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美少年を愛する王様ジョニーによる、栄光と没落の狂詩曲

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名君として知られた王様ジョニーは、政治と経済の両面において国を繁栄へと導き、その智謀で人々を惹きつけていた。しかし、彼の完璧な仮面の裏側には、美少年への異常な興味が隠されていた。

テオドールという名の少年は、王様ジョニーに見初められた美少年のうちの一人だった。初めて王宮に呼ばれた日、彼は華やかな赤い制服を身に纏い、どきどきしながら大きな扉をくぐった。高く聳える天井、豪華なシャンデリアが目を引いた。夕食は、彼が今まで見たこともないような豪勢な料理の数々だった。高級な牛肉、色とりどりの野菜、香り高いパン。舌を撫でるような美味しさに、彼はつい笑みをこぼした。しかし、次第に王の邪な視線の意味を理解し始めたとき、その喜びは恐怖と屈辱に変わった。

「テオドール、君には才能がある。特別なんだよ。だから、いつまでも側にいてほしい。地位も名誉も、思いのままにしてあげるからね」

毎夜のように王はそう言いながら、テオドールの細い肩に手を置き、意味深な仕草でマッサージを始めた。王の指先は彼の肩肉を優しく揉みほぐし、やがて背中へと降りていく。

テオドールは無言で頷くばかりだったが、その心の中は叫びたいほどの悲しみに満ちていた。息が浅く、速くなった。小刻みに震える肩から、王の手を受け入れるしかない無力さが漂っていた。王の甘い言葉にもかかわらず、彼は王宮が抱える負の側面を肌に感じ、深い絶望に落ち込んでいった。

一度王に見初められれば、その恐ろしい束縛から逃れる術はない。王宮の黒い噂を、他の少年たちも知っていた。しかしながら、王の一番近くで仕えることによる見返りには、より豊かな生活の実現という、無視できない魅力があった。父親や母親に美味しいご飯を食べさせてあげられるし、綺麗な洋服だってプレゼントできる。加えて、自分自身も出世するチャンスが得られるのだ。

少しの間だけ我慢すればいい。大人になれば解放される。王に迎えられた一部の少年たちは互いにそう励まし、王宮での出来事を冗談ぽく語り合っていたが、むしろそうすることでしか、現実に耐えられなかったとも言える。

しかし、王に好かれたからといって、常に報われたわけではない。時には地位や名誉の約束を反故にされ、ただひっそりと王宮から放逐される少年たちもいた。彼らの存在は、決して世に知られることなく、闇に葬られた。王の性癖に目をつけ自ら身体を売りに行く少年たちもいたが、彼らもまたその貪欲さに比して顧みられることなく、王宮の恥部に散ったのだった。

少年テオドールの父は王宮の下級役人だった。無論、王様ジョニーの性癖を知っていた。しかし、もし子どもが王に気に入られれば、一族全体の地位が向上する。そのような甘い誘惑に負け、理性と倫理観を押しのけてしまった。心の中では、家族を守る父親としての役割に背いていると、痛切に感じていた。それは他の少年たちの親にとっても同じだった。王の周りにいる全員が共犯者であり、犠牲者であった。王宮に出入りする”子どもたち”の親は、互いを非難することなく、暗黙裡に慰め合った。王に歯向かうことは、没落を意味するからである。



しかしある日、テオドールはもはや耐えられなくなった。王の慰み者という重圧、自己の本当の価値に悩まされ続ける日々。彼の心はそれに耐えられず、最終的な逃避路へと向かった。

テオドールが自ら命を絶ったその日、彼の部屋には血と静寂が深く結びついていた。この世で目にしたあらゆる絶望、恐怖、屈辱を打ち消す、最後の行為だった。頬には涙の痕が刻まれており、冷たいナイフを握りしめた手は、苦痛と解放の青みを帯びていた。彼の母ジュリアは悲嘆にくれ、息子が王の欲望のために犠牲になったことを悔いた。どうして、王宮に行く息子を止められなかったのだろう。幾夜を経ても、悔やみきれなかった。



