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2ジオラス国の姫

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「まずは、この世界のことをお教え致しますわ」

 そう言ってエリザに案内されたのは、城の最上階にある展望室だった。
 そこへ向かうまで階段はなく、宙に漂う円盤に乗り吹き抜けを上がっていく。それはいわば、エレベーターのようなものだと理解した。
 最上階は温室のようになっていて、さまざまな植物が植えられている。その間を抜け、一旦外に出ると眼下にジオラス国の街並みが広がっていた。

「このジオラス国に住まう国民は皆、身体の中心に魔力を蓄えております。我らはそれを放出して物を動かしたり、生み出したりする力に変えていますの」

 エリザは淡々と語った。

「アイシャ様にかけられた呪いは、まさにその魔力の源を侵食するもの。そしてその源こそ、わたくしたちの心臓と言っても過言ではありません。ですから、魔力を使わなくとも、起きて活動するだけで呪いの侵食は進んでしまう……」

「だから、お姫様は眠っているのね」

 私の言葉に頷いたエリザは、ノエルを見る。

「ただ、眠っていても多少は魔力の放出があります。そこでノエルの魔法によって、アイシャ様の時間を遅らせているのです」

 先程見たノエルの魔法を思い出す。床に浮かび上がった魔方陣と、そこから出現したアイシャ姫。臆測だけど、違う次元にアイシャ姫の身体を置いているか、アイシャ姫ごと時間を切り離しているのかもしれない。

「しかし、それももう長くは持たないのです。アイシャ様の髪は黒くなっておりましたでしょう?」

「え? じゃあ、元は違う色なの?」

「呪いの影響を受け、黒くなってしまってますが、本来、アイシャ様の髪は深紅なのです」

 言葉を続けたノエルの顔色が悪い。そのことに私が気付くと同時に、エリザは彼に座るよう命じた。

「申し訳ありません、舞花様。ノエルはアイシャ様のため、常に魔力を使っておりますの。魔力は体力をも削ります。失礼して、少し休ませますわ」

「ええ……」

 拒もうとするノエルを叱咤し、エリザは無理矢理彼を座らせる。どう見ても彼より非力な彼女に座らせられたところを見ると、立っているのがやっとだったらしい。
 この二人を見ていると、彼らがいかにアイシャ姫を想っているのかがよく分かった。

「それで、私を召喚したのよね? 言って、私は何をしたらいいの?」

 ノエルの傍でエリザがキュッと口を引き結ぶ。そんな彼女の手に己のそれを重ねたノエルは、エリザの代わりに口を開いた。

「舞花様、酷い運命を貴女に押し付けてしまうことは重々承知しています。承知の上で、貴女にお願い致します……ドラゴンに食われていただきたいのです」

ドラゴンって……」

 話すのも辛そうなノエルを制し、エリザがそっと手を差し伸べる。開いた彼女の掌から、私が想像していたのとさほど変わらない、小さなドラゴンが姿を現した。

「この世界にはさまざまな種族がいますが、大きく分けて人間と魔族の二種類なんですの。その魔族を統べる存在がドラゴンなのですわ」

 ふわふわと飛び回るドラゴンの幻影は、時折赤い炎を口から吐き出す。

「人間と魔族は永らく争いに身を投じておりました。そんな中、ドラゴンがバラバラだった魔族をまとめ、人間にある条件を出すことで反発する魔族を抑えると約束しました。それが、百年に一度、人間の姫を遣わすこと……つまり、生け贄を差し出せということなのですわ。そして、次の満月が約束の期日ですの」

「……私に、姫の身代わりをしろってことね? じゃあ、本来食べられるのはアイシャ様だったの?」

 私の疑問に、エリザは首を横に振る。そして、幻影を掻き消すと、深々と頭を下げてきた。

「申し訳ありません……本来、生け贄となるべきは……わたくしですの」

 震える声で言ったエリザが顔を上げると、その頬には涙が幾筋にも伝っていた。
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