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第六章 Side B
閑話 セオドアの独白 3
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フェイビアンはブラッドリーを気遣うように話し始める。
「離縁の手続きだが、正式に教会に受理されていた。もし、ブラッドの再婚話を気にしての離縁なら、その話はなくなったから気にしなくてもいいんだ。」
「では、アーチボルト嬢は英雄殿に嫁がれる、と?」
「エリーは求婚されただけでまだ返事はしていないが、二人の結婚はサマル殿を海軍に囲い込むことになるから、国としても望ましいんだ。そうでなくても、今回の海戦で少佐まで昇進したエリーを海軍から出すのももったいないだろう?
イヴァン皇子の件が懸念点だったが、サマル殿という決まった相手がいるのであれば問題ないだろう。」
この話はセオドアにとっては初耳だった。魔法を使うという英雄がフレデリックの妹の方のエリザベスに求婚したらしい。
「王太子殿下、私たちはオルグレン様が再婚されなくとも、三年で離縁する予定でした。ですので、問題ありません。」
「…どういうことだい?」
「オルグレン様とは婚約の際に結婚は三年までという契約を交わしています。」
エリーは契約書を懐から取り出してフェイビアンに渡した。それを読んで、フェイビアンもエスメラルダも驚いた顔をしている。ブラッドリーは不機嫌そうだ。
「ですから、今回の離縁は合意の上なのです。なぜオルグレン様が怒っていらっしゃるのかわかりません。」
「確かに、こういった契約を結んでいた。しかし、勝手に離縁するのは違うだろう!」
「勝手ではありません。私は何度も話し合おうとしましたが、その度に忙しいと突っぱねてきたのはオルグレン様です。なので私は、契約更新の意思なしとして、当初の予定通りに離縁をしただけです。」
「それは…、忙しかったのはお前だって知っているだろう!」
「つまり、契約終了しても問題なかったということです。」
「そんなわけがないだろう!」
「では、何が問題なのですか?」
話を聞いていて、セオドアは違和感を覚えた。セオドアの中では、ブラッドリーはエリーの家の困窮に目をつけて理不尽な婚姻を持ち掛けた悪い男である。
エリーに少しは心を許していたのかもしれないが、あくまで少し。離縁してしまったものを咎めるほど執着してると言うのはおかしいのではないだろうか。
「なぜ、私とオルグレン様の離縁が問題になるのですか?もともといずれ離縁する約束で、別に愛する人がいるのでしょう?外聞の問題ならば今は公表せずに、しかるべき時まで伏せておけばいいことではないのですか?
私はもともと社交をほとんどしていませんでした。妃殿下とその周辺にさえ口裏を合わせてもらえれば、問題はないのでは?」
エリーの言う通りだ。
停滞する話し合いにフェイビアンが呆れて助け舟を出した。
「おい、ブラッド、ここは『愛しているから妻に戻ってほしい』というところだろう?」
「そんなんでエリーを引き留められると思っているの?大事なことは何も言っていないじゃない。」
「俺は別にこいつを愛しているわけじゃない…!」
「「はあ!?」」
「ただ、今すぐ離婚されるのは困るというだけで…。」
え、なんだそのめちゃくちゃな話は。彼は頭がいいと言われていたのに。
「絶対に再婚はしません。オルグレン様と再婚するぐらいならここにある案山子と結婚する方がマシです。」
え…?エリー、それは…?
