謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘

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ヒーローが、来た

9:羽虫は全て排除する(Side:リディエル)

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「兄さま、それでですねっ…」

 俺の膝の上で一生懸命喋る愛おしいミーシャの姿に、頬が緩むのが止められない。身振り手振りを交えながら日々の暮らしを説明してくれる姿は、あまりにも可愛かった。
 うんうんと相槌を打ちながら時折ミーシャの頭を撫でる。凄いね、頑張ったねと褒めてやれば輝かんばかりの笑顔を返してくれる。たったそれだけなのに、俺の心は酷く満たされていた。
 そう、満たされていたのだ。ミーシャの口から、あの羽虫の名前が出るまでは。

「…あの、兄さま?兄さまはダニエルさまとお会いしてますか…?」

 とても不安そうに、此方の機嫌をおずおずと伺うように見上げながらの問い掛けを、俺の頭は数秒間処理する事ができなかった。
 ダニエル、様。あれか。ガードナー家の次男坊。あの日のお茶会で、愚かにもミーシャの視界に入ろうとした騎士もどきの礼儀知らず。
 アイツとミーシャが文通している事は知っていた。本来であればすぐにやめさせた所だが、ミーシャがあまりにも楽しそうだったので見逃してやっていたのだ。だが、それとこれは別。ミーシャの口から奴の名前を出させるなぞ、俺は絶対に許さない。

「…いいや、あの日以来会ってないぞ。それよりもミーシャ、この間バタークリームが美味しいと評判のカフェが出来たらしい」
「バタークリーム…!」
「ミーシャは好きだろう?今すぐアンリに買って来させようか」

 奴の話を適当に切り上げ、ミーシャが興味を持ちそうな話題を口にする。途端に瞳を輝かせる可愛らしい姿に微笑むと、チラリとアンリに視線を送った。
 アンリは面倒くさそうな表情を隠す事もせず肩を竦めたけれど、どうやら異論はないらしい。まぁ、アンリもミーシャの事を可愛がっているし、ミーシャが喜ぶならやぶさかじゃないんだろう。
 すべすべもちもちの頬を指先で弄びながら、バタークリームへの期待でいっぱいになったミーシャの顔を眺める。どんな味か想像しているらしいミーシャの顔は、普段の五割り増しで可愛かった。

「はっ…いえ、今はバタークリームよりもダニエルさまです!兄さまは、ダニエルさまとお会いしなきゃ駄目なんです!」

 話題を無事にすり替えられたと思っていたが、今日のミーシャは誤魔化せなかったようだ。賢くなってて嬉しい反面、少しだけ苛立つ。ミーシャに苛立っている訳じゃない。ミーシャの心を蝕む、あの騎士もどきへの苛立ちだ。
 だが何故俺が会わなければいけないのだろうか?この様子からして、ミーシャ自身が奴と会って仲良くしたいわけではなさそうだ。いまいちミーシャの意図が読めずに首を傾げていると、ミーシャが段々焦り始める。
 ダニエルは俺の運命の相手だ、ダニエルは俺にとって必要不可欠だ…そんなわけない。俺の運命の相手はミーシャだし、必要不可欠な存在もミーシャだけだ。後にも先にも、ミーシャだけ。だってミーシャは、俺の天使なのだから。

「ミーシャが何故そこまで奴と俺を会わせたがっているのかは分からないけれど、俺と奴はきっと仲良くなれないよ」
「え、な、なんでですか。なんでそう言いきっちゃうんですか。兄さまとダニエルさまは、運命なのに」

 くしゃりと今にも泣き出しそうに可愛らしい顔を歪めてしまったミーシャの背中を優しく撫で、ぎゅっと抱き締める。
 俺の腕の中で縮こまるミーシャの身体は、小刻みに小さく震えていた。何故そこまで俺と奴をくっつけたがるのか、皆目見当がつかない。俺は、こんなにもミーシャを愛しているのに。
 だから何度でもミーシャに伝える。俺の最愛はミーシャなんだと、ずっとそばにいて欲しいのだと。ミーシャがいれば、俺は何を相手にしようと立ち向かえるのだからと。

「ミーシャ、愛してるよ。世界で一番ミーシャが好きだ、大好きだよ…だから、そんなに悲しそうな顔をしないで。ミーシャを怖がらせるものは、兄さまが全部排除してあげるからね」
「…っ、……う…」
「うん?」

 極々小さな声で何かを呟いたミーシャに聞き返すと、ふるふると首を左右に振ってしまい教えて貰えなかった。この子が何に対して恐れているのかが分からなくて困惑するけれど、そんなもの俺が必ず排除して見せる。
 まずはあの騎士もどきの羽虫からだ。アイツと会ってから、ミーシャは不安そうにする事が多くなった。文通している中で、何か変な事でも吹き込まれたのだろうか?
 ミーシャには悪いけれど、今夜にでもこっそり手紙を読ませてもらおう。もしその中にミーシャを脅かすような文言が少しでも含まれていたら、文通は二度とさせない。ミーシャを害そうだなんて、俺が絶対に許さない。

「ミーシャ、そろそろお昼寝の時間だから部屋に戻ろうか」
「…ん」

 とんとんと軽く背中を叩き、ミーシャを抱き込んだままそっと立ち上がる。お昼寝という単語に触発されたのか、ミーシャが眠たそうに欠伸をしていた。その様子が可愛くて額にキスをすると、嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。
 あぁ、これだ。この笑顔だ。ミーシャのこの笑顔がある限り、俺は何にだって立ち向かえる勇気を貰える。ミーシャの笑顔を守るために生まれてきたのだと、深く実感する。

「おやすみミーシャ、いい夢を」
「…おやすみなさい、りでぃにいさま」

 眠気が限界でふわふわと喋るミーシャの額に、今一度口付ける。そっと毛布を掛けてやれば、程なくしてミーシャは眠りに落ちた。
 何度か頭を撫でた後ミーシャの部屋を後にすれば、扉の前に控えていたアンリが一歩後ろを歩いている気配を感じる。俺はアンリに視線を送らないまま、淡々とした声で命令した。

「ダニエル・ガードナー及びガードナー侯爵家を調査しろ。少しでも黒い所が見つかったら、容赦なく潰せ」
「御意」

 ミーシャ、もう大丈夫だからね。兄さまが、ミーシャを害する羽虫を全て駆除してあげるから。
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