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はじまり
016 デート前夜
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「お兄ちゃん、明日は眞尋ちゃんとデート?」
夕食後の一時、月菜が問いかけてきた。
その手元には相変わらずの煮干しが用意されており、ルビィに与える傍ら、自らの口にも運び入れたりしている。
「あー……。厳密に言えば、デートとは違うと思うんだけどなぁ」
月菜が明日の予定を知っている事に驚きはなかった。
なぜなら、浮足立っている眞尋の声が幾度となく聞こえていたからだ。
壁越しではあるが、圭の耳にも『デート。デート』と聞き取れる。
加瀬家でこれなのだ、眞尋の両親と顔を合わせたりしたら何を言われる事やら。
「うんうん。ついにお兄ちゃんにも春が訪れるんだね。妹としては嬉しいやら寂しいやらだよ」
圭が緋美佳に想いを寄せていた事は月菜とて知っていた筈だが、その事については何も触れてこない。
やはり実らぬ恋にいつまでも固執するのは間違っていると思われているのだろうか。
とはいえ、せめて月菜だけには事情を説明するべきかと圭は口を開きかけるが、そうなると集団飛び降り自殺の件についても触れなくてはいけない可能性も出てくる。
デート自体は決して間違いではないものであったし、圭は余計な事は喋らない事にした。
そんな圭を見てどう感じたのか、月菜はどこか諦観したような口調で続ける。
「まぁ、眞尋ちゃん相手なら失敗はないと思うけど。お兄ちゃん、ちゃんとデート用の服とかって持ってるの?」
「そのくらいはな」
澄ました表情で返すも、さすが長年一緒に暮らしている妹である。なかなか鋭い指摘をしてくると圭は焦りを禁じ得ない。
正直に言えば、自ら進んで購入したデートに耐えうる服など一着も持っていない。
もちろん、緋美佳が圭の告白を受け入れていればまた事情は違っただろうが、この際if的な話はどうでもよい。
ここで重要になってくるのは、ナンパが趣味のひとつだと公言して憚らない一樹の存在だ。
そんな一樹に連れられて繁華街へと赴いては、付き合いで何着か買わされた服がクローゼットで出番を待っている。思わず一樹に感謝してしまう数少ない場面だ。
(でぇと、でぇとぉ~~。ふぎゃ!)
壁の向こうからなんとも締まりのない声が聞こえてきたが、妙な叫びを残し静かになった。
身悶えた拍子に家具か柱にでも激突したか。さもなくば、遅い時間帯を憂慮した母親に黙らされたか。
物言いたげに見つめてくる妹の視線に、どことなく居心地の悪くなった圭は咳払いをひとつ残して自室へと戻る事にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(デートか…)
早々に潜り込んだ布団の中で呟いた。
自室に戻っても何も手につかない圭は寝る事に決めたが、慣れない早寝も身体が受け付けてくれなかった。
長いとも短いとも、考える事もなかった17年という人生を振り返るまでもなく、初のデートである。言い様のない緊張が圭の身を包む。
これまで一樹に幾度となくナンパに誘われながらも固辞していた事を少しだけ後悔した。デートとは、何をすれば良いのだろうか。
内容を考えれば、クラスメイトで集まって遊びに行くだけだ。
しかし、その合間には移動なり食事なり空白の時間ができる。
圭にはその空白を埋める自信がない。
自信ではなく事実だと、恥ずかしながらも言い切れる。
一樹と眞尋だけならばいつもと同じだが、委員長という未知の存在が加わるとなると勝手はまるで違うだろう。
(一樹に頼むか…)
最悪、委員長は一樹に任せてしまおうと考える。適材適所というやつだ。
放っておいても一樹は委員長に対して積極的に行動するつもりのようであるし、明日になってみれば圭が心配するほどの事はないのかもしれない。
圭を中心に考えているらしい委員長に対して後ろめたさも感じるが、圭をデートに誘い出した時点で彼女にとっての体面は守られているのだから、圭があれこれと悩む事でもない筈だ。