金箔で飾られた豪華な馬車に乗り、王様ジョニーが賑やかな王都をパレードしていたある日のこと。燦々と降り注ぐ陽光の下、周囲からは賛美の声が絶えず、興奮した人々の歓声と華やかな音楽が王の威光を称えていた。屋根のない開放的な乗り物の上でも、王は美少年を隣に据えた。その少年の名は、リュカという。王は民衆の目があるにもかかわらず、時たまリュカのさらさらした手を握りしめ、弾力のある頬を撫でた。テオドール亡き後すぐに、新しいお気に入りとして、リュカは選ばれたのだった。王にとって、少年とは儚い生命による美の結晶であると同時に、取り替え可能な期限付きのぬいぐるみでもあった。

馬車に乗せられたリュカは、ゆったりとした馬車の動きと、盲目的な民衆による耳をつんざくような騒ぎ声との中で、無理やり笑顔を作り出していた。王の手がリュカの繊細な肩に触れるたび、その笑顔はより引き攣った。

民衆は王の隣りにいるリュカを垣間見ると、能天気にその美を称賛した。そしてその美少年が将来掴むであろう地位を羨んでいたが、彼らの視線はリュカの内部に潜む心の傷には届いていなかった。

王都のパレードがピークを迎えた正午、ジュリアはナイフを強く握りしめた。そのナイフの取っ手には、息子の枯れた血とともに、彼女の嘆きと怒りが染み込んでいた。

王の馬車が目の前を通り過ぎようとしたとき、ジュリアは愛する息子の記憶とともに、全力で馬車に向かって走った。そして馬車に乗り上がり王に近づくと、勢いよく腕を振り上げ、手に握ったナイフで王の胸を一突きにした。

ジュリアのナイフが王の胸を貫いた瞬間、王都の賑わいは嘘のように消え去った。衝撃で凍りつく者もあれば、叫び声をあげる者もあった。護衛たちは瞬く間にジュリアを取り囲み、馬車から引き摺り下ろし、地面に押し倒した。土に汚れたジュリアの顔には、満足そうな表情が浮かんでいた。



耳が聞こえなくなったのかと思うほどの静寂がリュカを包み込んだ。時が止まったように感じられた。



王は、流れ出る血を呆然と見つめた後、はっと我に返った。



「うっ、うぅ……リュカ、痛いよ。リュカ……リュカ……リュカ…」



刺された胸を押さえながら、そばにいるリュカの名を繰り返し呼んだ。血の海と化した馬車の上で、リュカは頭が真っ白になり、王が伸ばした手を振り払った。



「やめてください!」



拒まれた王の頬に、初めて涙が流れた。



その涙を見たリュカは、急いで王を支え、傷口をおさえた。反射的な行動だった。彼自身、なぜ自分がこのような行動をとったのかわからなかった。なんとか助けようとして、「医者を早く!」と叫び続けた。そこに存在したのは愛ではなかった。連綿と続く生命を継いできた人間の本能、とでもいうなら、的を得ているのかもしれない。しかしそれを愛と呼ぶには、人類はあまりにも進みすぎた。

リュカの必死の助けも虚しく、王様ジョニーは遂に息絶えた。そのときリュカの心には、王への憎悪という感情は存在しなかった。彼が感じたのは、その場の緊張と混乱から生まれる微かな安堵と、何とも言えない虚無だった。

ジュリアは捕らえられたが、その無謀とも言える行動により、王の非行が白日のもとに晒された。多くの時が費やされ、王政は廃止された。民衆が王を許さなかったのだ。国の未来を作っていくはずの王が、その礎たる少年を恥辱する。そんな国の国民であり続けることを、民衆の誇りが許すはずがなかった。

王の死後、リュカは王宮から遠く離れた街で新しい人生を歩み始めた。もう、美しいぬいぐるみである必要はなかった。呼び出しに怯える夕暮れもなく、王の腕の中で迎える朝焼けもなかった。しかし、心の深部には、王に辱めを受けた暗い過去が陰鬱な影を落としていた。目を瞑ると、走馬灯のように王の姿が蘇った。王の血がまだ手に付いているような気がして、何度も洗い流す夜があった。

それでも、リュカはひたむきに生きた。彼を支え続けていたのは、真実を知った民衆が、新しい国作りに向けて力を合わせているという事実だった。

新政府が樹立されるとき、その代表者は、未来に希望を抱く民衆に向かって、確固たる意志を込めてこう宣言した。

「我々は学んだ。過剰な権力が一人の手に集中すると、その下でいかなる悲劇が生まれるかを。そして今、我々の前に広がる未来に向けて、固く誓おう。年齢も性別も問わず、すべての人々が尊厳を守り、光り輝くことのできる国を作っていくと」
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