2 / 3
2
しおりを挟む
アンジェラはローラとの会話をリチャードに聞かれたと思い、全身がわなわな震えた。領主の息子の陰口を言うなんて、身の程知らずもいいところだ。自分だけでなく、村全体に迷惑がかかるかもしれない。アンジェラは身の不安と、これからの生活への恐怖を感じた。
「わ、わたしはお邪魔虫だと思うので……リチャード様、アンジェラ、お二人でごゆっくり~……」
ローラは見るからにまずい状況を脱するため、こう言い残すと逃げるように去って行った。罪の半分を抱える彼女を引き止めようという考えすら浮かばないほど、アンジェラは動揺していた。
状況が飲み込めていないベンジャミンは、リチャードとアンジェラの双方の顔を交互に眺め、首をかしげている。
「アンジェラ、どうかしたの? リチャード様……?」
リチャードは依然として心を挫かれていたが、落ち着いて深呼吸した。混乱した感情を静めて、冷静になろうとした。怒りがないと言えば嘘になるが、そもそも領主の息子という立場をかえりみずに村娘を追いかけたのが悪い。それに、アンジェラと結婚するような未来だって見えていなかった――そう、彼女には彼女の人生があり、弄ぼうといった考えはなかったにせよ、そっとしておくのが道理だった。領主の息子に恋されたなら、恋人の存在を隠すのだって当然の成り行き。アンジェラに恋人がいるという事実はきっと――村人たち皆が暗黙の了解として隠してきたことだったのだろう。
リチャードは反省した。自分の役割はむしろ、彼女のような平民の生活を守ることにこそある。村の人たちが身の丈に合った相手と結婚をして、幸せに暮らす。そのような土地にしていくことが領主の役割だった。自分もいずれ父親の跡を継いで領主になる以上、今からそう振る舞っておかねばならないと、リチャードは決意した。
「いや、ベンジャミン、なんでもないよ! この倉庫、老朽化が進んでいるよね。改築を考えているんだ」
ベンジャミンの怪訝そうな顔がぱっと明るくなった。
「さようでございますか! さすがリチャード様です!」とにこにこして、「私は材木を売りにいくために他の領主様の土地にも行くのですが、こんなに懸命に考えてくださる方はいませんよ」
ベンジャミンの賞賛にもかかわらず、リチャードの顔は暗さを増した。
「すまないな、気を遣わせてしまっているようだ」
リチャードの落ち込んだ様子を気にもせず、ベンジャミンは明るい顔をそのままにして、
「何をおっしゃっているんですか! こうしてリチャード様が頻繁に来てくれるからこそ、村にとって必要な設備や環境が整うのではありませんか。私はリチャード様に感謝してますし、リチャード様が次の領主様でなければ嫌ですよ!」
と言ったあと、屈託なく「あはははは」と笑った。
リチャードの心はベンジャミンの言葉で一瞬、輝きを取り戻した。自分の行いが村人たちのためになる一面もあったのだと思えた。しかし、その思いも束の間、アンジェラとローラの言葉が脳裏に浮かび、心の中にあった微かな灯火は再び物思いの陰に覆われた。何を信じ、誰を信じるべきか、彼にはわからなくなっていた。
ベンジャミンは「では、私も務めがございますので、これにて失礼致します」と言い、リチャードに対して深々と頭を下げ、その場を去って行った。
ついに、リチャードとアンジェラだけが残り、その周りを重い空気がみたした。
「わ、わたしはお邪魔虫だと思うので……リチャード様、アンジェラ、お二人でごゆっくり~……」
ローラは見るからにまずい状況を脱するため、こう言い残すと逃げるように去って行った。罪の半分を抱える彼女を引き止めようという考えすら浮かばないほど、アンジェラは動揺していた。
状況が飲み込めていないベンジャミンは、リチャードとアンジェラの双方の顔を交互に眺め、首をかしげている。
「アンジェラ、どうかしたの? リチャード様……?」
リチャードは依然として心を挫かれていたが、落ち着いて深呼吸した。混乱した感情を静めて、冷静になろうとした。怒りがないと言えば嘘になるが、そもそも領主の息子という立場をかえりみずに村娘を追いかけたのが悪い。それに、アンジェラと結婚するような未来だって見えていなかった――そう、彼女には彼女の人生があり、弄ぼうといった考えはなかったにせよ、そっとしておくのが道理だった。領主の息子に恋されたなら、恋人の存在を隠すのだって当然の成り行き。アンジェラに恋人がいるという事実はきっと――村人たち皆が暗黙の了解として隠してきたことだったのだろう。
リチャードは反省した。自分の役割はむしろ、彼女のような平民の生活を守ることにこそある。村の人たちが身の丈に合った相手と結婚をして、幸せに暮らす。そのような土地にしていくことが領主の役割だった。自分もいずれ父親の跡を継いで領主になる以上、今からそう振る舞っておかねばならないと、リチャードは決意した。
「いや、ベンジャミン、なんでもないよ! この倉庫、老朽化が進んでいるよね。改築を考えているんだ」
ベンジャミンの怪訝そうな顔がぱっと明るくなった。
「さようでございますか! さすがリチャード様です!」とにこにこして、「私は材木を売りにいくために他の領主様の土地にも行くのですが、こんなに懸命に考えてくださる方はいませんよ」
ベンジャミンの賞賛にもかかわらず、リチャードの顔は暗さを増した。
「すまないな、気を遣わせてしまっているようだ」
リチャードの落ち込んだ様子を気にもせず、ベンジャミンは明るい顔をそのままにして、
「何をおっしゃっているんですか! こうしてリチャード様が頻繁に来てくれるからこそ、村にとって必要な設備や環境が整うのではありませんか。私はリチャード様に感謝してますし、リチャード様が次の領主様でなければ嫌ですよ!」
と言ったあと、屈託なく「あはははは」と笑った。
リチャードの心はベンジャミンの言葉で一瞬、輝きを取り戻した。自分の行いが村人たちのためになる一面もあったのだと思えた。しかし、その思いも束の間、アンジェラとローラの言葉が脳裏に浮かび、心の中にあった微かな灯火は再び物思いの陰に覆われた。何を信じ、誰を信じるべきか、彼にはわからなくなっていた。
ベンジャミンは「では、私も務めがございますので、これにて失礼致します」と言い、リチャードに対して深々と頭を下げ、その場を去って行った。
ついに、リチャードとアンジェラだけが残り、その周りを重い空気がみたした。
30
あなたにおすすめの小説
王子の恋の共犯者
はるきりょう
恋愛
人並みに恋愛小説を読むのが好きだった。叶わない恋は応援したくなる。好きなのに、身分が違うと言うだけで、結ばれないなんて、そんな悲しいことはない。だから、エルサは共犯者になることに決めた。
小説家になろうサイト様にも掲載しています。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
転生者と忘れられた約束
悠十
恋愛
シュゼットは前世の記憶を持って生まれた転生者である。
シュゼットは前世の最後の瞬間に、幼馴染の少年と約束した。
「もし来世があるのなら、お嫁さんにしてね……」
そして、その記憶を持ってシュゼットは転生した。
しかし、約束した筈の少年には、既に恋人が居て……。
疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど
くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。
貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
侯爵様の懺悔
宇野 肇
恋愛
女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。
そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。
侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。
その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。
おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。
――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる