『貨幣の記憶 〜人類と価値の物語〜』

leviathan

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第五章

「ヴェネツィアの影と紙幣の光」

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『銀は重い。運ぶには不便だった。
やがて人は、“あることにする”という技術を覚えた。

約束を紙に刻むことで、何も持たずに富を動かせる。
それが「紙幣」の始まりだった』

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霧に沈む水の都――ヴェネツィア共和国。
複雑に入り組んだ運河の町には、貨物と信用と謀略が行き交っていた。

その港町の一角に、“印刷業者”を装った秘密結社のような店があった。
そこでは毎日、「価値なき紙」が「力ある金」として生まれ変わっていた。

少年の名は――エルコレ。
名門の商家に生まれながらも、一夜にして破産した父の背を見て、貨幣と信用の本質を探るべくこの街にやってきた。

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「これは……ただの紙だ。なのに、なぜ皆が受け取る?」
エルコレがそう呟くと、老印刷師・マルツィオは笑った。

「紙じゃない。“国が保証した”という言葉の写しだよ」
「言葉の……写し?」

「“この紙を持つ者には、銀貨百枚を与える”と書いてある。それを“誰もが信じる”なら、実物の銀は要らない。
 むしろ、“銀があると信じている”こと自体が価値になる」

「……それって、幻じゃないか?」

「いいや、“幻”こそ人を動かす。
 剣や砲ではなく、“信じた想像”がこの都市を動かしている」

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紙幣の裏側には、必ず“誰かの名前”が記されていた。
それは王ではなく、“銀行家”や“共和国”という人の群れ。

エルコレは次第に気づき始める。

この街を支配しているのは、兵でも船でもない。
“取引をつなぐ約束の連鎖”だった。

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だが――ある夜、紙幣の価値が暴落する事件が起きた。
新興銀行が「十分な銀を持たぬまま」紙幣を刷りすぎていたのだ。

人々は言った。

「騙された!」
「これはただの紙だ!」
「神の怒りだ!」

市民は怒り狂い、銀行の建物に火を放った。

マルツィオは焼け落ちる建物を見上げながら呟いた。

「……信頼が燃える時、それはただの紙よりも軽くなる」

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『貨幣とは、“存在する”と“信じる”の間にある構造物。
それを支えているのは、法でも軍でもなく――“物語”だ。

だが、物語には終わりがある。
そしてその終わりは、常に“過剰な信頼”から始まる』

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火の夜が明けた後、エルコレは瓦礫の中から一枚の紙幣を拾い上げた。
そこに書かれていたのは、かつての共和国の信条だった。

「信用とは、相手を信じることではない。
 自らの信念を、未来に託す勇気である」

彼はその紙をポケットにしまい、再び歩き始めた。
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