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第二章:火鋼脈を求めて
爺はドワーフが欲しい
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◆また人材…
村へ戻ったジョーたちは、採取してきた薬草の束を村の広場にいた老婆へと手渡した。
腰の曲がったその手つきは年季が入り、薬草を手に取るとすぐに目が細まる。
「……こりゃあ、間違いねぇ。ええ薬草だ」
葉の裏や茎の筋を確かめながら、老婆は静かに頷いた。
パッとアメリアの顔が明るくなる。
「ハイポーションの素材に出来ると思うんだが…どうだろうか?」
だが、アメリアの発言を受けた老婆が口にした言葉は、どこかため息まじりだった。
「確かに素材にはなる…だども――」
ジョーが首をかしげる。
「だども……?」
「ハイポーションに精製するなんて芸当は、今の村じゃ無理だべ。薬師がおらんもんでな」
老婆は遠くを見るように続けた。
「昔はいたんだよ、薬草の扱いに長けた娘がな。でももう何年も前に村を出てしもうて……今はキャラバンが来た時に、薬草と引き換えに薬をもらってるのが関の山だ」
ジョーが何か言いかけるより早く、老婆はぽんと彼の手に薬草の束を戻した。
「この薬草、村じゃ貴重なもんだ。ありがたく使わせてもらうけど……ハイポーションなんて代物、戦場でもなきゃ必要ねぇもんよ」
アメリアは黙って空を見上げ、小さく呟いた。
「また……人材か……」
⸻
◆アメリアの武具
昼過ぎ、村の広場にて、アメリアは日課の素振りを行っていた。
空気を裂く鋭い風音とともに、刀身が弧を描く。
しかし――オルデンベアと死闘を繰り広げた刀身は、素人であるジョーから見ても傷んでいた。
「……そういやアメリア、その剣……ガタが来てるんだよな?」
鍛錬を終えたアメリアが息を整えながら、刀身を見下ろす。
「……ああ。鋼が軋んでいるし、魔力の通りも悪い。魔芯がおかしくなっているんだろう。今はまだ使えるが……村の鍛治師兼大工では手に負えないみたいだ…」
彼女は手にした剣を鞘に収めると、肩をすくめた。
ジョーは小さく呻きながら、腕を組む。
「やっぱ鍛冶職人を探すしかないのか……」
すると、突如――
「その通りじゃ!! マトモな鍛治師を連れてこい!!」
頭の中にバールの声が怒鳴り込んできて、ジョーは思わず飛び上がった。
「うわっ、びっくりした。バール、急に叫ぶなよ……!」
「女騎士の剣も、もう駄目じゃな。レベルが上がったんじゃから、武具も一段階上げんとな」
「……契約魔法で強化とかできないのか?」
ジョーが興味本位で尋ねると、バールがフンと鼻を鳴らした。
「できるにはできるが……効率がめちゃ悪いからお勧めせんぞ? 魔芯が暴走する危険もある」
「そっかー……うーん、他に手はないか」
額に手を当てて考え込むジョーに、バールはすかさず乗ってくる。
「あるじゃろがい、ドワーフに鍛えさせれば良いだけの話じゃ!」
「えっ、ドワーフって……あのドワーフ? 髭モジャで斧か槌を持ってそうな?」
思わず苦笑しながら振り返ると、バールはその反応にむしろ誇らしげな調子で続けた。
「何を言っとる、ドワーフはドワーフじゃ! 職人気質で偏屈で頑固で、そして最高の武具を作る――それがドワーフという生き物じゃ!」
口調には妙な説得力と、なぜか嬉しそうな興奮すら混じっている。
アメリアはジョーが黙り込んでいるのを、怪訝そうな表情で見つめている。
「ちなみにドワーフの居所に心当たりはあるのか?」
「ドワーフなんぞ、鉱石が取れる山の近くに行けばいくらでもおるじゃろ」
「それっていつの話? どうせまた1000年前とか言い出すんだろ?」
「んぉー……覚えとらん!」
バールの言葉は相変わらずいい加減だ。
「なあアメリア。鍛治師を探して雇えばいいんじゃないの?」
アメリアは難しそうに腕を組んだ。
「……できればとっくにやっている。だが、王都からの派遣は遅れているし、期待もできない。村の周囲に、都合よく優秀な鍛治師が転がっているとも思えん」
「むぅ……じゃあ、やっぱり」
ジョーはこめかみを押さえながら、軽く息を吐いた。
「アメリア、ドワーフってこの辺に住んでないの? バールが“剣はドワーフに鍛えさせろ”ってやたらうるさくて…」
アメリアは首をかしげた。
「どうだろうな……私自身は見たことがない。ただ――村の老人たちの話では、“昔はよく交易に来ていた”らしい」
「交易?」
「山の奥にドワーフの街があって、鉱石やら薬草やらと物々交換していたそうだ。村の鍬や斧の一部にも、ドワーフ製の刻印が残っているらしいぞ」
