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マリアンナが結核のため亡くなった。
マリアンナとファビオが村を訪れてから半年が経っていた。
ファビオは悲しみに暮れ、全身の力がなくなるような感覚に襲われた。予測していた未来だったが、想像以上の無気力にさいなまれた彼は、物言わぬ廃人のようになってしまった。生前のマリアンナの好意には応えられなかったものの、マリアンナは彼のすべてだった。
葬儀が終わり、マリアンナの正式な墓ができた後も、ファビオはマリアンナの夫サルヴァトーレのもとで御者を続けることができた。これはファビオにとって予想外のことだった。主人のサルヴァトーレは嫉妬深い人間で有名だった。マリアンナがいるうちは御者を続けられても、亡くなったあとはすぐにお払い箱だろうとファビオは思っていた。
なぜ自分が仕事を続けられるのか。いや、さらに言うと、なぜ生きていられるのかもファビオにはわからなかった。そんな彼の次なる生活は、ただ体が動くから仕事をし、目の前に飯が出るから食べるだけの日々だった。悲しみが癒えたというよりも、それを感じる根源が消滅してしまったと言うほうが正しいかもしれない。
マリアンナが亡くなってちょうど一年が経った日のことである。ファビオは馬に乗り、マリアンナがかつて療養していた村を訪れた。彼は彼女が亡くなってからも毎日想い続けてきたのであるが、なぜか木と話した記憶だけ抜け落ちていた。ところがこの日、朝目覚めると、不意に当時の記憶がよみがえったのである。
(あの美しかった木は、どうしているだろうか……)
ファビオが森の中を進んでいくと、木は花畑の中心で変わらずたたずんでいた。しかしその姿は黒ずんでいてみすぼらしく、かつての面影が感じられなかった。
ファビオは木に吸い寄せられるようにして近づき、幹に触れた。木と話せるような予感があったのだ。
「木よ。奥様は亡くなった。僕は奥様を愛していた。しかし、奥様の愛には応えられなかった。当たり前だよ。どうして貴族夫人と御者で愛し合うことなどできるだろうか」
穏やかな風がファビオの頬を撫でるようにして過ぎた。その時、木が、ファビオの耳元にあった枝を鳴らした。
「そうか。あの人間の女が死んだのか。では俺を切って、十字架にしてくれ」
マリアンナとファビオが村を訪れてから半年が経っていた。
ファビオは悲しみに暮れ、全身の力がなくなるような感覚に襲われた。予測していた未来だったが、想像以上の無気力にさいなまれた彼は、物言わぬ廃人のようになってしまった。生前のマリアンナの好意には応えられなかったものの、マリアンナは彼のすべてだった。
葬儀が終わり、マリアンナの正式な墓ができた後も、ファビオはマリアンナの夫サルヴァトーレのもとで御者を続けることができた。これはファビオにとって予想外のことだった。主人のサルヴァトーレは嫉妬深い人間で有名だった。マリアンナがいるうちは御者を続けられても、亡くなったあとはすぐにお払い箱だろうとファビオは思っていた。
なぜ自分が仕事を続けられるのか。いや、さらに言うと、なぜ生きていられるのかもファビオにはわからなかった。そんな彼の次なる生活は、ただ体が動くから仕事をし、目の前に飯が出るから食べるだけの日々だった。悲しみが癒えたというよりも、それを感じる根源が消滅してしまったと言うほうが正しいかもしれない。
マリアンナが亡くなってちょうど一年が経った日のことである。ファビオは馬に乗り、マリアンナがかつて療養していた村を訪れた。彼は彼女が亡くなってからも毎日想い続けてきたのであるが、なぜか木と話した記憶だけ抜け落ちていた。ところがこの日、朝目覚めると、不意に当時の記憶がよみがえったのである。
(あの美しかった木は、どうしているだろうか……)
ファビオが森の中を進んでいくと、木は花畑の中心で変わらずたたずんでいた。しかしその姿は黒ずんでいてみすぼらしく、かつての面影が感じられなかった。
ファビオは木に吸い寄せられるようにして近づき、幹に触れた。木と話せるような予感があったのだ。
「木よ。奥様は亡くなった。僕は奥様を愛していた。しかし、奥様の愛には応えられなかった。当たり前だよ。どうして貴族夫人と御者で愛し合うことなどできるだろうか」
穏やかな風がファビオの頬を撫でるようにして過ぎた。その時、木が、ファビオの耳元にあった枝を鳴らした。
「そうか。あの人間の女が死んだのか。では俺を切って、十字架にしてくれ」
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