ファミリーロジック

小山田 華

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後編

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 明け方に騒がしくなった隣室。

「何かあったんですか」
「病室に入っていてください」

 廊下を覗けば夜勤の看護師さんに注意される。慌ただしく様々な道具を持って出入りする看護師さんの姿から、誰かの病状が悪化したのだと思った。
 隣室は男性の二人部屋だ。
 今は誰がいた?
 寝たきりの高齢の人と片桐さんだったはず。
 そこまで考えていたら扉を閉じられてしまった。ベッドに戻っても頭が冴えてしまって眠れない。
 そういえばあんな風に騒がしい部屋にいて、片桐さんは大丈夫なのだろうか?  もしかしたら、部屋にいたら邪魔だと追い出されて廊下に出てくるかもしれない。
 そう思って廊下をそっと覗き見れば片桐さんの姿はなく、先生と話をしていた隣室の家族は片桐さんのお母さんだった。
 正面玄関は戸締りされている時間だ。それなのに、片桐さんのお母さんがいるということは、まさか。

「今まで、ありがとうございました」

 先生や看護師さんに深々と頭を下げてお礼を述べている片桐さんのお母さん。
 ありがとうございました? 病状が悪くなったのは、片桐さん?
 ……片桐さん、死んだの?
 でも、片桐さんとは昨日一緒に散歩した。話をした。元気そうだった。なのに、どうして? 気胸ってこんな風に、急に死ぬような病気だったの?
 どうして片桐さんのお母さんはなんであんなに冷静でいるの? 母親なら、大事な息子が急死したらもっと取り乱すはずではないの?
 でも昨日、片桐さんのお母さんはいつもよりも早く面会に来ていた。もしかして何かを察していた?
 様々な疑問が頭を巡る。

「高東さん」

 薄く開いたドアの隙間から私の姿に気付いた片桐さんのお母さんが、私の病室に歩み寄り声をかけてきた。愛する一人息子が亡くなったのに、涙を見せず凛としていた。全てを受け入れていて人生を諦観したような、そんな雰囲気だった。
 おずおずとドアを開けて廊下に出た私に

「短い間でしたが、智樹の話し相手になってくれてありがとうございました。これはあなたに、と預かっていた手紙です」

 片桐さんのお母さんは、私に白い封筒を差し出した。










 高東さんへ

 こんな手紙で話をするのはおかしいと思うかもしれない。でも、直接話ができるのはいつまでか自分でもわからないから手紙を書くことにした。
 まずは僕のことを書いていこうと思う。
 前に高東さんに言ったけど、気胸で入院したのは本当。でも気胸の原因は癌だったんだ。発見された時にはもう手遅れだった。若いから進行が早くて、効果的な治療はない、余命三ヶ月って宣告を受けた。
 それを聞いて、母の傍にいようと思った。会社を辞めて実家に近いこの病院に来たんだ。
 僕の命は限りがあった。だから、したいことを、できることを絞った。高東さんは母の言いなりな僕のこと、マザコンだと思ったはずだ。多分、その通り。特に、余命を聞いた後は母の望むことは何でもしてあげようと思った。
 でも、高東さんは若くて命は期限が決められていない。だから、大丈夫。
 傷ついていても傷は癒える。生きてさえいれば、未来はある。したいこと、できること、いっぱい見つかるはずだ。
 だから、勇気を出して今を乗り越えてほしい。
 まずは自分が望むことは何なのかを、自分と向き合って考たらいいと思う。
 僕の場合は母の笑顔を見たいと思った。残された時間、僕が母の笑顔を見ていたいって思った。だから母の毎日の面会も苦ではなかった。むしろ親孝行できることが嬉しかった。
 今日僕が『若いから』って言ったら高東さんが怒ったこと、悪いけどちょっと嬉しかった。高東さんの感情が少なかったから、心配してたんだ。この先高東さんの怒る顔、泣く顔、嘆く顔、笑う顔。高東さんのそんな姿が見れるのか、高東さんの望みが何なのか教えてもらえているのか、これを書いている時点ではわからない。
 でも、同じ時期に入院したことは何かの縁だと思う。だから僕は、今もこれからも高東さんの幸せを願っている。










