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第六章 Side B

4 エリーと海軍の海馬たち

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離縁の前に、エリーには公爵家の妻としての最後の仕事があった。褒章の式典への参加である。奇しくも、式典は三度目の結婚記念日の二日前であった。

式典には今回の帝国との海戦で活躍し、昇格した兵たちが参加する。その中で式典で個別に褒賞を授与されるのは数人なのだそうだが。

式典の前日には海軍の兵たちがアーチボルト領から船で王都入りした。一種のパレードのようなもので、海馬たちの列に続いて船が入港してくる様子は貴族・平民を問わず、見学者が大勢やってきていた。

エリーも珍しく港まで足を運んだ。ライアンがその隊列に参加していると聞いたからだ。


エリーが海馬を見たのはこれが初めてだった。

馬のような上半身に魚のような下半身。背に美麗な軍服を着た海軍兵たちを乗せている。海馬の体色は主に灰色のようだが、先頭付近にはひと際美しく、一回り大きい真っ白な海馬がいた。
背に乗せている人物の顔まではわからなかったが一番立派な軍服と、真っ赤な髪が風に揺れる様子に、あれがフレデリック・アーチボルト大将であろうと推測する。

ライアンの海馬は海軍でも珍しい白地に黒ブチ柄の海馬であるらしい。

その珍しい海馬はエリーの目にもすぐとまった。大将の少し後ろを進軍していた。背に乗る人物の顔はわからないが金髪なことはわかる。おそらくライアンだろう。

「奥様!出迎えのところに旦那様がいらっしゃいますよ!」

付き添いに来ていた侍女のソフィーが興奮した声を出すのにつられて港の方に目をやる。そう、実は今日はブラッドリーの雄姿の場でもあるのだ。兵たちを迎え入れる口上を読み上げる。

ちなみにエリーがいるのは貴族御用達のレストランのテラス席だ。
海馬を見に行きたいと家令のリチャードにお願いしたところ、『旦那様のご雄姿が見られますからね!』と素敵なテラス席を予約してくれたのだ。