「へぇ……ってことは、完全に消えたってわけじゃないのか」
「うむ。ここ数十年ほど姿を見せなくなったというだけで、どこかにいる可能性はある。探索するなら村の連中に話を聞いてみよう」
「おお、じゃあちょっと“鍛治師捜索クエスト”ってことで、情報収集してみるか!」
「また軽く言う……まあいい。無駄足でも構わん。他に何か収穫があるかもしれないし、なにより剣の修復は急務だ」
「ふぉっふぉっふ、ワシには見えるぞ! ドワーフと契約し、村の工業力が爆上がりする未来がな!!」
「バール、それ完全に投資案件のノリだよね……?」
「当然じゃ!資本を投じるには情報が要るのぅ……行ってまいれ、小童!」
こうして、“村の武具と産業の未来を握る鍵”を求めた探索が、ひっそりと始まった――。
⸻
◆民会
その日の夕刻、鍛錬を終えたアメリアは、村の広場に立っていた。
手には手短な書き付けと、簡素な金属棒――村人を集めるための合図に使う鐘が吊られていた。
「民を集めてほしい。今日の夜、ここで民会を開く」
そうジノに頼むと、彼は力強く頷いて走り去っていった。
アメリアは静かに空を仰ぐ。
空はすでに茜色に染まり、夜の帳がすぐそこまで迫っていた。
⸻
その夜、村の広場には、ざっと百人近い村人たちが集まっていた。
焚き火の火が辺りをぼんやりと照らし、中央には石造りの演壇が設けられている。
そこに、一歩進み出たアメリアが立った。
「皆の者。集まってくれて感謝する」
凛とした声が、夜の静寂に響く。村人たちは自然と耳を傾けた。
「この村は今、大きな転機にある。魔獣騒動では、村の戦力が減った。加えて、インフラも整っていない。農耕、水源、住居、医療、人材……足りないものだらけだ」
少し言葉を切ると、周囲から不安げなざわめきが起こった。
「だが――希望もある。王都からの支援、移民の流入、そして……我々には知恵と、根気がある」
アメリアはそう言って、村人達を見回した。
「今後の村の立て直しに向けて、いくつかの方針を共有しておく。まずは、戦力および狩猟班の補填、武具の修復。次に、耕作地と水の整備。加えて、医薬品の拡充と流通の確保」
「そのために……鍛冶師が必要だ。正確には――ドワーフの職人だ」
その言葉に、一部の年配の村人たちがどよめく。
「ドワーフ……まだ、生きてるのか……」
「昔は南の山脈のふもとまで、交易に来てたそうだ」
アメリアは静かに頷く。
「私は見たことがないが、彼らは今もどこかで生きている。優れた鍛冶師であり、もしも協力が得られれば――この村の武具、農具、建築技術は格段に進歩するだろう」
「明日から、探索隊を組織する。ドワーフの居所を探り、交渉を試みる。危険は伴うが、この村の未来を拓くための一歩だ」
村の広場には焚き火の灯りと拍手が満ち、アメリアの言葉に多くの村人たちが力強く頷いていた。
未来へ向けての第一歩――そんな空気が確かに広がっている。
……その傍ら、ジョーの肩に乗ったまま、バールがボソボソと何かを呟いていた。
「……のぅ、ジョー……そろそろ“責任者”の設定をしておいた方がええぞい……」
「……バール、今いいとこなんだけど?」
「アメリアじゃよ。女騎士に称号でも与えておけ。あやつを村民の上に置くんじゃ」
「は?俺が称号をつけれるのか……?」
「決まっとる。これから村民はお主の“契約下”じゃろうがい。
ちゃんとまとめ役を決めておかんと、契約がゴチャついて損失が出るぞ?」
ジョーは思わず額を押さえた。
「……いやいや、村民全員って、ビットコインがいくらあっても足りねえだろ……」
「心配無用。女騎士に注ぎ込んだ時の10分の1も使わんで済むわい。
女騎士の場合は“浪漫投資”じゃ。村民は、ほぼノーリスクで“労働契約”じゃよ」
「いや、“労働契約”って言い方やめろ。なんかブラック企業みたいじゃん……」
「ふぉっふぉっ、ワシらの商売じゃろ? 無から価値を生み出す! そう、それが経済じゃ!」
「頼むから黙っててくれ……いま、けっこう真面目な空気なんだよ……」
「待て待て!ここで一言、女騎士に宣言させるんじゃ!“私はお前たちのまとめ役、監督官のアメリア・グレイスハルトだ!”とな。そしたら、あとは自然と――」
「……いや、なんでそううまくいく前提なんだよ?」
「災厄から村を救った英雄であり、元より“監督官”なのだから、正当な指揮官じゃ。名乗れば皆ついてくるぞぃ」
「つまり、"宣言"と"同意"によって“ジョー→アメリア→村民”の流れができあがる。
わかるか?ピラミッドじゃ。ネズミ構の完成じゃ!」
「待って!?なにそれ!?それ完全にアウトな仕組みじゃない!?」
「ふぉっふぉっふぉっ、構造は悪くない!心根が清ければ問題ない!!