 便箋には一文字一文字が大きく、力強く書かれていた。
 その文を目で追って、私は泣いた。
 片桐さんは突然未来を切られた。医者から告げられた三ヶ月という短い期限を知って、絶望したに違いない。私よりもはるかに深い絶望に。
 そして彼は、残った時間を自分のために費やした。お母さんの笑顔を見るのだという決意をして、
 癌の末期であったなら痛みもあったはず。私はそんなこと全く気が付かなかった。片桐さんはそれを微塵にも周囲に感じさせなかった、優しくて強い人だった。
 マザコン、で片づけられるような人ではなかった。
 私は心が狭かった。上辺だけで判断してその人自身を見ようとしていなかった。

 ―――生きてさえいれば未来はある

 そうだ。私は生きている。
 片桐さんのように決められた命の期限はない。私には未来が、ある。

 ―――今を乗り越えてほしい

 乗り越えたい。潰えてしまった彼の命を継ぎたい。私らしく生きていきたい。
 私は便せんを胸に抱きしめた。










 片桐さんの手紙にあった、彼の実家の住所。

「困ったことがあったら母がきっと君の力になる。ぜひ行ってみて」

 追伸、としてそう添えられていた。
 片桐さんの死後、私は何とか口から食べられるようになった。固形物は無理でいまだに流動物止まりであるけれど、退院の話が出始めた。でも私はまだ立ち止まっていた。どうしても責められることに怯えて自分がどうしていいのかわからないでいる。
 私のことを知らない人になら、話ができるかもしれない。相談できるかもしれない。片桐さんの力も借りよう。
 そう思って外出届を提出して、書かれた住所へ向かった。タクシーが止まったのは敷地が広い、日本家屋のある門の前だった。
 突然の私の訪問に片桐さんのお母さんは驚いた顔をしたけれど、追い返すことなく招き入れてくれた。
 ご焼香を終え、お茶を出され……

「話を、聞いてもらえますか」

 私は時々止まり、閊えながら自分の話を始めた。

 婚約していた彼が浮気していたこと。
 私が悪いと言われ婚約破棄されたこと。
 浮気相手である妹が元婚約者の子供を身ごもっていたこと。
 元婚約者が妹と結婚すること。
 私の結婚式がそのまま妹に渡ってしまったこと。
 家族なのだから妹を祝福しなくてはいけないこと。
 結婚式に出なければいけないこと。
 けれど未だに祝福も言えない、結婚式に行きたくない自分は心が狭いのではないか、ということ。

 話し終わるまで片桐さんのお母さんは急かしたり問いかけたりすることなく、黙って静かに私の話を聞いてくれた。

「それで、あなたはどうしたいの」
「わからないから、こちらに来ました。片桐さんの手紙に、私の力になってくれると書いてあったから……」

 片桐さんの手紙を渡すと、片桐さんのお母さんはさっとそれに目を通し、顔を上げた。

「高東さん。私、思うのだけれど」
「はい」
「家族だから、結婚することを祝福しなくてはいけないの?」
「え?」
「家族だからこそ、怒ってもいいのではないかしら」
「怒っても……でも」
「家族の幸せを願えない人間は心が狭い?」

 私は頷く。何度もそう両親に言われたのだから、家族ならばそれが一般的なのではないかと思っている。

「家族だからこそ許せないこともあると思うわ。そもそも、あなたに心の傷を創る家族とあなたは一緒にいたいの?」

 いたいか、いたくないかと聞かれればいたくはない。

「でも、家族、だし」
「その家族があなたを傷つけているのでしょう」
「私が勝手に傷ついているのかも、しれないし」
「そう。私ならそんな家族、こちらから願い下げするわ」
「でも」
「結婚式に参列しないといけないって誰が決めたの。あなた?」

