簪屋のお妙

路地裏

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花魁道中

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目立つ汚れも無くなってきたところで、ふと表が騒がしいことに気が付く。
ちらりと店の外へ顔を出すと、隣人も外へ出ている。丁度いいと妙は隣人に問いかけた。
「偉い方でもましますの?」
妙の声に通りの奥を見ていた隣人は振り返り、少し驚いた顔をして「あらこんにちは、お妙さん。偉い方なんてとんでもない。よ」と話す。
こんにちは、と返しながら妙も奥の方へ眼を遣った。

暫くするとその声を響き渡らせながら、先頭の亡八がやってくる。
しゃりしゃりと錫杖を鳴らし、緩慢な歩を見せている。次いで煙草盆を持つ禿と、金襴きんらんの袋物を持つ禿。

そして目前の亡八の肩に手を置き、一尺約30cmもの高さの道中下駄で内八文字に邌り歩く花魁。
刺繍の見事な着物を纏い、髪には簪屋のたえですら中々お目にかかれない豪奢な簪が挿されていた。
中でも妙の眼をいっとうひいたのは、銀で作られたびらびら簪だった。
なんて繊細な細工なのだろう、光の加減まで考慮された影の具合。「ああ!出来ることなら職人が知りたい!」そう思わずにはいられない。
しかし、その細工は梅の花。皮肉だ。

そのとき、ふと花魁がこちらを見遣る。
正確には妙の隣の簪を。一瞬の出来事だった。だが、妙は冷水を浴びせられたように急速に頭が冷えるのを感じる。
彼女の瞳は憎悪に満ちていた。
簪にいい思い出のない人もいる。郭の女性は特に。
彼女らにとって簪とは、自らを郭に閉じ込める枷の象徴に見えるのだろう。
美しさなど関係ない、己の価値を示す為の物。そんなもの、見たくないに決まっている。だのに私は。

「お妙さん大丈夫かい。随分見惚れていたようだけど」
隣人に声をかけられ、意識が浮上する。いつの間にか一行はいなくなっていた。
「すみません、大丈夫です。」
少し刺激が強かったようで、と加え、妙は店の中へと戻った。



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梅の花が皮肉、というのは梅毒を連想してます。
遊女達から簪とはどう見えていたのでしょうか。単なるお洒落、憧れ、枷。はたまた別の何かなのか。
その他で何かあればコメントお願いします。
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