瞬く間に、自分の体が光始め、セオドアは思わず目をつむった。目を閉じるという感覚は約9年ぶりである。
光が収まり、目を開けるとまず驚いて振り返るエリーの顔が見えた。次いで目線を落とすとそこにあるのは人間の手だ。思わず目の高さまで手のひらを掲げてしまう。
『ここにある案山子と結婚する方がマシです。』
エリーのその言葉で呪いが解けたのだ。
「エリー…。ありがとう!エリー!」
セオドアは思わず座るエリーの横に跪き、その手を取った。セオドアの正体に気づいたフェイビアンが驚きの声を上げている。
「兄上ですか!?いったい…、それにそのお姿は…、いなくなったころの…?」
「ああ、エイブか。久しぶりだな。」
「久しぶりって!今までどこにいらっしゃったのです!」
「大事な話があるんだ。その話は少し置いておいてくれ。」
エリーの手をぎゅっと握りしめる。エリーに触れるだなんて。
「セオドア殿下…?」
エリーがセオドアの名を呼んでくれた。それだけで感無量で喉がつまる。
「私のことを覚えていてくれたのかい?ロンズデール領でちらりと会っただけだったんだが…。うれしいよ。」
「は、はあ。」
「私は魔女たちの秘術で案山子に姿を変えられていたんだ。『案山子でも結婚していい』と言ってくれる女性が現れる日まで。」
まさかこんな日が来るとは思っていなかった。それをエリーが言ってくれることも想像もしていなかった。
「君にとって、私が実家を陥れた憎い男なのはわかっているつもりだ。それでも、私は君に結婚を申し込みたい。」
後手に回るわけにはいかない。先手必勝で必ずエリーを捕まえる…!
「はあ…、はあ!?」
困惑するエリーにさらにまくしたてる。
「わかっている!こんな職も住まいも爵位もない男に大事な娘を預けるだなんて、御父上が許すはずがないよな。必ず何とかするから少し時間をもらえ…。」
「お断りします。」
「え?」
「お断りします。めんどくさそうなので。」
先手必勝の戦略は簡単に敗れた。恋とは難しい。
ーーーー
セオドアのエリーへの気持ちは愛以外の何物でもなかった。最初の求婚は断られてしまったが、あきらめなければ次のチャンスは来るはずだ。
セオドアはあの後、父である国王と謁見し、涙を流して無事の再開を喜ばれた。案の定、父は自分を王太子に戻そうとしたが、同時期に確定したエスメラルダの妊娠もあって、その話はなくなった。
王子として復帰したセオドアは自分のためにつらい道を歩むことになった者たちの名誉を回復した。その筆頭がエリーの父でもあるロンズデール伯爵である。褒章を賜る形で名誉を回復した父を涙ぐみながら見つめるエリーの顔をセオドアは忘れないだろう。
エリーは、『お友達から始めましょう』と言ってくれた。王城で侍女として働くエリーの下にセオドアはよく通っている。はやく、友達から恋人に昇格する日を夢見て。
「離縁の手続きだが、正式に教会に受理されていた。もし、ブラッドの再婚話を気にしての離縁なら、その話はなくなったから気にしなくてもいいんだ。」
「では、アーチボルト嬢は英雄殿に嫁がれる、と?」
「エリーは求婚されただけでまだ返事はしていないが、二人の結婚はサマル殿を海軍に囲い込むことになるから、国としても望ましいんだ。そうでなくても、今回の海戦で少佐まで昇進したエリーを海軍から出すのももったいないだろう?
イヴァン皇子の件が懸念点だったが、サマル殿という決まった相手がいるのであれば問題ないだろう。」
この話はセオドアにとっては初耳だった。魔法を使うという英雄がフレデリックの妹の方のエリザベスに求婚したらしい。
「王太子殿下、私たちはオルグレン様が再婚されなくとも、三年で離縁する予定でした。ですので、問題ありません。」
「…どういうことだい?」
「オルグレン様とは婚約の際に結婚は三年までという契約を交わしています。」
エリーは契約書を懐から取り出してフェイビアンに渡した。それを読んで、フェイビアンもエスメラルダも驚いた顔をしている。ブラッドリーは不機嫌そうだ。
「ですから、今回の離縁は合意の上なのです。なぜオルグレン様が怒っていらっしゃるのかわかりません。」
「確かに、こういった契約を結んでいた。しかし、勝手に離縁するのは違うだろう!」
「勝手ではありません。私は何度も話し合おうとしましたが、その度に忙しいと突っぱねてきたのはオルグレン様です。なので私は、契約更新の意思なしとして、当初の予定通りに離縁をしただけです。」
「それは…、忙しかったのはお前だって知っているだろう!」
「つまり、契約終了しても問題なかったということです。」
「そんなわけがないだろう!」
「では、何が問題なのですか?」
話を聞いていて、セオドアは違和感を覚えた。セオドアの中では、ブラッドリーはエリーの家の困窮に目をつけて理不尽な婚姻を持ち掛けた悪い男である。
エリーに少しは心を許していたのかもしれないが、あくまで少し。離縁してしまったものを咎めるほど執着してると言うのはおかしいのではないだろうか。
「なぜ、私とオルグレン様の離縁が問題になるのですか?もともといずれ離縁する約束で、別に愛する人がいるのでしょう?外聞の問題ならば今は公表せずに、しかるべき時まで伏せておけばいいことではないのですか?
