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3章:それぞれのテイマーの道

85. 極限

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 ノールックでアイテムを取り出す方法とやらをこの戦闘中に覚えろと言われた私。私の能力を買ってくれているのか、それともギンジさんが適当なだけなのか……後者っぽいなぁ~。
 そんなことを考えていると、ギンジさんはずんずん赤猿の方へと歩き出していった。

「ドレッドエンカウンター」
「ガァアア˝ア˝ア˝!!!」

 ギンジさんは赤猿の攻撃をするりと避けるとごく自然に相手の懐へと潜り込み、刀で切り付けるのと同時に技能名を唱えた。するとダメージを負った様子は無いのに、過剰なほど赤猿が怒りだす。

「よっと! ドレッドエンカウンターはダメージ量を0にする代わりに稼ぐヘイト値を増やす技能だ。しばらく俺がこいつの相手をしておくから、その間にやり方を説明するぞ」
「は、はい。よろしくお願いします。……ギンジさん、歩きながらなのに簡単に赤猿の攻撃を避けるんですね」
「まぁ、慣れだな。近接戦の訓練でこいつを何体も狩ってきたから攻撃モーションは完全に頭に入ってんだよ」

 ――もしかして、私にも毎日ソロで赤猿の相手をしろって言わないよね?

 そんな不安が頭を過ったが、ギンジさんが戦闘中のアイテムの取り出し方を説明しだしたので頭を切り替えた。
 本当に今更の話なのだが、このゲームでシステムウィンドウを出すには手を使ったジェスチャー機能をもちいる。基本的には目の前でシステムウィンドウを出すのだが、実はジェスチャーを行った手の前にウィンドウが開かれる設定上、別に目の前でなくてもシステムウィンドウを開くことが出来る。

 そして具体的なノールックアイテム取り出し方法だが、まずインベントリのアイテム一覧から戦闘中使うアイテムの表示位置を調整する。分かりやすいのは一覧の一番上か一番下だ。そして、システムウィンドウを視界の邪魔にならない位置に出して、取り出したいアイテムを選択する。その一連動作を見ずに出来るように体で覚えるのだ。
 
 ――……えっ、これ結構難しいんですけど!?

 ギンジさんが赤猿のヘイトを受け持ってくれている間に、私は何度も各種ポーションを取り出す練習を繰り返した。けれど、それが全然上手くいかないのだ。ノールックだとインベントリのスクロールバーを抑えることすらおぼつかない。

「おい、そろそろヘイトをそっちに戻すぞ。あとは戦いながら覚えろ」
「そんな! もうちょっとだけ時間下さい!」
「駄目だ。戦闘中に想定外のトラブルなんていくらでも起きる。そういった物は気合で乗り越えろ」
「そんな無茶な!?」

 私が尚も抗議しようとした所で、突然ギンジさんの姿が掻き消えた。恐らく何かしらの技能かアイテムを使ったのだろう。
 ギンジさんの姿を見失った赤猿は、ギンジさんの次にヘイトを稼いでいた私に狙いを定めて襲い掛かって来る。

「もう少し優しく指導してくれてもいいじゃないですか! ……分かりましたよ。やればいいんでしょ!! 気合いだー!!!」

 覚悟を決めて短剣を構えた私は、まずは戦闘を安定させることを最優先にした。ギンジさんがヘイトを受け持ってくれたおかげで、魔法の重ね掛けとMP・スタミナ回復は済ませている。後はレキ達との連携で継続的な戦闘の流れをもう一度作る。
 赤猿の攻撃パターンはすでに大体覚えていたので、戦闘を安定化させること自体は簡単だった。あとは、この状態を維持したままポーションを取り出す練習をする。

 タッチミス。タッチミス。皮。MPポーション。牙。皮。皮。皮。タッチミス。MPポーション。HPポーション……。赤猿との戦闘を継続しながら必死でアイテム取り出しの練習を続ける。すると、ボスとの戦闘中で集中力が高まっているからなのか、少しずつノールックで目的のアイテムが取り出せるようになってきた。

「ポーションは飲んでもいいし、体に掛けても効果が出る。自分で使いやすい方法を決めておけ」

 私はその言葉に従い、取り出したポーションを飲んでみたり、腕に掛けたり、頭に掛けたりしていった。その結果、飲むのと頭に掛けるのは論外だなと判断し、更に色々試す。そして最終的に肩に掛けるのが一番戦闘の邪魔にならないと判明し、そのやり方を採用する。

 戦闘を継続するほど集中力が高まってアイテムの取り出しや使用がスムーズになっていく。それだけでなく、赤猿の動きがよく見えるようになってきたし、不思議とレキやパルの動きや行動が感覚で把握出来るようになってきた気がする。
 いったいどれだけの時間こうして戦い続けたか分からないが、その戦闘に1つ目の変化が訪れた。

「ゴォォオオアアアアア˝ア˝!!」
「HPを5割切って1段階目の強化が来たな。ナツ、ここからは機動力と攻撃力が1段上がるぞ」

 赤猿はHPを5割切ると1段階目の強化が行われ、3割切ると更に1段階強化されて発狂モードに移行する。ここまで戦ってやっと5割切ったのかと私は軽く溜め息を吐いた。

 赤猿の機動力は確かに上がったが、その行動パターン自体はほぼ変化がない。何故かは分からないが、今の私は私史上一番調子がいいのだ。ちょっと動きが速くなったぐらいで今の私達は揺らがない。
 私の集中力は更に上がっていき、それに伴って戦闘速度も加速していく。そうすると次は、レキ達の動きが感覚的に分かるようになるだけでなく、阿吽の呼吸でベストなタイミングで魔法を打ってくれるようになってきた。赤猿も含めて全ての動きと意識が繋がっているような、そんな不思議な感覚がする。
 
 激しい戦闘にも関わらず、内面はどんどん静かになっていくような感覚になり、その不思議な感覚のまま更に戦闘は加速していった。すると赤猿に更なる変化が訪れる。発狂モードだ。

「最後の壁だ。ここからは機動力と攻撃力が上がるだけじゃなく、攻撃パターンも大きく変わる。集中を切らさず戦い抜け」
「頑張ります! ……レキ、パル。少しの間でいいから、赤猿の足止めをお願い!」
「ワフッ!」「パルゥ!」

 足止めの為にレキ達が積極的に動き過ぎると、赤猿のヘイトがそちらに向く危険性がある。けれど、私は切り札を切る為にレキ達に足止めをお願いする。
 パルは攻撃魔法により相手の意識を分散させ、更にフロストバインドで行動阻害をする。レキもマナシールドにより私に襲い掛かろうとする赤猿の前に壁を作る。
 そしてそんなレキ達の頑張りのお陰で出来た時間を使って、私は手足に枷を再び装備し、インベントリから1つのアイテムを取り出した。

「ギアを上げられるのは赤猿だけの専売特許じゃない。……毘沙門天」

 ……

 …………

 ………………

「はぁ~、ふぅ~。……勝ったぁぁああああ!!!」
「ワフゥ~!!」「パルゥウウ!!」

 私の持てる全てを出し尽くし、赤猿のHPを削り切った。今日はもう集中力が切れて、これ以上戦える気がしない。

「良くやった。……正直俺は赤猿を倒すまであと何日か掛かると思っていた。最後の追い込みは本当に凄かったぞ」
「へへっ。今日の私は今までになく極限でした。……あとはもう、ベッドで寝ます」

 もう頭が働かなくてヘロヘロだ。そんな私を見てギンジさんは苦笑し、今日はこれで現地解散することとなった。
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