人の上に人を乗せ、正しく分配する――それがマネジメントというもんじゃ!」
「もうやだこの亡霊……」
バールの暴走にぐったりしつつも、ジョーは観念したように息を吐いた。
⸻
◆アメリアの宣言
民会のざわめきが収まり、アメリアの呼びかけで話し合いは次の議題へ移ろうとしていた――その時。
「……あー……アメリア?」
ジョーが珍しく、ひどく気まずそうに声をかけた。
「なんだ、ジョー?」
「えっと、その……これから村の再建とかさ、人員の指示とかさ……誰かが中心になってやらないとダメだろ?」
「……そうだな。それがどうした?」
「う、うん……い、一応。なんか、ほら、肩書とかあった方がこう、やりやすいし。あの……まとめ役的な……?」
「……その、ちょっと、言ってほしいことがあって」
「なんだ? 薬草か? それとも幽霊の“投資話”か?」
「いや、違う。真面目なやつ……だと思う。うまく言えないけど、こう……リーダー的なやつを、あんたが自分で言ってくれた方が……いいっていうか……」
言葉を選びながら、モゴモゴとしゃべるジョー。
アメリアは少しだけ呆れたような顔をしたが、その目には“何か理由があるのだろう”という真剣さが読み取れた。
(……妙に真剣だな。どうせまた、何か裏があるに違いないが……)
アメリアはジョーをじっと見つめた。
――そして。
「……くっ……」
アメリアは一歩前に出ると、芝居がかったように胸を張った。
「――私はお前たちの、まとめ役!監督官のアメリア・グレイスハルトだ!そうだな!?(棒読み)」
村民たちは戸惑いながらも顔を見合わせ、
「……お、おーっ!!」
「アメリア様についていきますぞーっ!!」
次第に声が重なり、広場に歓声が沸いた。
――しかし、アメリアはその間ずっと、恨みがましい視線でジョーを睨み続けていた。
(ヤバい……これは数日間は根に持たれるやつだ……)
ジョーが冷や汗をかいていると、肩の上からバールの満足げな声が聞こえた。
「……ふぉっふぉっ。契約、完了じゃな」
ジョーが広場のざわめきを背に、肩をすくめて小声でぼやく。
「ったく……全部押しつけやがって……」
そこへ、バールが涼しい顔で口を挟んだ。
「それにの、ジョー。村人全員となんて契約して、お主がキャパオーバーになったら元も子もないじゃろ?」
「は?……いやいや、ちょっと待てバール。前は“村人全員と契約せい!”って言ってたよな?」
「ん? 儂そんなこと言ったかのぅ? 記憶にないのぅ」
「テメェ……」
「まぁまぁ落ち着けい。ちなみにじゃが、キャパオーバーになるとどうなるか、知っとるか?」
「……いや。どうなるんだ?」
「頭がパーンッ!じゃ!!」
「説明が雑すぎる!!」
「ふぉっふぉっ。要するに、お主の精神力が足らん。最悪、廃人になるだけじや」
「……おい」
「それに、女騎士のような上玉人材を見つけても、契約する余裕がなければ儲けの"機会損失"じゃろぅ?」
「最初から言えや!!!!」
村へ戻ったジョーたちは、採取してきた薬草の束を村の広場にいた老婆へと手渡した。
腰の曲がったその手つきは年季が入り、薬草を手に取るとすぐに目が細まる。
「……こりゃあ、間違いねぇ。ええ薬草だ」
葉の裏や茎の筋を確かめながら、老婆は静かに頷いた。
パッとアメリアの顔が明るくなる。
「ハイポーションの素材に出来ると思うんだが…どうだろうか?」
だが、アメリアの発言を受けた老婆が口にした言葉は、どこかため息まじりだった。
「確かに素材にはなる…だども――」
ジョーが首をかしげる。
「だども……?」
「ハイポーションに精製するなんて芸当は、今の村じゃ無理だべ。薬師がおらんもんでな」
老婆は遠くを見るように続けた。
「昔はいたんだよ、薬草の扱いに長けた娘がな。でももう何年も前に村を出てしもうて……今はキャラバンが来た時に、薬草と引き換えに薬をもらってるのが関の山だ」
ジョーが何か言いかけるより早く、老婆はぽんと彼の手に薬草の束を戻した。
「この薬草、村じゃ貴重なもんだ。ありがたく使わせてもらうけど……ハイポーションなんて代物、戦場でもなきゃ必要ねぇもんよ」