自分に都合の良い解釈に落ち着くと、次第に圭の意識はベッドの底よりも更に深いところへと沈み込んでいった。
夕食後の一時、月菜が問いかけてきた。
その手元には相変わらずの煮干しが用意されており、ルビィに与える傍ら、自らの口にも運び入れたりしている。
「あー……。厳密に言えば、デートとは違うと思うんだけどなぁ」
月菜が明日の予定を知っている事に驚きはなかった。
なぜなら、浮足立っている眞尋の声が幾度となく聞こえていたからだ。
壁越しではあるが、圭の耳にも『デート。デート』と聞き取れる。
加瀬家でこれなのだ、眞尋の両親と顔を合わせたりしたら何を言われる事やら。
「うんうん。ついにお兄ちゃんにも春が訪れるんだね。妹としては嬉しいやら寂しいやらだよ」
圭が緋美佳に想いを寄せていた事は月菜とて知っていた筈だが、その事については何も触れてこない。
やはり実らぬ恋にいつまでも固執するのは間違っていると思われているのだろうか。
とはいえ、せめて月菜だけには事情を説明するべきかと圭は口を開きかけるが、そうなると集団飛び降り自殺の件についても触れなくてはいけない可能性も出てくる。
デート自体は決して間違いではないものであったし、圭は余計な事は喋らない事にした。
そんな圭を見てどう感じたのか、月菜はどこか諦観したような口調で続ける。
「まぁ、眞尋ちゃん相手なら失敗はないと思うけど。お兄ちゃん、ちゃんとデート用の服とかって持ってるの?」
「そのくらいはな」
澄ました表情で返すも、さすが長年一緒に暮らしている妹である。なかなか鋭い指摘をしてくると圭は焦りを禁じ得ない。
正直に言えば、自ら進んで購入したデートに耐えうる服など一着も持っていない。
もちろん、緋美佳が圭の告白を受け入れていればまた事情は違っただろうが、この際if的な話はどうでもよい。
ここで重要になってくるのは、ナンパが趣味のひとつだと公言して憚らない一樹の存在だ。
そんな一樹に連れられて繁華街へと赴いては、付き合いで何着か買わされた服がクローゼットで出番を待っている。思わず一樹に感謝してしまう数少ない場面だ。
(でぇと、でぇとぉ~~。ふぎゃ!)
壁の向こうからなんとも締まりのない声が聞こえてきたが、妙な叫びを残し静かになった。
身悶えた拍子に家具か柱にでも激突したか。さもなくば、遅い時間帯を憂慮した母親に黙らされたか。
物言いたげに見つめてくる妹の視線に、どことなく居心地の悪くなった圭は咳払いをひとつ残して自室へと戻る事にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(デートか…)
早々に潜り込んだ布団の中で呟いた。
自室に戻っても何も手につかない圭は寝る事に決めたが、慣れない早寝も身体が受け付けてくれなかった。
長いとも短いとも、考える事もなかった17年という人生を振り返るまでもなく、初のデートである。言い様のない緊張が圭の身を包む。
これまで一樹に幾度となくナンパに誘われながらも固辞していた事を少しだけ後悔した。デートとは、何をすれば良いのだろうか。
内容を考えれば、クラスメイトで集まって遊びに行くだけだ。
しかし、その合間には移動なり食事なり空白の時間ができる。
圭にはその空白を埋める自信がない。
自信ではなく事実だと、恥ずかしながらも言い切れる。
一樹と眞尋だけならばいつもと同じだが、委員長という未知の存在が加わるとなると勝手はまるで違うだろう。
(一樹に頼むか…)
最悪、委員長は一樹に任せてしまおうと考える。適材適所というやつだ。
放っておいても一樹は委員長に対して積極的に行動するつもりのようであるし、明日になってみれば圭が心配するほどの事はないのかもしれない。
圭を中心に考えているらしい委員長に対して後ろめたさも感じるが、圭をデートに誘い出した時点で彼女にとっての体面は守られているのだから、圭があれこれと悩む事でもない筈だ。
自分に都合の良い解釈に落ち着くと、次第に圭の意識はベッドの底よりも更に深いところへと沈み込んでいった。
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