二等。」
「ただいま戻りました。大佐。」
一気に老け込んだかのようなエバンズ大佐が彼の執務室でエリーを出迎えた。
「フレデリックにどこまで話を聞いた?」
「白い海馬がポートレット帝国の新兵器により全滅したと。海馬部隊の兵たちは海馬を制御しきれず、取り乱した海馬たちが散開したと。」
「ああ。敵は明らかに白い海馬を集中して狙っていた。その後は散開する灰色の海馬には目もくれていなかった。海馬の序列に気づいていたのか、乗り手の序列に気づいていたのか、与えた被害は向こうの予想以上だろう。
灰色の海馬では乗り手がいかに優秀でも海馬部隊の指揮はとれない。白い海馬を戦闘に出せばあの新兵器で襲われる可能性があると考えると迂闊に出せない。
これ以上海馬部隊の数を減らすわけにはいかないからな。」
「次の戦闘はすぐに始まるのでしょうか。」
「帝国としては、すぐにでも始めたいだろう。こちらが立て直す前にと考えるはずだ。もう出軍していてもおかしくはない。」
「では…、例の作戦を?」
「ああ。」
軍略部隊では、海馬を使わない作戦をいくつか立案している。これまで一度もポートレット帝国に対して行ったことはない。
帝国はブルテンが海馬部隊なしでも戦えるとは思っていないだろう。
「次の戦闘で帝国を退けることが重要だ。海軍全体の士気に関わるからな。」
ここで大佐はエリーの足元のサムを見た。不自然な視線の動きにエリーは首を傾げる。
「お前の犬だが…、人の感情を操ることができるそうだな。」
「…アイザックからの報告ですか?」
「ああ。次の作戦の懸念点として、兵の士気がある。どうせ勝てはしないというように職務放棄する者がいる。」
確かに、茫然と座り込んで仕事をしない兵の姿がちらほらとみられた。
「別に基地にいる兵がいくれ凹んでくれてもいいが、戦闘に出る兵士にまでそれを伝染させられては困る。せめて仕事をするようにしたい。できるか?」
「…私が思うに、サムのその能力は誰にでも作用するわけではありません。海馬部隊には十中八九働くようですが、他の兵にはどれぐらい作用するかわかりません。」
「ならば問題ない。働いていないのは海馬部隊がほとんどだ。」
エリーは足元のサムを見た。サムはこちらを見上げていた。「できる?」ときけば、ワンと吠える。
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