アメリアは黙って空を見上げ、小さく呟いた。
「また……人材か……」
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◆アメリアの武具
昼過ぎ、村の広場にて、アメリアは日課の素振りを行っていた。
空気を裂く鋭い風音とともに、刀身が弧を描く。
しかし――オルデンベアと死闘を繰り広げた刀身は、素人であるジョーから見ても傷んでいた。
「……そういやアメリア、その剣……ガタが来てるんだよな?」
鍛錬を終えたアメリアが息を整えながら、刀身を見下ろす。
「……ああ。鋼が軋んでいるし、魔力の通りも悪い。魔芯がおかしくなっているんだろう。今はまだ使えるが……村の鍛治師兼大工では手に負えないみたいだ…」
彼女は手にした剣を鞘に収めると、肩をすくめた。
ジョーは小さく呻きながら、腕を組む。
「やっぱ鍛冶職人を探すしかないのか……」
すると、突如――
「その通りじゃ!! マトモな鍛治師を連れてこい!!」
頭の中にバールの声が怒鳴り込んできて、ジョーは思わず飛び上がった。
「うわっ、びっくりした。バール、急に叫ぶなよ……!」
「女騎士の剣も、もう駄目じゃな。レベルが上がったんじゃから、武具も一段階上げんとな」
「……契約魔法で強化とかできないのか?」
ジョーが興味本位で尋ねると、バールがフンと鼻を鳴らした。
「できるにはできるが……効率がめちゃ悪いからお勧めせんぞ? 魔芯が暴走する危険もある」
「そっかー……うーん、他に手はないか」
額に手を当てて考え込むジョーに、バールはすかさず乗ってくる。
「あるじゃろがい、ドワーフに鍛えさせれば良いだけの話じゃ!」
「えっ、ドワーフって……あのドワーフ? 髭モジャで斧か槌を持ってそうな?」
思わず苦笑しながら振り返ると、バールはその反応にむしろ誇らしげな調子で続けた。
「何を言っとる、ドワーフはドワーフじゃ! 職人気質で偏屈で頑固で、そして最高の武具を作る――それがドワーフという生き物じゃ!」
口調には妙な説得力と、なぜか嬉しそうな興奮すら混じっている。
アメリアはジョーが黙り込んでいるのを、怪訝そうな表情で見つめている。
「ちなみにドワーフの居所に心当たりはあるのか?」
「ドワーフなんぞ、鉱石が取れる山の近くに行けばいくらでもおるじゃろ」
「それっていつの話? どうせまた1000年前とか言い出すんだろ?」
「んぉー……覚えとらん!」
バールの言葉は相変わらずいい加減だ。
「なあアメリア。鍛治師を探して雇えばいいんじゃないの?」
アメリアは難しそうに腕を組んだ。
「……できればとっくにやっている。だが、王都からの派遣は遅れているし、期待もできない。村の周囲に、都合よく優秀な鍛治師が転がっているとも思えん」
「むぅ……じゃあ、やっぱり」
ジョーはこめかみを押さえながら、軽く息を吐いた。
「アメリア、ドワーフってこの辺に住んでないの? バールが“剣はドワーフに鍛えさせろ”ってやたらうるさくて…」
アメリアは首をかしげた。
「どうだろうな……私自身は見たことがない。ただ――村の老人たちの話では、“昔はよく交易に来ていた”らしい」
「交易?」
「山の奥にドワーフの街があって、鉱石やら薬草やらと物々交換していたそうだ。村の鍬や斧の一部にも、ドワーフ製の刻印が残っているらしいぞ」
「へぇ……ってことは、完全に消えたってわけじゃないのか」
「うむ。ここ数十年ほど姿を見せなくなったというだけで、どこかにいる可能性はある。探索するなら村の連中に話を聞いてみよう」
「おお、じゃあちょっと“鍛治師捜索クエスト”ってことで、情報収集してみるか!」
「また軽く言う……まあいい。無駄足でも構わん。他に何か収穫があるかもしれないし、なにより剣の修復は急務だ」
「ふぉっふぉっふ、ワシには見えるぞ! ドワーフと契約し、村の工業力が爆上がりする未来がな!!」
「バール、それ完全に投資案件のノリだよね……?」
