その男、月の騎士につき!

竜田彦十郎

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異世界転生から始まる……?

まずは実験

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「よしよし。今回も無事に任務終了だね!」

 冒険者ギルドを後にしたシアさんは、気持ちよさそうに空を仰いだ。

(あれが『無事』なのか)

 魔物の群れに遭遇する事、計5回。
 結果的に被害はゼロだったとはいえ、荷台に肉迫されたケースもあったりで、個人的には余裕だと笑い飛ばせるものではなかった。
 シアさんらにしてみれば、結果さえ良ければ『無事』という括りなのだろう。
 他の護衛仲間にしてもシアさん同様に余裕の表情だったので、これが冒険者の一般的な感覚なのかもしれない。

『飛び道具を使う人は多くはないから、仕方ないところもあるの!』

 アメジィの囁きを耳にしながら、大きく息を吐いた。
 複数の武器を持つ事は、荷物が多くなるという理由で敬遠されがちだ。
 ハマグイとの戦いで剣を失ってしまったシアさんは道中では借り物のクロスボウを使っていたが、そうでなければ他の皆同様に剣を手に斬り込んでいた事だろう。
 アイテムボックスなんてものは超がつくほどの高級品で、羽振りの良い商人でもそうそう手が出るものではないそうだ。
 空間魔法を魔術で再現できれば、ウハウハ商売は間違いない。


「ユースケは、今日はどうするんだい?」

 日はまだ高く、夕暮れを迎えるまで結構な時間がある。

「さっき話したやつを試してみようかと」

 ハマグイの殻を使ったテストである。
 具体的に言えば、風呂の湯船に使えないかと考えているのだ。

「風呂だろ? そんなに大層なものなのかね」

 シアさんには既に話をしてはいたが、この通り風呂というものに懐疑的だった。
 風呂という概念がこの世界に無い訳ではない。
 水汲みから始まって湯を沸かす行程や、最後に湯を抜いて浴槽を洗ったりという手間が嫌われており、その結果として風呂という文化が根付いていないのだ。

 実際、こっちの世界の気候は過ごしやすいものではある。
 肌にまとわりつくような湿度は感じないし、普通に過ごしている分には汗もかかない。
 手間暇を掛けて風呂を用意するよりも、川で水浴びをしたり、濡れタオルで身体を拭けば十分に事足りるという考えが占めているのだ。

「風呂はロマンですよ。実験次第ですけど、良い結果が得られれば試してみてください」

 風呂がなくとも清潔を保つ事はできるが、風呂に求めるのはそればかりではない。
 安息と安寧の空間がそこにはあるのだ。

「そうかい? まぁ、期待せずに待ってるよ」

 シアさんは手をひらひらと振って背を向けると、さっさと行ってしまった。
 目的地は同じく冒険者長屋なのだが、薪を調達しようという俺に対し、シアさんはフィリスさんにお土産を届けたくて仕方がないのだ。
 そこは分かっているつもりでも、まったく興味を向けられなければ少々寂しい。
 まぁ、それはそれでやる気も出ようというものだが。

『そーなの! お風呂の気持ち良さを教え込んでやるの!』

 アメジィが息巻いた。
 俺の感覚を共有できる存在ならではの意見だが、理解してくれる相棒がいるってのは、なかなか心強いものがある。

「それに、人の目が無い方がやりやすいかな」

 周囲に誰も居ないのを確認し、ハマグイの殻を擬似異空間に放り込んだ。
 空間魔法によるアイテムボックスだが、なんちゃって魔法による模造品なので永続的な使用はできない欠陥品だ。
 あまり膨大な収容量でなければ数ヶ月は維持できるので、なんでもかんでも入れたまま放置なんて事をしなければ問題ないだろう。

 そのうちに適当な鞄を用意して、アイテムバッグとして使っていこう。
 何もない空間から物を取り出すのを誰かに見られでもしたら大騒ぎだからな。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「よし、スペース的には申し分ないな」

 冒険者長屋の裏手は空き地が広がっていた。
 このフィズルの町を外敵から遮断する防護壁まで少しばかりの距離はあるが、その空間で何かを始めようという物好きはいない。
 なにしろ冒険者長屋は町のメインゲートから最も離れた区画にあるのだ。
 大抵の者は町の中心部付近にこそ価値を見出す。その方が色々と便利だからだ。
 そのお陰というか、そういった要因もあるからこそ、冒険者長屋は格安設定になっているのだ。
 そんな場所で風呂のための実験を行ったところで誰も困りはしないし、そもそも見咎められる事もないだろう。

 冒険者長屋の敷地内、具体的に言えば厨房の横には水汲み用の井戸を設置した小部屋がある。
 俺が立った場所は、その小部屋から出られる裏手。平たく言えば勝手口前だ。
 
「さて……と」

 掃除がてら集めておいた大きな瓦礫を、擬似異空間から取り出しては積み上げていく。
 とりあえずはハマグイの殻を置いた際に安定していれば問題ない。
 俺の期待通りに殻が浴槽として使えるとなれば、その際に土台をしっかりと組み直せば良い。
 竈っぽく積んだ土台の上に殻を置き、その下に薪を並べてゆく。

「まずは、お水お水…っと」

 なんちゃって水魔法で殻の中を満たしてゆく。
 何もない空間からじゃばじゃばと水が出てくるのはなんとも不思議な光景だ。
 空気中の水素と酸素を使っているようにも感じられないが、どこから水を調達しているのだか。
 殻は大人2人くらい余裕で入れる大きさだったが、水道管や蛇口といった制限がない状態なので、あっという間に必要な水量が溜まる。

「続いて、焚きますよ…っと」

 殻の下の薪に火を点ける。 
 ここからが本番だ。
 戦闘では俺の刀を尽く弾き返す堅牢ぶりだったが、加熱はどこまで耐えうるのか。
 これで脆くも崩れるのならば、風呂計画は根本から見直しだ。

 とはいえ、加熱に関してはそこまで心配はしていない。
 焼き蛤で考えてみれば鉄網の上で直火で炙るのだから、適温の湯を沸かすだけの火に耐えられない筈がない。
 その一方で、どの程度の熱まで耐えられるのかという興味もある訳だが。

 そして好奇心にはついぞ勝てず、ぐらぐらと煮え立つ湯を前にしても火勢を弱める事のなかった俺である。

「げ……!」

 そして、ハマグイの殻に亀裂が生じてしまった。
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