 頭を振る。花奈と秀和の関係を話した後からそれが当然だと言われてきたから、そうしなければと思ってきただけ。

「婚約者を奪った相手を誰もが祝福しなければいけないものなの?」
「でも、妹、だし」
「妹という条件は外しなさい。一般的にはどうなの。あなたから婚約者を奪ったのが見知らぬ女性だったら」
「祝え、ません」
「それがあなたの悩みの答えではないの」

 妹だから、家族だから。
 私に纏わりついていたしがらみ。それを外した時に見えた私の本心。胸にすとん、と落ちた。

 家族だから。
 両親に、婚約者を寝とった妹を叱ってほしかった。
 浮気した彼のことを一緒に責めてほしかった。
 辛い思いを抱いた私のことを慰めてもらいたかった。一緒に泣いてほしかった。
 それなのに。
 私よりもひたすら世間体を選んだ両親。自分の幸せだけを追求する妹。誰一人として私の思いを聞こうとも、支えようともしてくれなかった。だから、心が傷ついてきたのだ。

―――家族だからこそ、怒ってもいいのではないかしら
―――家族だからこそ、許せないこともあると思うわ

 さっき片桐さんのお母さんが言った言葉だ。
 家族なのに……家族だから、許せない。私は家族に対して怒ってもいいのだ。
 きっと、これは私が抱いても構わない感情。
 でも。

「いい、んでしょうか」

 姉だけれど結婚式に出なくても。
 妹に祝福の言葉を言わなくても。

「少なくても自分で決めたことなら、間違った結果となっても後悔はしないはずよ。智樹は私に痛いと言わないと決めていた。痛み止めを使っていたけれど、効果がない時もあったと思うの。でも、一回も痛いと言わなかった。最期は『やり遂げた、褒めろ』と言わんばかりの穏やかな顔をしていたわ」
「片桐さん、決めていたから。残った時間はお母さんの笑顔を見るんだ、って」
「あの子は私の自慢の息子よ」

 片桐さんは母親の笑顔を見ることを自分で決めた。自分のために。痛かっただろうし辛かっただろうけれど後悔はしなかった。

「私はあの子のことを覚えていたくて、毎日面会に行ったの。映像や写真はあるけれど、温もりだけはこの手でなければ覚えていられないもの」

 片桐さんのお母さんは両手を見て、目を細めた。その手に残る彼の温もりを思い出しているのだろう。

「高東さん。行き先に困ったらここに来なさい」
「え?」
「部屋は空いているから。この家に一人では広いし、あなたは成人しているから実家を出てもいい歳でしょう」

 家全体を見渡すかのように視線を巡らせ、片桐さんのお母さんが微笑んだ。
 退院の日は近い。でも家族と顔を合わせたくない。だってあの人たちは私の話を聞いてくれない人たちだから。
 でも私の話を聞いてくれる人がここにいる。私を応援してくれる人がここにいる。

 私は決めた。
 結婚式にはでないこと。
 花奈に、秀和に祝福の言葉は絶対に言わないこと。
 それを両親に告げれば、あの家に私の場所はなくなるだろう。それでもいい、と思った。

「間違いなくこちらのお世話になると思います。いいでしょうか」
「構わないわ。あなたのことを頼む、というのが智樹の最後の願いだったもの」

 一緒に散歩した最後の日、智樹さんは頑なになってしまった心で身動きできない私のことを心配し、

「高東さんの元気な姿を見てみたい、心から笑った顔を見てみたい」

 そう言っていたと教えてくれた。そしてその後は面会時間ぎりぎりまでずっと鉛筆を手に便箋に向かっていて、帰り際にあの手紙を託されたのだと教えてくれた。
 本当に智樹さんは優しい人だ。そしてこの片桐家の親子は強い信頼で結ばれている。
 とても羨ましい親子だと思った。










