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ゴードン男爵がエレオノーラに会いに行く当日。曇り空が昼の日差しをすっかり遮断する陰鬱な日となった。
ゴードン男爵は妻に花束を見られないように執務室に隠していた。王都の平民街を訪れるため、平民の服も用意した。これはアガーフィヤによるナイスアドバイスである。貴族の服を来た男が出入りしていては目立つと言っていたが、もっともだ!
アガーフィヤにはくれぐれも内密にと伝えておいたのでおそらく大丈夫だろうが、家の者にも見つからないように外出する必要があった。不本意だが、整髪料は馬車の中でつけねばならない。
(エレオノーラの家に行くチャンスは今日しかない。カチェリーナは縫い物教室に行っているからいないし、仕事も一段落したから休める。やっぱり謝罪というのは直接しないと意味がない。二人きりになれば、あの場で言えなかった本音も聞けるだろう……。ああ! エレオノーラ! わしの残り少ない旅路を照らす灯火……!)
あくまで謝罪のためにエレオノーラに会いに行くのだと、ゴードン男爵は自分に言い聞かせた。それは紛れもなく真実である。不純なだけの人間などなかなか存在しない。
しかし、エレオノーラが許してくれたあかつきには、関係を修復した証として一緒に食事をするかもしれない。お互いの愚かさを認め、笑い合い、……もしそうなるなら……必要になるのはサプライズの花束と、イケてる自分である。ゴードン男爵は薔薇色の未来に向けて完璧な準備をしたつもりだった。
使用人アガーフィヤが用意した馬車に乗り込む。アガーフィヤのことは信頼しているので、従者としては彼女一人。馬車が走り始めると、ゴードン男爵は鏡と整髪料を取り出し、揺れながらも髪を整える。狭い馬車の空間にライムの匂いが充満し、アガーフィヤは何度も咳き込んだ。フケだって飛んでくるし……まじで勘弁してくれ!
***
エレオノーラの家の側まで着くと、ゴードン男爵はその立派な屋敷に驚いた。豪邸……と言ってもよいし、城と言ってもよかった。正確にはエレオノーラの父であり大商人のグラーシモヴィチの家だった。サッカーコートよりも広い敷地に立派な庭園があり、警備兵があちこち見回っていた。さすがに大商人ともなると、泥棒や強盗への警戒がしっかりしている。
馬車から降り、ゴードン男爵はアガーフィヤに言った。
「お前はどこか離れたところで適当に時間を潰していろ。わしはここまで一人で来たことにする。それが先生にとって一番誠意を見せられるからな。男一匹、単身で来たのだというほうが格好がつく」
「かしこまりました。では……夕方くらいにまた来ればよろしいでしょうか?」
「そんなもんわからん! すぐに終わるかもしれんし、夕方かもしれんし、もし夕食に誘われたら夜だし、それ以上なら……明日の朝だ! とにかくわしは今集中しておる。邪魔せんでくれ! 適当にやれ!」
アガーフィヤは困惑した「ふり」をして一礼し、その場を去った。まさにここまで、カチェリーナの読み通りなのである。
(さすが奥様……旦那様の性格も行動も熟知しておられる……)
ゴードン男爵は妻に花束を見られないように執務室に隠していた。王都の平民街を訪れるため、平民の服も用意した。これはアガーフィヤによるナイスアドバイスである。貴族の服を来た男が出入りしていては目立つと言っていたが、もっともだ!
アガーフィヤにはくれぐれも内密にと伝えておいたのでおそらく大丈夫だろうが、家の者にも見つからないように外出する必要があった。不本意だが、整髪料は馬車の中でつけねばならない。
(エレオノーラの家に行くチャンスは今日しかない。カチェリーナは縫い物教室に行っているからいないし、仕事も一段落したから休める。やっぱり謝罪というのは直接しないと意味がない。二人きりになれば、あの場で言えなかった本音も聞けるだろう……。ああ! エレオノーラ! わしの残り少ない旅路を照らす灯火……!)
あくまで謝罪のためにエレオノーラに会いに行くのだと、ゴードン男爵は自分に言い聞かせた。それは紛れもなく真実である。不純なだけの人間などなかなか存在しない。
しかし、エレオノーラが許してくれたあかつきには、関係を修復した証として一緒に食事をするかもしれない。お互いの愚かさを認め、笑い合い、……もしそうなるなら……必要になるのはサプライズの花束と、イケてる自分である。ゴードン男爵は薔薇色の未来に向けて完璧な準備をしたつもりだった。
使用人アガーフィヤが用意した馬車に乗り込む。アガーフィヤのことは信頼しているので、従者としては彼女一人。馬車が走り始めると、ゴードン男爵は鏡と整髪料を取り出し、揺れながらも髪を整える。狭い馬車の空間にライムの匂いが充満し、アガーフィヤは何度も咳き込んだ。フケだって飛んでくるし……まじで勘弁してくれ!
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エレオノーラの家の側まで着くと、ゴードン男爵はその立派な屋敷に驚いた。豪邸……と言ってもよいし、城と言ってもよかった。正確にはエレオノーラの父であり大商人のグラーシモヴィチの家だった。サッカーコートよりも広い敷地に立派な庭園があり、警備兵があちこち見回っていた。さすがに大商人ともなると、泥棒や強盗への警戒がしっかりしている。
馬車から降り、ゴードン男爵はアガーフィヤに言った。
「お前はどこか離れたところで適当に時間を潰していろ。わしはここまで一人で来たことにする。それが先生にとって一番誠意を見せられるからな。男一匹、単身で来たのだというほうが格好がつく」
「かしこまりました。では……夕方くらいにまた来ればよろしいでしょうか?」
「そんなもんわからん! すぐに終わるかもしれんし、夕方かもしれんし、もし夕食に誘われたら夜だし、それ以上なら……明日の朝だ! とにかくわしは今集中しておる。邪魔せんでくれ! 適当にやれ!」
アガーフィヤは困惑した「ふり」をして一礼し、その場を去った。まさにここまで、カチェリーナの読み通りなのである。
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