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(15)恋人の正体は…

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契約も残り僅かな私は、これからの事が不安だ。
オファーは掛かってきたけど、オペが出来ないのでは無理だ。
それなら、いっそのこと病院を作るか。
クリニックはオペを必要としないから、診察だけだからな。
争いのない、平和なところが良い。


病室で、iPadで色々と検索してると急に視界から消えた。
 「入院中は活字を見ないように、と前にも言ったよな」
私のiPadを取り上げたのは、博人さんだった。
 「だって、暇なんだもん」 
 「しかも、iPadだし・・・。ん、これ」
ディスプレイに出てる画面を覗き込んでる。
 「なんでカナダ?」

取り返した私は何か言おうと口を開くと、私より早くに声を出してきた。
 「もしかして、今度はカナダか?」
 「オファーきたのは、オーストラリアだ」
 「オー・・・!!ラリア?『ラ』が付くのか?」
すっごい驚きようだ。
 「そうですよ。『ラ』が付く方ですよ。『ラリア』ですよ。でも、断った。
だから、次の契約がないんだよね。
それならいっそのことフリーでやってみようかなと思ってね。住みやすい所を検索してたの。
一番目に出てきたのが、カナダだってことなの。」
 「自分でクリニックを一から始めるのは大変だぞ」
 「分かってる」


博人さんは、自分の所にと言ってくれるが、そもそも皮膚科はない病院だ。
日本に帰ってから考えてもいいなと思ってると、博人さんはとんでもない事を言ってきた。
 「オランダ、フランス、スイス。どれがいい?」
は?と不思議に思ってると、こう付け加えてきた。
 「永住する気でいるなら、だ」
うーん・・・。
 「なんで?」
 「生前分与で、その3ヶ国のいづれかの土地を建物付きでくれるって言うんで・・・。
ん、どした?」

私は、思わず頭を抱え込んでしまっていた。
 「博人さん、あなたは何者なの?」
 「あれ、教えてなかった?」
 「なんにも」と首を横に振る。
 「私が知ってる博人さんは、日独のハーフで日本人。
大学学長とサメの従兄弟で、龍三先生とは師弟の関係。
…ああ、そうだ。ここのボスのアンソニーとも従兄弟ですよね。
それと、天然で、おちゃらけドクター」
違いますか?

うんうんと頷きながら聞いていた博人さんは、
 「ちょっと待て、最後の天然云々は誰の事だ?」
 「貴方の事ですよ。それと、私とは大学での先輩後輩ですね。」
以上です。と、きっぱり言ってやった。
 「抜けてるよ、大事なことが」
 「何がですか?」
 「先輩後輩だけど、私達は恋人だ。忘れるなよ。」
その言葉を聞けて嬉しくしてると、デコピンされた。

それに、本当は言いたくないのだけど、と前置きしては、「一度しか言わないから…」と、実に言いにくそうに言ってくれる。
 「はい」
 「トモ。私はね、フルネームを…、
『博人=ヴィオリーネ・フォン・パトリッシュ=福山』と言うんだ。」

は?フォン・パトリッシュ?
・・・まさか。

 「フォン・パトリッシュって、あのドイツの名門の…、あのパトリッシュ候?
それでもって、一族の中には爵位とか持ってる人も大勢いて、世界屈指の財閥。
その一族のボスは日本人だけど、ドイツに永住権を持ち5人の子供がいて、そのうち4人は女性で残り1人は男性…!」

私の口から滝のように言葉が流れ落ちてくるのを、博人さんは私の口を両手で押えようとしてる。
しばらく黙ってると、私の口から手を離した博人さんは苦笑していた。

まさか、この人は…。
低い声で言ってやる。
 「あなたは、そのボスである御大公の直系ですか?」
すると、私の口に指を当てて「シー…」と静かにするように、と言ってくる。
その指が温かい。舐めてしまいたい、という気持ちになってくる。
溜息をついた博人さんは、困り顔をして言ってくる。
 「よく、そんなに出てくるねえ。お爺様の事を御大公と公言出来るのは日本では数人しかいないよ。それに、私はお爺様の跡は継がない。エントリーから外してもらったからね。」
ドイツに行っただろう。その時に、私の恋人は男性です、とお爺様には言ってるから。

その言葉に友明は即答していた。
大学3年生の時、ドイツに歌いに行った時に、その御大公に会った。
フェスの前夜祭でお会いした時に、『御大公』と呼ぶようにと言われたからだ、と。
それを聞いた博人さんは、「ああ、本人に会ったのか」と呟いていた。


が、私の頭はパニック状態だ。
でも、やっぱりそうなのかと謎だったことが不思議としっくりくる。
龍三先生が、なぜ「様」を付けて呼ぶのか。
なぜ、この人が俺様なのか。
天然でおちゃらけキャラなのに、憎めないところがあるのか。
もの腰がスマートで上品なのか。
どことなく、ボスの風格を漂わせてるところとか。

パズルのピースが全部埋まって、一枚の絵に仕上がった。

私は、とんでもない人を好きになってしまったんだな。
身分違いも甚だしい。

 「で、さっきの話に戻るけど…」と言ってくれるが、今の私にはとてもではないが返事ができない。
 「しばらく考えさせてください。」
これしか言えなかった。
 
だって、私の頭の中はフル回転中だったのだ。


溜息を吐いてベッドに寝そべると、すぐに夕食の時間がきた。
 「今日は、ここで一緒に食べる」
博人さんは、地下の店で買ってきたらしい物を取り出し並べてる。
それを見ていた私は、入院食よりそっちの方が良いなと言って、口アーンをして指差してやる。
 「ったく、もう…。一握りだけだぞ」と言いながら…。
博人さんは私の口の中に、マグロの握りを一握り入れてくれた。

ぅんまい!


 「そういえば、博人さんの連絡先、知らないんだよね」
 「そうだな、私も友の連絡先知らないな」と言って、博人さんはメルアドを教えてくれた。
私のはiPadだけなんだ、と言ってメルアドを教えた。


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