私はもともと社交をほとんどしていませんでした。妃殿下とその周辺にさえ口裏を合わせてもらえれば、問題はないのでは?」
エリーの言う通りだ。
停滞する話し合いにフェイビアンが呆れて助け舟を出した。
「おい、ブラッド、ここは『愛しているから妻に戻ってほしい』というところだろう?」
「そんなんでエリーを引き留められると思っているの?大事なことは何も言っていないじゃない。」
「俺は別にこいつを愛しているわけじゃない…!」
「「はあ!?」」
「ただ、今すぐ離婚されるのは困るというだけで…。」
え、なんだそのめちゃくちゃな話は。彼は頭がいいと言われていたのに。
「絶対に再婚はしません。オルグレン様と再婚するぐらいならここにある案山子と結婚する方がマシです。」
え…?エリー、それは…?
瞬く間に、自分の体が光始め、セオドアは思わず目をつむった。目を閉じるという感覚は約9年ぶりである。
光が収まり、目を開けるとまず驚いて振り返るエリーの顔が見えた。次いで目線を落とすとそこにあるのは人間の手だ。思わず目の高さまで手のひらを掲げてしまう。
『ここにある案山子と結婚する方がマシです。』
エリーのその言葉で呪いが解けたのだ。
「エリー…。ありがとう!エリー!」
セオドアは思わず座るエリーの横に跪き、その手を取った。セオドアの正体に気づいたフェイビアンが驚きの声を上げている。
「兄上ですか!?いったい…、それにそのお姿は…、いなくなったころの…?」
「ああ、エイブか。久しぶりだな。」
「久しぶりって!今までどこにいらっしゃったのです!」
「大事な話があるんだ。その話は少し置いておいてくれ。」
エリーの手をぎゅっと握りしめる。エリーに触れるだなんて。
「セオドア殿下…?」
エリーがセオドアの名を呼んでくれた。それだけで感無量で喉がつまる。
「私のことを覚えていてくれたのかい?ロンズデール領でちらりと会っただけだったんだが…。うれしいよ。」
「は、はあ。」
「私は魔女たちの秘術で案山子に姿を変えられていたんだ。『案山子でも結婚していい』と言ってくれる女性が現れる日まで。」
まさかこんな日が来るとは思っていなかった。それをエリーが言ってくれることも想像もしていなかった。
「君にとって、私が実家を陥れた憎い男なのはわかっているつもりだ。それでも、私は君に結婚を申し込みたい。」
後手に回るわけにはいかない。先手必勝で必ずエリーを捕まえる…!
「はあ…、はあ!?」
困惑するエリーにさらにまくしたてる。
「わかっている!こんな職も住まいも爵位もない男に大事な娘を預けるだなんて、御父上が許すはずがないよな。必ず何とかするから少し時間をもらえ…。」
「お断りします。」
「え?」
「お断りします。めんどくさそうなので。」
先手必勝の戦略は簡単に敗れた。恋とは難しい。
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セオドアのエリーへの気持ちは愛以外の何物でもなかった。最初の求婚は断られてしまったが、あきらめなければ次のチャンスは来るはずだ。
セオドアはあの後、父である国王と謁見し、涙を流して無事の再開を喜ばれた。案の定、父は自分を王太子に戻そうとしたが、同時期に確定したエスメラルダの妊娠もあって、その話はなくなった。
王子として復帰したセオドアは自分のためにつらい道を歩むことになった者たちの名誉を回復した。その筆頭がエリーの父でもあるロンズデール伯爵である。褒章を賜る形で名誉を回復した父を涙ぐみながら見つめるエリーの顔をセオドアは忘れないだろう。
エリーは、『お友達から始めましょう』と言ってくれた。王城で侍女として働くエリーの下にセオドアはよく通っている。はやく、友達から恋人に昇格する日を夢見て。
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