 私の決め事はすぐに決行された。
 週末、面会に来た両親に花奈の結婚式には出ないと言えば

「そんなことを言うのは娘じゃない」

 想定していた言葉を返され、私はそれでいいと退院と同時に実家を出た。奇遇にも退院日は花奈たちの結婚式の日だった。
 休職していた会社も辞めた。転居先は誰にも教えなかったから、この先高東家が私に関わってくることはない。
 私は心の平穏を手に入れた。
 智樹さんを通じて縁を繋いだ私と片桐さんのお母さん。私達は『片桐智樹の死』を共有している友として、人生の先輩後輩として、同じ女性として親しくなっていった。
 ストレスが減ったことと片桐のお母さんの料理の腕によって食欲が上がり、みるみる体力と体重を取り戻した。

「今度はあなたが作りなさい」

 片桐さんのお母さんに言われて台所を譲られたけれど、料理のレパートリーの少ない私は片桐さんのお母さんから料理を習う毎日になった。
 日が経つにつれ友人達に電話したいと思う気持ちの余裕も生まれ、婚約破棄から退院までの経緯を一人一人説明し連絡を閉ざしてしまっていたことを謝った。すると、

「遅いっ! そういうことはもっと早く愚痴れっ!」

 全員から怒られた。今は高東家とは完全に連絡を断ったと伝えれば

「そんな家族とは縁を切って正解。新しい世界で頑張れ」

 全員から応援の言葉を貰った。その後は私の居場所を高東家には秘密にする約束で、連絡を取り合うようになった。

「勤め口があるのだけれど」

 体力的にも精神的にもう働けるだろうと判断され、片桐のお母さんに会社を紹介された。

「若いのだからコネを使ってでも働いて稼ぎなさい」

 人目のある場所や社会復帰は少し怖かったけれど、片桐さんのお母さんの勧めなら信用できる。私はありがたくコネを使わせてもらった。片桐さんのお母さんの信用を得るため名誉を守るために会社では全力で頑張った。努力をきちんと認めてくれる会社だったので、私はその会社に居場所を見つけることができた。
 私は未来を歩んでいる。したいこと、できることをいくつも見つけている。
 その中でも一番にしていることは、片桐さんの遺志を受け継いで、『お母さんの笑顔を見る』ことだ。










 片桐智樹さんの一周忌。
 その席で私は片桐さんの従兄弟である浅田(あさだ) 覚(さとる)さんに出会った。面影が何となく片桐さんに似ている人だった。

「実は智樹の面会に行った時、絵里奈ちゃんを見たんだよね」

 覚さんはそう言った。記憶を探るけれど、覚さんのことを私は全然覚えていなかった。

「覚えていなくて、すみません」

 謝ればそれは当然と苦笑された。

「隣の病室に散歩に付き合ってくれる子がいるんだ。太れば可愛いと思うんだけどな、って智樹がしきりに言うからさ。どんな子か気になって帰り際に病室を覗いてみたんだ」

 覚さんは私を頭のてっぺんからつま先まで視線を動かして。

「智樹の言葉は間違いなかった」

 にっこりと笑った。その言葉が気恥ずかしくて私は苦笑い。
 片桐智樹という共通点から覚さんと親しくなり、覚さんは片桐家に姿を見せるようになった。
 片桐さんは穏やかな人だったけれど、覚さんは大らかな人で隠し事ができないタイプの人だった。その彼に私の過去を話せば、表情を曇らせた。

「……辛い思い出だな。でも、男が皆そんなヤツと同じだとは思わないでほしい」
「わかっています。私も男性を『元婚約者と同じオトコ』でまとめるつもりはありません。ちゃんと一人一人相手を知るようにしています」

 それは片桐さんから学んだこと。そして目の前にいる男性が、片桐さんと顔は似ていても違う部分が多いことを知り、その違いをみつけることが私の楽しみになっていた。

「ここはウチよりも料理が旨いから」

 覚さんが毎日と言っていいくらい手土産をもって片桐家へ来るようになり、片桐家では毎晩三人分食事を準備するようになり、食卓を三人で囲むようになり、ついには覚さん専用の部屋と布団一式を用意するようになった。
 そんなある日。

「絵里奈ちゃんの家族に、俺を入れてほしいっ」

 覚さんに片桐さんのお母さんとの仲のよさが羨ましい。俺もその中に入れろと鼻息荒く言われた。
 すでに私たちは仲が良いと思っていたので、覚さんの言葉に首を傾げる私。そんな私を見て、片桐さんのお母さんが溜息を吐いた。