「当然じゃ!資本を投じるには情報が要るのぅ……行ってまいれ、小童!」
こうして、“村の武具と産業の未来を握る鍵”を求めた探索が、ひっそりと始まった――。
⸻
◆民会
その日の夕刻、鍛錬を終えたアメリアは、村の広場に立っていた。
手には手短な書き付けと、簡素な金属棒――村人を集めるための合図に使う鐘が吊られていた。
「民を集めてほしい。今日の夜、ここで民会を開く」
そうジノに頼むと、彼は力強く頷いて走り去っていった。
アメリアは静かに空を仰ぐ。
空はすでに茜色に染まり、夜の帳がすぐそこまで迫っていた。
⸻
その夜、村の広場には、ざっと百人近い村人たちが集まっていた。
焚き火の火が辺りをぼんやりと照らし、中央には石造りの演壇が設けられている。
そこに、一歩進み出たアメリアが立った。
「皆の者。集まってくれて感謝する」
凛とした声が、夜の静寂に響く。村人たちは自然と耳を傾けた。
「この村は今、大きな転機にある。魔獣騒動では、村の戦力が減った。加えて、インフラも整っていない。農耕、水源、住居、医療、人材……足りないものだらけだ」
少し言葉を切ると、周囲から不安げなざわめきが起こった。
「だが――希望もある。王都からの支援、移民の流入、そして……我々には知恵と、根気がある」
アメリアはそう言って、村人達を見回した。
「今後の村の立て直しに向けて、いくつかの方針を共有しておく。まずは、戦力および狩猟班の補填、武具の修復。次に、耕作地と水の整備。加えて、医薬品の拡充と流通の確保」
「そのために……鍛冶師が必要だ。正確には――ドワーフの職人だ」
その言葉に、一部の年配の村人たちがどよめく。
「ドワーフ……まだ、生きてるのか……」
「昔は南の山脈のふもとまで、交易に来てたそうだ」
アメリアは静かに頷く。
「私は見たことがないが、彼らは今もどこかで生きている。優れた鍛冶師であり、もしも協力が得られれば――この村の武具、農具、建築技術は格段に進歩するだろう」
「明日から、探索隊を組織する。ドワーフの居所を探り、交渉を試みる。危険は伴うが、この村の未来を拓くための一歩だ」
村の広場には焚き火の灯りと拍手が満ち、アメリアの言葉に多くの村人たちが力強く頷いていた。
未来へ向けての第一歩――そんな空気が確かに広がっている。
……その傍ら、ジョーの肩に乗ったまま、バールがボソボソと何かを呟いていた。
「……のぅ、ジョー……そろそろ“責任者”の設定をしておいた方がええぞい……」
「……バール、今いいとこなんだけど?」
「アメリアじゃよ。女騎士に称号でも与えておけ。あやつを村民の上に置くんじゃ」
「は?俺が称号をつけれるのか……?」
「決まっとる。これから村民はお主の“契約下”じゃろうがい。
ちゃんとまとめ役を決めておかんと、契約がゴチャついて損失が出るぞ?」
ジョーは思わず額を押さえた。
「……いやいや、村民全員って、ビットコインがいくらあっても足りねえだろ……」
「心配無用。女騎士に注ぎ込んだ時の10分の1も使わんで済むわい。
女騎士の場合は“浪漫投資”じゃ。村民は、ほぼノーリスクで“労働契約”じゃよ」
「いや、“労働契約”って言い方やめろ。なんかブラック企業みたいじゃん……」
「ふぉっふぉっ、ワシらの商売じゃろ? 無から価値を生み出す! そう、それが経済じゃ!」
「頼むから黙っててくれ……いま、けっこう真面目な空気なんだよ……」
「待て待て!ここで一言、女騎士に宣言させるんじゃ!“私はお前たちのまとめ役、監督官のアメリア・グレイスハルトだ!”とな。そしたら、あとは自然と――」
「……いや、なんでそううまくいく前提なんだよ?」
「災厄から村を救った英雄であり、元より“監督官”なのだから、正当な指揮官じゃ。名乗れば皆ついてくるぞぃ」
「つまり、"宣言"と"同意"によって“ジョー→アメリア→村民”の流れができあがる。
わかるか?ピラミッドじゃ。ネズミ構の完成じゃ!」
「待って!?なにそれ!?それ完全にアウトな仕組みじゃない!?」
「ふぉっふぉっふぉっ、構造は悪くない!心根が清ければ問題ない!!
人の上に人を乗せ、正しく分配する――それがマネジメントというもんじゃ!」
「もうやだこの亡霊……」
バールの暴走にぐったりしつつも、ジョーは観念したように息を吐いた。
⸻
◆アメリアの宣言
民会のざわめきが収まり、アメリアの呼びかけで話し合いは次の議題へ移ろうとしていた――その時。
「……あー……アメリア?」
ジョーが珍しく、ひどく気まずそうに声をかけた。
「なんだ、ジョー?」
「えっと、その……これから村の再建とかさ、人員の指示とかさ……誰かが中心になってやらないとダメだろ?」
「……そうだな。それがどうした?」
「う、うん……い、一応。なんか、ほら、肩書とかあった方がこう、やりやすいし。あの……まとめ役的な……?」
「……その、ちょっと、言ってほしいことがあって」
「なんだ? 薬草か? それとも幽霊の“投資話”か?」
「いや、違う。真面目なやつ……だと思う。うまく言えないけど、こう……リーダー的なやつを、あんたが自分で言ってくれた方が……いいっていうか……」
言葉を選びながら、モゴモゴとしゃべるジョー。
アメリアは少しだけ呆れたような顔をしたが、その目には“何か理由があるのだろう”という真剣さが読み取れた。
(……妙に真剣だな。どうせまた、何か裏があるに違いないが……)
アメリアはジョーをじっと見つめた。
――そして。
「……くっ……」
アメリアは一歩前に出ると、芝居がかったように胸を張った。
「――私はお前たちの、まとめ役!監督官のアメリア・グレイスハルトだ!そうだな!?(棒読み)」
村民たちは戸惑いながらも顔を見合わせ、
「……お、おーっ!!」
「アメリア様についていきますぞーっ!!」
次第に声が重なり、広場に歓声が沸いた。
――しかし、アメリアはその間ずっと、恨みがましい視線でジョーを睨み続けていた。
(ヤバい……これは数日間は根に持たれるやつだ……)
ジョーが冷や汗をかいていると、肩の上からバールの満足げな声が聞こえた。
「……ふぉっふぉっ。契約、完了じゃな」
ジョーが広場のざわめきを背に、肩をすくめて小声でぼやく。
「ったく……全部押しつけやがって……」
そこへ、バールが涼しい顔で口を挟んだ。
「それにの、ジョー。村人全員となんて契約して、お主がキャパオーバーになったら元も子もないじゃろ?」
「は?……いやいや、ちょっと待てバール。前は“村人全員と契約せい!”って言ってたよな?」
「ん? 儂そんなこと言ったかのぅ? 記憶にないのぅ」
「テメェ……」
「まぁまぁ落ち着けい。ちなみにじゃが、キャパオーバーになるとどうなるか、知っとるか?」
「……いや。どうなるんだ?」
「頭がパーンッ!じゃ!!」
「説明が雑すぎる!!」
「ふぉっふぉっ。要するに、お主の精神力が足らん。最悪、廃人になるだけじや」
「……おい」
「それに、女騎士のような上玉人材を見つけても、契約する余裕がなければ儲けの"機会損失"じゃろぅ?」
「最初から言えや!!!!」
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※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
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