見たかったのはブラッドリーではなく、海馬とライアンだったが、不貞と取られても困るので言わないでおいた。


アーチボルト大将が港に入り、後ろから来ていた三隻の船も港入りした。甲板で軍服の兵士たちが整列している。

何やら、ブラッドリーが書状を読み上げた後、兵たちは一度に軍式の敬礼をした。一糸乱れぬ集団行動は美しく、自然と見物客からは拍手が巻き起こっていた。



ーーーー



翌日は式典であった。落ち着いたガウン姿のエリーは礼服姿のブラッドリーにエスコートされて王城へと向かった。

「エリザベス。」

初めてブラッドリーに名前を呼ばれてエリーは驚いて顔を上げた。

「昨日の入港の儀は見に来ていたのだろう?」

唐突に馬車の中でブラッドリーが話しかけてきた。ブラッドリーとまともに話すのもかなり久しぶりのことである。

「はい。」

「…どうだった?」

「初めて海馬を見たのですが、美しかったです。」

エリーの返答が何やら不満だったらしいブラッドリーは押し黙った。

「…それだけか?」

「はあ。海軍の集団行動も美しかったです。」

ブラッドリーはため息をついた。

「どうかされましたか?」

「なんでもない。」

不審な様子のブラッドリーに首を傾げつつもエリーは式典の会場に入場した。


会場は何やらそわそわと落ち着かない。

「大陸から来た魔法使いの方が活躍されたって。」

「叙爵されるって噂ですけれど。」

どうやら、海戦で活躍した魔法使いがいるという話はすでに貴族の間では知られているらしい。今日の個別褒章される兵の一人でもある。

「なんとかつながりを持ちたいですね。」

「王家の舞踏会には招待されるだろうし、そこでかかわりを持つしかないな。」

「国にとって重要な人物だからな。」

人々が浮足立っているのは新たに登場した重要人物の姿を拝めるからのようだ。縁づけば家を盛り立てることにつながる。どういう人間なのかどの家も探りたいのだろう。

「旦那様は魔法使いの方にはもう会われたのですか?」

「ああ。昨日な。」

ブラッドリーはちょっと驚いたようにこちらを見た。

「気になるのか?」

「それは気になりますよ。」

エリーとブラッドリーはここにいる貴族たちよりも多くのことを知っている。その人物は魔法使いであると同時に犬に変化できる獣人なのだ。気になるに決まっている。

「我々と同年代の青年だった。変わった髪色をしていたがそれ以外は特に不自然なところはなかった。」

「そうですか…。若い方なのですね。」

そういえば、アーチボルト嬢とは会ったのだろうか?彼女も昇格したためこの式典に参加するはずだ。しかし、さすがにこの公の場ではそれはきけなかった。



ーーーー



そうして始まった式典ではまず、武功をあげた隊長格の兵たちが5人ほど褒章を授与された。その中でも最後に登場したポール・エバンズ少将は全作戦の立案を担当したらしく、士爵まで授与された。これはで一代限りではあるが貴族位を持つことになった。

彼の率いる軍略部隊の隊員で参戦した者は軒並み一階級の昇格を成し遂げたらしい。

黒髪のワイルドなイケメン少将で、年も20代後半といったところだ。下位貴族の令嬢たちがキャーキャー言いそうだな。


その次がアーチボルト大将だった。てっきり彼が最後かと思ったが、最後は例の魔法使いになるようだ。

「今回の功績をたたえ、フレデリック・アーチボルト伯爵を侯爵に昇爵する。」

あっという間に彼は公爵に返り咲いた。あら…、それならもうアーチボルト嬢とブラッドリーの婚姻の必要はないのだろうか…。
いや、アーチボルト嬢はポートレット帝国のイヴァン皇子に付け狙われているのだった。なるべく高位の貴族と結婚しておいた方がいいのは間違いないだろう。

アーチボルト大将は以前にエリーが契約金としてブラッドリーからもらった額の倍近い報奨金を賜った。うらやましい。


そして最後に、彼が現れた。

手入れされた真っ白な髪にまず目がいった。次にその顔立ちだ。美形が多いと言われる貴族たちと比べても群を抜いて美しい顔をしていた。背はさほど高くはない様だが、軍服がよく映えている。その軍服に階級を示すものは何もない。

「サマル・ウォー特別兵はその魔法によって戦況を大きく変える働きをしたことをここに称え、準男爵に叙爵する。」

準男爵!これで彼は自分の子孫にも貴族位を与えられることになる。まあ、確かに彼の子は魔法使いになる可能性が高いし、国に囲い込むためには妥当な判断ではある。

また、授与された報奨金の額に貴族たちはどよめく。

なんと、アーチボルト侯爵の同額だったのだ。


最後にお礼の言葉を述べてこれまでの兵たちは去って行ったが、彼、サマルはその場を動かずに恐れ多くも国王陛下にさらなる要求をした。

「恐れながら陛下に申し上げます。私は爵位も多額の報奨金も望んでおりません。ただ一つ、欲しいものがあり、そちらを国王陛下にお願いしたく存じます。」

貴族たちのざわめきが広がる。隣でブラッドリーも目を見開き、驚いた様子だった。これはシナリオにはない発言だったのだろう。


「…申してみよ。」

国王は心なしか渋い顔をしている。もし、帰国を願い出られたら困るからだろう。しかし、この場で聞かないという選択肢もまたない。
立ち合いの貴族たちに英雄の望みを聞かなかったと受け取られるからだ。


「私は、エリザベス・アーチボルト少佐…、いえ、エリザベス・アーチボルト侯爵令嬢を妻として迎えたく存じます。ぜひ国王陛下からお許しをいただきたい。」


その場が凍り付いたように静まり返った。




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