「そんな遠回しの言葉では、絵里奈さんに伝わらないわ」

 片桐さんのお母さんから駄目出しを食らった覚さんはそうかと頭を掻いて、唇を引き締めて、真っ直ぐ私を見た。

「俺と結婚してくださいっ!」

 額がテーブルに付かんばかりの勢いで覚さんが頭を下げた。食卓を囲んでの突然のプロポーズ。あまりにも突然すぎて驚いたけれど。
 こうして毎日食卓を囲んできた。居心地の悪さなど一度も無かった。覚さんはいつも私の話を聞いてくれた。私の感情も受け入れてくれていた。出た答えは一つだ。

「私の中では覚さんはもう家族、です。……よろしくお願いします」
「全くロマンチックではないけれど、あなた達らしいわね」

 片桐さんのお母さんが、顔を真っ赤にして無言になった私達を見て笑う。私も覚さんも釣られて笑う。
 またひとつ、片桐智樹さんを通じての縁が増えた。
 プロポーズの後は結婚式の準備に追われる日々となった。前回とは違い、覚さんは私と一緒に考え、悩んで、助言しあっている。いつ籍を入れるか、という話が出た時に

「じつは、結婚を機に片桐家と養子縁組をしたいと思っていて……片桐のお母さんが了承してくれたら、だけど」

 ずっと考えていたことを覚さんに相談すれば、

「俺次男だし片桐さん好きだし、別にいいよ」

 覚さんはあっけらかんとそう言った。母子家庭だったのに一人息子が亡くなり、片桐さんのお母さんが独居となったことを気にしていた浅田家からも反対の声は上がらなかった。私達の決意を片桐さんのお母さんに告げれば

「あなたが私の娘に?」

 一瞬目を見開いて、でもすぐに冷静さを取り戻して訝しげに私達を見た。

「私に財産はないけど。それでもいいの?」

 私が大きく何度も頷く。私が片桐さんのお母さんを、オカアサンと呼びたいだけだから。そんな私の頭を一撫でした片桐さんのお母さんは

「そう。それなら私の自慢の息子が二人、娘が一人になるのね」

 柔らかい笑顔で、そう言ってくれた。
 こうして私の名前は高東絵里奈から片桐絵里奈に替わり、片桐さんのお母さんは私のお義母さんとなった。
 家族よりも世間体を気にした高東家。
 誰に何と思われようとも、家族を大事にした片桐家。
 私は片桐さんのお母さんを公私ともに堂々と

「おかあさん」

 そう呼べることができるようになり、限りなく嬉しかった。










「おばあちゃん」

 呼ばれて目を開けるお義母さん。どうやら縁側でうたた寝していたようだ。夏の日差しは油断できない。

「智(とも)。おばあちゃんに台所から麦茶を持ってきて」
「はーいっ」
「ねえちゃ、まってっ」

 私の言葉に廊下を駆けていく小さな足音二人分。智を追うように樹理(きり)が小走りでついて行く。

「二人とも男の子みたいに元気。男の子が生まれたら智樹とつけようと思っていたのに残念です」
「そんなに人生は甘くないわよ」

 そう言って微笑んだお義母さんは、人差し指を唇に当てた。

「内緒にしていたけど実はね、私は結婚当初娘が欲しかったの。なのに生まれたのは智樹だったからショックだったのよ」

 息子を受け入れるまで時間がかかったのと秘密を明かしてお義母さんは笑う。

「でもね、気付いたの。家族がいるってことが幸せだって」

 男も女も関係ない。愛を注ぎ注がれる家族が大事なのだと。
 私は頷いた。
 私も、愛する夫や子供たちやお義母さんが大事だ。血の繋がりがなくても大好きだ。
 片桐智樹さんが作ってくれた縁。繋がっていく縁。
 未来ある子供たちもこんな素敵な縁を見つけてほしい。幸せになってほしい。

 私はこれからも家族皆の幸せを願っていくだろう。







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