38 / 72
はじまり
038 或る朝
しおりを挟む
(そういえば、明日はどうするんだろうな)
特訓を始めてからというもの、妙に寝覚めの良い朝を迎えている圭はベッドから身を起こしながらに思った。
今日は金曜日。普通に体育の授業があるのでこれまで通りだが、日曜はもちろん叉葉山高は土曜日も休みだ。
部活動などで登校する生徒もそれなりにいる筈だが、特訓相手の予定を圭は知らなかった。
圭自身は特訓に明け暮れるくらいでも構わないと思っていたが、他の三人はそういう訳にもいかないだろう。
こちらは少しの時間も惜しいが、その事情を聞かされていない者にしてみれば休日まで特訓に駆り出される謂れはない。
週末はどうするつもりだったのかと特訓の発案者である千沙都に聞いてみたかったが、その彼女も圭の特訓初日を見届けた後に非常勤講師の仮面を一旦置き、緋美佳の後方支援を務めるべくこの土地を離れてしまっていた。
(後で顔を合せた時にでも、予定を聞けばいいか)
全員が特訓に付き合ってくれるという事であれば願ったりだ。
同じ学生の身である八津坂や新任教師の沢木は難色を示すかもしれないが、場合によっては継島が師範を務める道場へと足を運ぶのも悪くないだろう。
もしかしたら圭自身が決める前に、千沙都と緋美佳が戻ってくるかもしれない。
あくまでも願望を反映した可能性に過ぎなかったが、そう考える事で圭の心は妙に浮き立った。
その時、木製のドアが軽いノック音を響かせ、圭を現実へと引き戻す。
「お早う、お兄ちゃん。…うん、ちゃんと起きてるね」
圭の返事を待たず、静かに開けられた隙間から顔を覗かせたのは月菜だった。
ここ数日の寝起きが良くなってきているとはいえ、食卓を管理する事を数年来の日課としている月菜に先んじる程ではない。
ザナルスィバの中に料理人の知識があったならば、休日の夕食くらいは用意してみようかと感謝の念を抱きつつ、すぐに行くからと身振りで示した。
「――!?」
兄が寝惚けていない事を確認した月菜が踵を返した瞬間、圭は信じられない物を視界に捉えた。
「…お兄ちゃん?」
兄が息を呑む気配を感じたのだろう。
反射的に足を止めた月菜が不思議そうに振り返った。
「あー、いやいや。なんでもないから」
「? …変なの」
慌てて手を振る圭の様子はどう見ても怪しかったが、最近は何かとお年頃な様子の兄なのだ。
当面は大目に見ておこうと判断した月菜は、そのままキッチンへと戻っていった。
後には目の前の現実をどう整理するべきかと、ベッドに正座姿で悩む圭だけが残った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なぁ、月菜。それ…ルビィだったか。月菜が名前をつけたのか?」
今日も今日とて煮干しを与えている様子を見ながら、圭は綺麗に平らげた食器を流しに運んでいた。
「ん~、名前がないと不便かなって思ってたら、急に閃いたの。
多分、この子がテレパシーで教えてくれたんじゃないかな~って」
冗談混じりに笑う月菜だったが、それは実際に感じた事なのだろうと圭は察した。本当に超能力の類が介在したのかどうかの真偽はさておくとしてもだ。
そしてそんな二人の会話など興味がないのか、一心不乱に煮干しを貪るルビィ。余程お気に入りなのだろう。
鼬と栗鼠を掛け合わせたような容姿は、ゲームやアニメに登場するようなペットモンスターを連想させた。
細長い尻尾を大きく揺らしながら小さな手と口で煮干しに噛り付く様子は、たしかに可愛らしいと認識されるものだろう。
そう、圭にも見えるようになったのだ。なってしまったのだ。
半透明の状態ながらも、幻などではなく確かな質感を伴った姿が圭にも認識できていた。
圭を起こしに顔を出した月菜の肩口に浮かぶ姿を見た時は、自分はまだ寝惚けているのだという可能性を信じようとしていたが、今は現実を認めなくてはいけなかった。
(これもやっぱり、ザナルスィバになったせいなんだろうなぁ)
しかし、見えるようになった以上は気になってしまうのがルビィの正体である。
少なくとも圭の記憶にはない生物であり、現存するメディアから合致する情報を探そうとしても、徒労に終わる事は想像に難くない。
そもそも、人の目に映らぬ生物など調べようがないではないか。
そうなれば自動的に人外の世界の生物という事になり、聞くべき相手も限られてくる。
(緋美姉か、千沙都さんか…)
話題にするからには、今の状況をすべて打ち明ける流れになるだろう。
専門知識が豊富で、顔見知りで信頼に足る人物……千沙都などはどこまで信頼して良いのかは正直怪しいところもあるが、きちんと話せば悪いようにはしないだろう。
問題は、二人がいつ戻ってくるかだ。
月菜がルビィの存在を語るようになったのは昨日今日という事でもない。
ただでさえ急変してしまっている日常生活にこれ以上の波風を立てないためには、放置しておいた方が良いくらいだろう。
(…急ぐ事でもないか)
どちらにせよ、ルビィの件に関しては先送りする以外にどうこうできる事はない。
食器を洗い終えた圭は登校の準備をするべく自室に戻った。
