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春雨がしっとりと降り注いでいたある日の午後。

レストランの個室に通されたコルテオの顔は青ざめていた。頬はこけて、栄養失調ではないかと疑われるほどである。手入れされていない、ぼさぼさの長髪が肩までだらしなく垂れており、無理して借りてきたのであろうボロ燕尾服のズボン裾が泥だらけだった。


「……ベランジェール様。大変ご無沙汰しております。ご挨拶および作品の完成が遅れており……申し訳ございません」


豪華絢爛な個室に入るなり膝をつき、蚊のように貧弱な謝罪を始めたコルテオを見て、ベランジェールは不憫に思った。加えて、コルテオの目の下のクマが深くて驚いた。


「ひとまずコース料理を頼んであるから、思う存分食べなさい。話はそれからにするわ。座りなさい」


浮浪者寸前のようなコルテオは膝をついたままベランジェールを涙目で見つめた。なかなか立ち上がらなかった。


「おいらはクビでしょうか? 必ずベランジェール様の満足のいく作品を仕上げます。あと一週間もあれば……。どうか……少しの猶予をください……」


うわ言のように謝罪を続けるコルテオを見て、ベランジェールはセバスチャンに目配せした。セバスチャンはコルテオの両脇を抱え、椅子に座らせた。


「あのねコルテオ。クビとかそんなのじゃないから安心しなさい。私はね、あなたに特別な才能があると見込んでいるのよ。あと、作品の完成を急いではいけないわ。私はあなたの創作活動の現状がどうなっているか気になっているの。ヴァネッサっていう女と付き合ってるの?」


コルテオは不安そうに震えていたが、やがて姿勢を正した。セバスチャンにワイングラスを渡され、中身をぐっと飲み干した。


「そうです。将来結婚しようと考えています。向こうもそのつもりです。婚約しています。すぐには無理ですが、ベランジェール様のご支援のもとで絵を描き、王国展覧会で認められて、画家としての地位を得た後、世帯を持つつもりです」


王国展覧会は三年に一度実施される王国最大の絵画コンテストである。四月末に応募締め切りがあり、九月に結果が発表される。画家の登竜門となっていて、金銀銅のいずれの賞を受賞しても将来が約束される。それほど権威ある展覧会だった。ちなみに、コルテオは前回の展覧会が初めての応募だったが、一次で落選していた。


「ふーん、けっこうなことね。展覧会を目指していると聞けて安心したわ。……で、そのヴァネッサとはどれくらいの頻度で会っているの?」


ベランジェールはコルテオが女にうつつを抜かして創作しなくなるのが一番嫌だった。恋に浮かれて才能を無駄にした若者をたくさん見てきたからだ。肉欲の海に溺れていては、どんな才能も開花しない。


「月に一回です」コルテオはあっけらかんとして答えた。


「……? たったそれだけ!?」


ベランジェールの声がひっくり返ったタイミングで、目を見張るような料理の数々が運ばれてきた。飢えに近かったコルテオはごちそうを前にして失神しそうになったが、セバスチャンが揺り動かし、なんとか意識を保った。
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