魔法使いになりたかった

にのみや朱乃

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剣聖となれ

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 或る国には殺戮者の噂が流れます。
 曰く、剣のみを携えた若き少年が一夜で村一つを滅ぼすのだと。
 曰く、魔すらも扱わぬ若き少年が一夜で部隊一つを滅ぼすのだと。
 けれど、殺戮者が狙うのは悪しき罪人だけなのだと。

 民は怯えます。嗚呼、殺戮者に処断される。
 民は求めます。嗚呼、殺戮者の処断を、彼の者に。



 その夜、少年は再び殺戮を繰り返します。
 剣の贄は、貧しい村から税を貪る領主でした。心悪しき者だけを殺し、領主の館を制圧した少年は、闇夜を眺めていました。
 そうして、闇夜に浮かぶ一点の銀を見つけました。

 魔女でした。艶やかな烏を連れ、銀色の長い髪を靡かせる美しい魔女。
 その魔女の名は、銀雪の魔女。

 少年は悟りました。魔女が自らの売名のために大罪人を狩りに来たのだと。
 けれど、少年は闇夜の刃と化すことができませんでした。
 何故ならその魔女は既に少年を見ていたのです。笑っていたのです。
 まるで、少年が来ることを待っているかのように。

 殺戮者と魔女が遂に出逢います。
 少年は警告しました。魔女と言えど容赦しない。去れ。
 魔女は答えました。殺戮者と言えど警告するのだな。来い。

 少年は疾風の如く魔女に斬りかかります。誰もが追いつけなかった疾さで。
 けれど、その白刃は魔女に届きませんでした。氷の刃が魔剣を弾いたのです。
 魔女は笑っていました。少年は初めて畏怖を識りました。
 既に、地から伸びた氷柱が少年の喉元に突き付けられていたのです。
 魔女は言いました。力の差を知らぬのは、変わらぬな。

 少年は悟りました。魔女が下民の断罪のために大罪人を狩りにきたのだと。
 少年は尋ねました。もしや、何時ぞやの魔女か。
 魔女は肯きました。そうだ、何時ぞやの殺戮者。今は、義賊か。

 少年は言いました。殺せ。ぼくの負けだ。
 魔女は言いました。殺戮者ならば斬るが、義賊ならば斬らぬ。
 その剣は贖罪のために振るわれた。ならば、その命は狩らぬ。

 少年の命を脅かした氷が霧散します。
 それは魔女が少年の罪を赦した証でした。
 それは魔女が少年の命を奪わぬ証でした。
 少年は尋ねます。何故、ぼくを救うのだ。
 魔女は答えます。お前を愛する者に頼まれた。ただ、それだけだ。

 少年は呟きます。母さんが、ぼくを。けれど、もう母さんは。
 少年は月を見上げます。最愛の母に祈ったあの夜のように。
 愚かなこの身では、愛する貴方を救うことができなかった。
 汚れたこの身では、愛する貴方に逢うことができなかった。
 母さん。親不孝者をお赦しください。

 烏が語ります。病は魔女様が癒しました。魔に染まらぬ魔女ならば、当然のこと。
 少年は驚きます。未知の病を治すことができたのか。
 烏は答えます。銀雪の魔女の手にかかれば容易いこと。
 そして、貴方に逢いに来たのです。御母様の御伝言を、貴方に逢いたいという清らかな願いを、お伝えするために。

 少年は悟りました。魔女が下民の救済のために大罪人に逢いに来たのだと。
 少年は尋ねます。されど、対価は要らぬのか。
 魔女は答えます。払いたくば、その身で払え。その剣で払え。
 お前が信ずる正義で、お前が思う正義で、弱者を救うのだ。

 殺戮者は魔女の下僕となりました。
 銀雪の魔女は命じます。剣鬼よ、剣聖となれ。民を救え。
 殺戮者は跪きます。この剣は、この身は、銀雪の魔女の御身のために。



 或る国には剣聖の噂が流れます。
 曰く、剣のみを携えた若き少年が一夜で山賊一味を滅ぼしたのだと。
 曰く、魔すらも扱わぬ若き少年が一夜で凶悪なる龍を滅ぼしたのだと。
 曰く、対価すら求めぬ若き少年は正義のために悪を滅ぼすのだと。

 剣聖は語ります。
 魔に染まらぬ魔女を崇めよ。
 我が身は魔に染まらぬ魔女の下僕。我が剣は魔に染まらぬ魔女の手先。
 我が意志は、銀雪の魔女の意のままに。

 烏が大空に啼きます。大罪人の罪がいつか晴れる日を願って。


   †
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