特訓を始めてからというもの、妙に寝覚めの良い朝を迎えている圭はベッドから身を起こしながらに思った。
今日は金曜日。普通に体育の授業があるのでこれまで通りだが、日曜はもちろん叉葉山高は土曜日も休みだ。
部活動などで登校する生徒もそれなりにいる筈だが、特訓相手の予定を圭は知らなかった。
圭自身は特訓に明け暮れるくらいでも構わないと思っていたが、他の三人はそういう訳にもいかないだろう。
こちらは少しの時間も惜しいが、その事情を聞かされていない者にしてみれば休日まで特訓に駆り出される謂れはない。
週末はどうするつもりだったのかと特訓の発案者である千沙都に聞いてみたかったが、その彼女も圭の特訓初日を見届けた後に非常勤講師の仮面を一旦置き、緋美佳の後方支援を務めるべくこの土地を離れてしまっていた。
(後で顔を合せた時にでも、予定を聞けばいいか)
全員が特訓に付き合ってくれるという事であれば願ったりだ。
同じ学生の身である八津坂や新任教師の沢木は難色を示すかもしれないが、場合によっては継島が師範を務める道場へと足を運ぶのも悪くないだろう。
もしかしたら圭自身が決める前に、千沙都と緋美佳が戻ってくるかもしれない。
あくまでも願望を反映した可能性に過ぎなかったが、そう考える事で圭の心は妙に浮き立った。
その時、木製のドアが軽いノック音を響かせ、圭を現実へと引き戻す。
「お早う、お兄ちゃん。…うん、ちゃんと起きてるね」
圭の返事を待たず、静かに開けられた隙間から顔を覗かせたのは月菜だった。
ここ数日の寝起きが良くなってきているとはいえ、食卓を管理する事を数年来の日課としている月菜に先んじる程ではない。
ザナルスィバの中に料理人の知識があったならば、休日の夕食くらいは用意してみようかと感謝の念を抱きつつ、すぐに行くからと身振りで示した。
「――!?」
兄が寝惚けていない事を確認した月菜が踵を返した瞬間、圭は信じられない物を視界に捉えた。
「…お兄ちゃん?」
兄が息を呑む気配を感じたのだろう。
反射的に足を止めた月菜が不思議そうに振り返った。
「あー、いやいや。なんでもないから」
「? …変なの」
慌てて手を振る圭の様子はどう見ても怪しかったが、最近は何かとお年頃な様子の兄なのだ。
当面は大目に見ておこうと判断した月菜は、そのままキッチンへと戻っていった。
後には目の前の現実をどう整理するべきかと、ベッドに正座姿で悩む圭だけが残った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なぁ、月菜。それ…ルビィだったか。月菜が名前をつけたのか?」
今日も今日とて煮干しを与えている様子を見ながら、圭は綺麗に平らげた食器を流しに運んでいた。
「ん~、名前がないと不便かなって思ってたら、急に閃いたの。
多分、この子がテレパシーで教えてくれたんじゃないかな~って」
冗談混じりに笑う月菜だったが、それは実際に感じた事なのだろうと圭は察した。本当に超能力の類が介在したのかどうかの真偽はさておくとしてもだ。
そしてそんな二人の会話など興味がないのか、一心不乱に煮干しを貪るルビィ。余程お気に入りなのだろう。
鼬と栗鼠を掛け合わせたような容姿は、ゲームやアニメに登場するようなペットモンスターを連想させた。
細長い尻尾を大きく揺らしながら小さな手と口で煮干しに噛り付く様子は、たしかに可愛らしいと認識されるものだろう。
そう、圭にも見えるようになったのだ。なってしまったのだ。
半透明の状態ながらも、幻などではなく確かな質感を伴った姿が圭にも認識できていた。
圭を起こしに顔を出した月菜の肩口に浮かぶ姿を見た時は、自分はまだ寝惚けているのだという可能性を信じようとしていたが、今は現実を認めなくてはいけなかった。
(これもやっぱり、ザナルスィバになったせいなんだろうなぁ)
しかし、見えるようになった以上は気になってしまうのがルビィの正体である。
少なくとも圭の記憶にはない生物であり、現存するメディアから合致する情報を探そうとしても、徒労に終わる事は想像に難くない。
そもそも、人の目に映らぬ生物など調べようがないではないか。
そうなれば自動的に人外の世界の生物という事になり、聞くべき相手も限られてくる。
(緋美姉か、千沙都さんか…)
話題にするからには、今の状況をすべて打ち明ける流れになるだろう。
専門知識が豊富で、顔見知りで信頼に足る人物……千沙都などはどこまで信頼して良いのかは正直怪しいところもあるが、きちんと話せば悪いようにはしないだろう。
問題は、二人がいつ戻ってくるかだ。
月菜がルビィの存在を語るようになったのは昨日今日という事でもない。
ただでさえ急変してしまっている日常生活にこれ以上の波風を立てないためには、放置しておいた方が良いくらいだろう。
(…急ぐ事でもないか)
どちらにせよ、ルビィの件に関しては先送りする以外にどうこうできる事はない。
食器を洗い終えた圭は登校の準備をするべく自室に戻った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる